いつか出逢ったあなた 29th
ヒカリ
第1話 一昨日の朝、父さんが死んだ。
〇桐生院 聖
一昨日の朝、父さんが死んだ。
年末に入院して、大晦日には帰って来たけど…
年が明けて、また病院に戻って…
普通に話してたし、普通に笑ってたのに。
一昨日の朝、ポックリ。
ガンと診断されて…余命宣告も受けてた。
だけど笑ってたし…死なないような気がしてた。
でも、死んだ。
…それだけでも…寂しいのに。
まるで父さんを追うかのように、一昨日の夜、ばあちゃんまで…死んだ。
これまた…ポックリ。
元気だったのに。
まあ…歳は90超えてたからさ…
死ぬのが普通なのかもしれないけど…
何となく、ばあちゃんは不死身な気がしてた。
「聖。」
縁側に座って庭を眺めてると、隣におっちゃんが来た。
「寒くないか?」
「俺は平気だけど、おっちゃんにはキツイんじゃねーかな。」
「そうか。じゃあ、コートは着たままにしておこう。」
おっちゃんは…たぶん70超えてるはずなのに、見た目はまだ50代って言っても不思議じゃない。
ヒアルロン酸とか注射してんの?って聞いたら、色気を保とうとすると若くいられるんだよって笑われた。
…確かに、おっちゃん…
親父(
昔は、世界的に有名なDeep Redってバンドのボーカリストとして、人気者だった。
すっげー存在感あるし、厳しい事も言うけど…本当は優しくて、真面目で…ほんと、マジで…人の事ばっか気にしてる。
「会社、継ぐそうだな。」
「…よく言うよ。おっちゃんがやれっつったクセに。」
「やれとは言ってない。」
「またまた…」
父さんが入院した時。
後を継いで欲しい。と言われた。
だけど、死なないよなー。って思ってた俺は…適当にはぐらかしてた。
―あとは任せた―
父さんにそう言われた時…初めて。
初めて、今まで自分がどんなに楽観的に生きて来たかを思い知った。
「…急過ぎて、実感湧かないな。」
おっちゃんが小さくそう言って…俺は頷く。
「…なあ、おっちゃん。」
「ん?」
「お願いがあるんだ。」
俺は、空を見ながら言う。
「何だ?」
「母さんとさ…結婚してやってくんないかな。」
俺のつぶやきに。
「はっ?」
おっちゃんは笑いながら。
「70過ぎたじいさんに、そんなパワーはない。」
そう言った。
「別に、20代の新婚みたいな感じになってくれって言ってんじゃないんだ。ただ…一緒にいてやって欲しいんだよ。」
「……」
おっちゃんの奥さんは七年前に病気で亡くなったし…父さん、おっちゃんの事大好きだったし。
たぶん、そうなるのが安心なんだよな。
どういう関係で、おっちゃんがうちに出入りしてるんだろう。なんて、思った事はなかった。
小さな頃から、当たり前にそこにいる人だったから。
完璧に身内って括りにいる人だと思ってた。
ふと、続柄は?って思った時に…おっちゃんは、俺達の何なんだろうって思った。
「高原さんは、
父さんから、そう聞いた時は…返事もできず、ただ瞬きをした。
え?
て事は…母さんとおっちゃんって…できてたって事?
え?え?
いつ?
俺が産まれる前?
で、父さん、何でその人と友達?
俺の頭の中は、『???』な状態だった。
父さんとおっちゃんは仲が良かった。
それは、不思議な友情とでも言うのか…
だけど、母さんとおっちゃんが二人きりになってる所は見た事がない。
それは…おっちゃんから父さんへの敬意と言うのか配慮なのか…?
ここ数週間。
俺は…父さんから色んな話を聞いた。
話し尽くして、満足したのか…父さんは、全部を話し終えてから死んだ。
…俺には、父さんの遺言を。
叶える義務がある。
…義務…じゃないな。
今、こうなってみて感じるのは…
父さんの遺言は、父さんの夢。
それは…
俺も叶えたいと思える…夢だ。
「…年寄りには堪えるな。おまえも、風邪ひかないようにしろよ。」
おっちゃんは立ち上がって、俺の頭をくしゃくしゃっと撫でて…歩いて行った。
…何でだろ。
…涙が出た。
…父さん…俺…
とにかく、頑張るよ。
〇
「おじいちゃま…大おばあちゃま…」
あたしは遺影を前に、なかなか止まらない涙を堪えるのに必死だった。
いつか人は死ぬ…
分かっていても、別れは辛い…
「
あたしと双子の兄、
「寒いんじゃねーのか?風邪ひくなよ?」
遺影に手を合わせた。
お葬式が全部終わって…
故人を偲ぶ宴もお開きになって…
忙しく動いていた間はまだ…良かったんだけど。
こうして、時間が空くと…優しかった二人を思い出して、涙が出てしまう。
「ああ…そう言えば…
「…え?」
「今、早速親父に一杯飲まされてる。」
「…父さんったら…」
「関所みたいなもんだからな…とりあえず一杯飲んだら、こっち来ると思うぜ。」
二階堂組という、警察の秘密機関で働いている。
お葬式に顔を出してくれた後、すぐに現場に行っていた。
彼にはゆっくりできる時間がない。
先月…あたし達は、晴れて婚約中の身となった。
あの時…おじいちゃまも、大おばあちゃまも…すごく喜んでくれたのに…
結婚式、見せてあげたかった…
つい…また涙ぐむと。
「……泣け泣け。」
そう言って、華音はあたしの頭をポンポンとして。
「さ、交代。後はよろしく。」
って言った。
振り向くと、そこに…しーくん。
「遅くなって…」
華音と入れ替わるように、あたしの隣に腰を下ろしたしーくんは。
遺影をじっと見て…それから、お線香に火をつけた。
静かに手を合わせてくれて…それだけで…また、あたしの涙が止まらなくなる。
「…サッカ、ごめんな。こんな時に…ずっとそばにいれなくて。」
しーくんが、あたしの手を握る。
「ううん…そんな…仕事だもの…」
「……」
「…大丈夫。」
しーくんは無言であたしの後に周り込むと。
「俺は…付き合いが浅すぎるから、思い出って二度の宴会ぐらいなんだけどさ…」
あたしの後に座って、あたしを支えるように抱きしめてくれた。
「サッカのお二人との思い出、聞かせてくれる?」
優しい声で言ってくれた。
「…そんなの…話したら…泣いちゃうよ…」
「泣いていいさ。今日ぐらいは大泣きしたって、誰にも泣くなって叱られないから。」
「……」
「…な?」
優しいしーくん。
あたしは、しーくんの体に身を委ねて。
ゆっくりと…二人との思い出を語り始めた。
発表会や、運動会…
父さんに叱られた時に、こっそりお菓子をくれて励ましてくれた事とか…
進路で悩んでた時、一緒に華を活けて心を落ち着かせてくれた事とか…
あたしの、とめどない思い出を。
しーくんは、頭を撫でながら聞いてくれて。
「サッカは大切にされてたんだな。」
「うん…すごく…すごく大切にされてた…」
「…俺、それ以上にサッカを大事にします。安心して下さい。」
そう…遺影に向かって言ってくれた…。
「…ありがと…そろそろ、ここ…空けなきゃ…」
あたしが涙を拭いて立ち上がろうとすると。
「そうだな…」
しーくんは、あたしの手を持ってゆっくりと支えてくれた。
「ああ…そう言えば…」
「何?」
「おじいさんの入院って、先月末だったよな…?」
「ええ。」
「…じゃあ、誰かの見舞いだったのかな…」
しーくんが首を傾げる。
「え?誰が?」
あたしが問いかけると。
「
襖の向こうから、
「あ、うん。」
あたしとしーくんが大部屋に向かおうとすると。
庭に…おばあちゃま。
「…サッカ、声かけて来たら?」
しーくんがそう言ってくれて。
「うん…先に行ってて。」
あたしは庭に出る。
「おばあちゃま、もう寒いよ?」
両腕を摩りながらおばあちゃまに近付くと。
「…そうね。」
おばあちゃまは、ニッコリ…可愛い笑顔をした。
…時々、いくつだっけ?って思うような…可愛い顔をするおばあちゃま。
おじいちゃまとは…夫婦…って言うより、友達みたいな感じだった。
「……」
家を振り返ると、玄関の横で…こっちを見てる高原さんがいた。
…高原さんは…お母さんの本当の父親で…
あたしは、すごく複雑な関係だと思うのだけど…おじいちゃまは、高原さんを親友かのように呼び出しては、一緒にお酒を飲んだり…仕事の話をしたり…
なんて言うか…
高原さんは、すごく…いい人だ。
一緒にいると、元気になれる。
あたしの事も、すごく可愛がってくれるし…
うん。
すごく…いい人。
だけど…高原さんは、いつも一人。
仲間はたくさんいるけど、一人で行動する事が多い。
…あたしは…高原さんが、ずっとおばあちゃまを見守っている事を知ってる。
だけど、おじいちゃまとの友情のせいでなのか…どうなのか…おばあちゃまと高原さんが、二人きりで居るのを見た事はない。
