第36話 諸葛孔明、ダイスを借りる
周瑜が顕現し、アン子のPCを石化させようと画策、麻理恵ちゃんがキャンペーンに引き込んでしまうという大ピンチだというのに――。
スマホから投影される孔明は、悠然と構えていた。
「あの、孔明さん。あたし、大ピンチなんですけど」
その態度に、ちょっとムッとしてしまうアン子である。
周瑜への対策が、エッジをつぎ込んでの運任せとというのもちょっと期待外れだ。
諸葛孔明と言ったら、どんな場面でも湧泉のごとく次からつぎへと出てくる奇策で苦境を覆す神算鬼謀の軍師ではなかったのか。
そもそも、ダイスを増やしてもこままでは抵抗は成功しそうにない。
「アン子様。残っているエッジをすべて注ぎ込む宣言はなさいましたか?」
「えっ? あ、うん。麻理恵ちゃん。わたし、残ったエッジ全部使います」
「わかったよ、アン子ちゃん」
「ちょっとアン子、大丈夫なの? あんたが成功してくれないと、生き残るのわたしだけになっちゃうんだけど」
サツキくんのコンバットメイジが石化してしまった今、アン子が判定に失敗すると残っているチームの戦力は彩香のストリートサムライだけとなってしまう。
そうなると、ジリ貧でチーム壊滅となってしまうだろう。
サツキくんも心配そうだ、大丈夫なのだろうか?
「さて、エッジの使用を宣言なさいましたな?」
「はい、しました。でも……」
「ふむ。エッジを宣言した結果、振るダイスが足りなくなったのでは?」
「そうです、ちょっと足りないです。あたし、15個くらいしか持ってきてないから」
『シャドウラン』は、ダイスをいっぱい振るTRPGだ。
時に、フレイヤーはだいたい20~30個くらいは用意したい。
しかし、アン子はそんなにダイスを揃えていない。
まだまだライトなヌルゲーマーである。
「ほう、三日で一〇万本の矢を用意した孔明ほどの軍資が、『シャドウラン』で使うダイスの数を失念したか。赤壁の頃より老けたとみえるが、
勝ち誇ったように周瑜が言う。
周瑜は赤壁の戦いの後、三六歳の若さで急逝したためか、今はその頃の姿のままで現界している。
孔明が周瑜とはじめてまみえたのは、孔明はまだ若干二七歳の頃である。
スマホに顕現した孔明は、第一次出師表を出した四六歳の姿。
亡くなった周瑜よりも一〇歳年上になっての再会であり、若いイケメンに挑む中年軍資といった形だ。
しかし、年の功を重ねたおかげか、周瑜の挑発にも孔明は泰然と構えている。
で、孔明はアン子にこう切り出してきた。
「あいや、これは痛いところを突かれました。周瑜の指摘したとおりです。私としたことが『シャドウラン』がダイスをたくさん使用するゲームというのを失念しておりました。アン子様、どうかお許しを」
「いいよ、そんなの。ダイスなんて誰か借りればいいんだし」
アン子が言った途端、周瑜の眉がわずかに動いた。
同時に、孔明の口元に必勝の笑みが浮かぶ。
これは、俗に言う「孔明の罠」が発動するときの微笑み、勝ちフラグであった。
「やむを得ません、彩香様からお借りできるか聞いてみては?」
「……あっ!」
「なん、だと――!?」
周瑜が驚愕した、その手があったかと。
そう、彩香のダイスには魏の名将たちが宿っている。
これを借りてダイスを振るというのだ。
「彩香~、ダイス足りなくなったから貸してもらっていい?」
「いいわよ。『シャドウラン』ってダイスいっぱい振るゲームだもんね。ふふん、わたしがいい目を出した後だと、今度は悪い目が出るかもしれないわよ?」
「いえいえそんな。抵抗に成功した彩香様のダイスだから、ご利益がありますって」
「まだ足りないならこっちも使っていいわ」
「ありがと~」
上機嫌で彩香が出してくれたダイスには、
江東では、泣いている子供に「
彼もまた周瑜と同じく武廟六十四将のひとりであり、歴史を彩った名将だ。
それどころか、正史に記録された活躍が、フィクションの『三国志演義』を上回るという稀有な武将である。
ともかく――。
TRPGにおいて、プレイヤーは敵同士ではない。
卓を離れれば恋のライバルなのかもしれないが、今は一緒にセッションを楽しむ仲間である。
プレイヤー間のダイスの貸し借りは、よくあること。
孔明は、それを利用した。
「――
「お、おのれ、孔明っ……!!」
白羽扇を扇ぐ孔明と、秀麗な美貌を歪めてギリギリと歯噛みする周瑜。
兵法三十六計のうち第三計、借刀殺人――。
『
敵が明らかになっているのなら、自分の力を使わず思惑が定まっていない友軍を利用してこちらの犠牲を出さずに敵を殺せばよい。
赤壁の戦いにおいて、曹操軍には一時劉備が身を寄せていた劉表陣営の
周瑜は、彼らを排除するため一計を案じた。曹操の間諜として自陣を訪れた
これの計略によって曹操軍の水軍は弱体化、
『三国志演義』において赤壁の戦いの勝利に繋がる『呉の周瑜、敵に刀を借りる』の場面を、孔明は卓上で再現してみせた。
まあ、史実では蔡瑁は処刑などされておらず、張允はその後の記録がないだけで、この場面はあきらかに『演義』の創作なのだが、それでも名場面には違いない。
「じゃ、抵抗しまーす」
アン子は魏の武将ダイスを握り込み、振った。
趙雲プラス許褚、張郃、徐晃、曹仁、満寵、さらに呉キラーの張遼を加えたダイスは爆裂した。
「えっ? 耐えられちゃったんだ、石化……」
「彩香のダイスのおかげでね!」
GMの麻理恵ちゃんも、そのダイス目に驚いている。
ヒット数はリミットを突破、『シャドウラン』ヒット数は、最大値をリミットとして定められているが、それを超えるほどのダイス目であった。
「
これぞ、他人の
決まったとばかりに言ってのける孔明である。
「そ、そうか……。孔明め! 始めからこれを見越し、『シャドウラン』で遊ぶにも関わらず、あえて趙雲のダイスだけを袋に入れたというのか! ぐぐっ……!」
憤死しそうなほど、周瑜は怒りを露わにする。
つまり、孔明の切り札であった袋のダイスは、彩香から魏のダイスを借りるためにあえて一個にしていたのだ。
いかに趙雲が無双の勇将といえど、ダイス一個だけでは勝てない。
蜀に、関羽、張飛の二枚看板がいても、人材不足と戦力の差を覆すほどの決定打にはならない。
孔明は、そのことをよく知っている。関羽、張飛の死後は特に痛感している。
だからこそ、あえて――。
あえて、ダイスが足りず借りるしかない状況とするため、袋に入れるダイスは趙雲一個だけにしておいたのである。
「すごいな、アン子さん。そんないい目を出すなんて」
「へ、へへ……」
眼鏡の奥でサツキくんの瞳がきらきらと輝いている。
嬉しい、なんという喜びであろうか。
TRPGゲーマーにとって、ダイス目が爆裂し、クリティカルするというのはこの上ない喜びである。そのサツキくんに褒めてもらえたのだ。
心が躍り、胸がときめく最高の瞬間だった。
「
生き残ったアン子のフィジカルアデプトと彩香のストリートサムライは、そのダイス目の勢いを残したまま、コカトリスを撃砕したのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます