第2話「エーデルシュタインの呪い。」

「小暮さん?ちょっと。」

恭二は廊下の奥で掃除をしていた小暮矢糸に声をかけた。

「はい、どうしました、恭二様?」

「悪いんだけど、来週の捧血式の部屋の掃除、明日までにお願い出来る?」

捧血式とは、血のエーデルシュタインに吸血鬼夫婦が血を捧げる儀式である。

「それは構いませんが、よろしいのですか?通例では前日に掃除などをする予定のはずですが、、。」

小暮は首をかしげるようにして恭二に聞いた。

「ああ、大丈夫。別にその日じゃないきゃいけない訳じゃない。ただなんとなく前日にやってきただけだよ。寧ろ何かトラブルが起きて遅れた方がまずいだろ?ほら、今年はカルラさんが、、。」

今年の春、ナターリエの母・カルラが急病で亡くなった。

体中の血液が循環不全を起こしてしまい急死したが、循環不全の原因は不明だった。

「ナターリエもああして元気なフリはしているけど、しんどいだろうし、お父様も同じだ。大丈夫だとは思うが何か不手際があるとまずい。」

少し声を潜め、キッチンにいるナターリエに聞こえないようにして小暮に言い、捧血式部屋の鍵を渡した。

「それはそうと、恭二様、先ほどナターリエ様からまた何か言われてましたが、、。」

小暮はいぶかしげに恭二を見る。

「あ、いや、昨日アーレンスさんのところに挨拶に行ってきたんだけど、買い物頼まれたの忘れてて、、。あっちで大分呑まされちゃってね、、。」

頭を掻き、笑いながらそう言うと、

「もう、奥様の為に挨拶に行くのはとても良い事ですが、かえって怒らせてしまってはせっかくのお気遣いが打ち消されてしまいますよ?」

と、眉をハの時にされてしまった。

「ああ、そうだね。次からは気を付けるよ。すまないね、気を遣わせて」

「いえ、というか買い物は本来私の仕事です。ナターリエ様はどうして私に言って下さらないんでしょうか、、?以前は私にお仕事をくださったのですが、、。」

小暮は人差し指を顎に当てて考える。

「小暮さんはカルラさんの時からいるんだっけ?」

「はい、といっても私がまだ20代の頃でしたから、、ナターリエ様が15歳くらいの時ではないでしょうか?」

小暮はカルラの友人の子で両親を亡くしていた。

見かねたカルラはクノッヘンハウアー家の使用人として彼女を雇ったのだった。

「そっか、そんな前だっけ、、。今ナターリエが25だから、小暮さんは、、」

「お止め下さい。さすがの私も怒りますよ。」

と小暮は少し不機嫌そうに言った。

「、、まぁ、カルラさんが亡くなったからナターリエも言いたいことを少し隠すようになったのかもね。あくまで雇ったのはカルラさんだからって。」

「そんなことはお気になさらないでよろしいのですが、、。」

小暮はもともと一人っ子のナターリエにとって姉にも近い存在であった。

母親も父親も厳しい環境にいれば気の休まるところなど無く、年齢も年齢のために、一人で泣いていたこともあったと小暮は言っていた。

「ですから、少し今は寂しい、ですね、、。」

「、、、、そうだね、、。」

二人の間に沈黙が流れる。

「まぁ、えっと、捧血式部屋のお掃除は今夜やっておきます。今からお醤油を買ってきますので、私はこれで!」

恭二には彼女が無理に明るい笑顔を見せているように見えたが、何も言わなかった。

彼女が去った後でひとりごちる。

「カルラさんがいなくなったから、小暮さんに負担をかけまいとしてるんだろうな。」

しかし、それを言えば必ず小暮はナターリエに仕事をくれと直談判に行くだろう。

そんなことをすればますますナターリエの気持ちに重荷がのしかかる。

「というよりは、"あれ"の罪悪感、か。あいつのせいじゃないのにな、、。」


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