…あたしが、こんな事思っちゃ…いけないのかもしれないけど…
高原さんと、おばあちゃま…
くっついてくれないかな…
〇
「
洗い物をしてると、
「ん?」
「もう、ここはいい。休んでろ。」
「あら。千里が洗い物してくれるの?」
あたしがそう言うと、千里は目を細めて。
「いや…」
苦笑い。
ふふっ。
キッチンに立つのは、つまみ食いの時だけ。
洗い物なんて絶対しないって分かってるのに、言ってみた。
「あたしは大丈夫。あっちで待ってて?」
「…じゃあ、このまま見てる。」
そう言って、千里はあたしを後ろから抱きしめた。
「…ちょっと邪魔かも。」
「ちょっとなら我慢しろ。」
「もう…」
…ぶっきらぼうだけど、優しい千里。
一昨日の朝…父さんが死んだ。
そして、その夜…まるで、父さんを一人で逝かせない。と言わんばかりに…おばあちゃまも…。
父さんの最期の言葉は『すがすがしい朝だな』だった。
そして…おばあちゃまは…『貴司の所へ行ってくるよ』
そう言って、仏間に寝かされていた父さんの横に座った途端…亡くなった。
…ある意味、とても幸せだったと思う。
あたしは…桐生院家と血の繋がりがなくて。
愛されてない。
そう思い込んで…家族に馴染めずにいた。
だけど、実際は一番愛されていたんじゃないかと思う。
…父さんとは、血は繋がっていなかったけど…
あたしの我儘を聞いてくれてたのは、いつも父さん。
千里との結婚だって…
あたしは16歳で。
絶対許してもらえないと思ってたのに。
「…千里…」
「ん?」
「千里は…あたしより長生きしてね…」
洗い物をしながら、小さくつぶやくと。
「…ああ。分かった。」
千里は、あたしのうなじに唇を落として。
「でも、俺…おまえがいないと生きてけないから、おまえより長生きできても五分ぐらいだな。」
そう言った。
「…何よ。もうちょっと頑張ってよ…」
…涙声になってしまった。
今朝…
母さんは寒い中、一人で庭に立ってた。
「母さん、風邪ひくよ?」
あたしがコートを持って近寄ると。
「…ねえ、知花。」
母さんは、空を見ながら言った。
「真実って、大事だと思う?」
「…え?」
「
「…何の話?」
「…あたしは…嘘も方便って日本語あるし、別に真実が絶対なんて思わないんだけどな…」
母さんは、まるで…そこに父さんがいるかのように。
空に向かって話しているようだった。
「あたしじゃなくて、義母さん連れてくなんて、どうよって感じよね。」
「…母さん…」
「…もうちょっと、話したかったんだけどな…」
母さんがうちで暮らし始めたのは…23年前。
それまで、高原さんの家で療養してた。
…この23年間。
あたしは、ずっと…もやもやしてる。
母さんが桐生院に入って、高原さんは作詞家の藤堂周子さんと入籍された。
周子さんとの間には、瞳さんという娘さんもいる。
…あたしの、腹違いの姉。
周子さんは7年前に、病気で亡くなって…
今、高原さんはマンションで一人暮らし。
母さんを療養させてくれてた大きな家は…売却された。
…まるで、思い出を捨てるかのように。
クリスマスや誕生日…何かイベントがあるたびに、高原さんはうちに招待されて、いつも笑顔で来てくれてた。
父さんとも…不思議と友情みたいな物が芽生えてたみたいだし…
だけど、母さんと高原さんが二人きりになる事は、一度もなかった。
あたしは…それがずっと引っかかっている。
…まだお互いに…想い合っているんじゃないか…って。
なぜ、あの時…
母さんは、桐生院に帰る決断をしたんだろう。
あたしがそうさせたのかもしれないけど…
いつも、誰かのために走り回る高原さんも…
見た目は随分若いけど…もう、高齢だ。
…あたしが、こんな事を思うのは不謹慎なのかもしれないけど…
母さんと高原さん…
幸せになってくれないだろうか…。
一度離れて、違う人に気持ちを委ねて…それでも、やっぱり自分の愛が誰に向かっているか。
それが分かって…あたしは、千里と今こうして幸せになっている。
…母さんにも…
そんな幸せを。
あたしは…願ってる…。
〇
「ばーちゃん。」
晩飯の後、ばーちゃんの姿が見えないと思って探してると…
仏間にいた。
「ああ…
「なんでそんなに薄着なんだよ。」
俺が着てるカーディガンを脱いで着せると。
「あら、素敵なカーディガン。」
ばーちゃんは優しく笑った。
「自画自賛かよ。」
紺色のカーディガンは、ばーちゃんが編んでくれたもの。
うちの家族なら、みんな持ってる。
ばーちゃんの手編みの物。
『その前身ごろの縄編み、芸術的だね。』
以前、バンドのミーティングに着て行った時、
ばーちゃんの編み物のクオリティが高い事に気付いた。
確かに…
あまりにも似合ってるから、と、それがそのまま撮影に採用された事がある。
編み物だけじゃない。
裁縫も上手いし、料理もできる。
いつまでも乙女のようなイメージのばーちゃん。
危なっかしくて、見てらんねーよ。って思う事もあるのに…ばーちゃんは、なんだってソツなくこなす。
…すげー女だよな。
俺は、昔からばーちゃん子だった。
なんでこんな事が出来るんだ!?
うちのばーちゃん、もしかしてどこかの国のスパイとか!?
なんて…本気で疑った事があるぐらいだ。
じーさんとは…仲睦まじい夫婦。とまでは思えなかった。
友達みたいな…だけど、どこか遠慮がちと言うか…
「…酒でも持って来ようか?」
隣に座って言うと。
「二人で飲むの?」
ばーちゃんは苦笑い。
「…高原さんでも呼ぼうか?まだ大部屋にいたし。」
「あの人も、もう歳だし。あまり飲ませないで。」
「……」
反応を見たくて言ったわけじゃないけど…
結果、そんな感じになってしまった。
ばーちゃんと高原さんは…昔、一緒に暮らしてた。
それで、生まれたのが母さんだ。
だけど、母さんはずっとうちで育ってるし…
ばーちゃんは、途中からうちに来てるし…
…わけ分かんねー…
それでも、一つ…ハッキリしてるのは。
高原さんが、今も…ばーちゃんを大切に想ってるって事。
事務所では厳しいし、何度となく叱られたりダメ出しされたり…だけど、あの人の言う事に間違いはなくて。
ミュージシャンとしても、人間としても…尊敬できる人だ。
昔、何があったのかは知らない。
だけど…
隣にいるばーちゃんは、笑うけど…
笑うけど、心から笑ってるような気がしない。
「…ばーちゃん。」
「なあに?」
「…じーさんと結婚して、幸せだった?」
顔を覗き込んで問いかけると。
「当たり前じゃない。」
ばーちゃんは…即答。
「可愛い孫もいる事だし。」
即答ついでに、俺の鼻をギュッと掴んだ。
「いててっ。」
「…でも…二人いなくなって…
「……」
「そうすると、ここも寂しくなるわね…」
ばーちゃんは少し肩を落としてそう言った。
「…俺に、結婚して子供をたくさん作れって言ってる?」
「あら。よく分かったわね。」
「まだまだ結婚願望なんてないんだけどな~。」
「相手はいないの?」
「俺、理想高くて。」
「はいはい。」
「…俺より先に、ばーちゃんが結婚したら?」
勢いついでに、言ってみる。
「は?」
「まだ、もらい手あると思うけど。」
「……」
俺の言葉に、ばーちゃんはしばらく黙ってたけど。
「未亡人になってすぐ、孫にそんな事言われるなんてね。」
クスクス笑い始めた。
「しかも、夫の遺影の前で。」
「あー、ごめんよー、じーさん。」
「心こもってないわね。」
「ははっ。いやー…」
俺は前髪をかきあげて、ばーちゃんの肩に手を掛けると。
「ばーちゃん。」
少し、抱き寄せた。
「なあに?」
「俺…愛の形って、色々だと思う。」
「……」
「って、彼女もいない俺が語るのもおかしいか。」
「ふふっ。早く紹介してちょうだいね。」
「あ~プレッシャーかよ。ま、頑張る。」
高原さんは…いつも、ばーちゃんを見てる。
優しい目で。
出来れば…高原さんの愛の形が。
ちゃんと…目に見える物になればいいのに。
と…俺は思う。
じーさん、ごめん。
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