第35話 諸葛孔明、ダイスダイス大バトル

 趙雲、字は子龍しりゅう常山郡真定県じょうざんぐんていしんけんの人。

 蜀の中では、関羽、張飛に比肩する武将とされる。

 容姿端麗にして冷静沈着、白銀の甲冑を纏って白馬に跨り、槍を片手に単騎駆けする姿が趙雲のイメージであろう。

 これは、長坂の戦いで赤子であった阿斗あとを胸に抱き、曹操軍の大軍をただ一騎で駆け抜けるという大活躍する場面は、三国志でも屈指の名場面である。

 もっとも、正史における超雲の伝は簡素な記述であり、民間伝承や後世の創作によるところが大きく、実は謎が多い人物である。

 蜀の五虎将軍の一角とされるが、それはあくまで『演義』を中心とした脚色だ。

 将軍としての位は、他の四人に比べてランクが落ちる雑号将軍の翊軍よくぐん将軍である。

 そもそもが五虎大将軍という称号は正史のものではない。

 単に、その五人が同じ巻で伝を立てられているというだけだ。


 ともかく、いろいろあるが孔明はここぞというときに趙雲をよく使っている。

 呉に赴くときの護衛には趙雲を選んでいるし、蜀攻略時の救援、南蛮征伐、第一次北伐など孔明の遠征には必ず随行している。

 そのため、『演義』では孔明が見込んだ若き日の姜維と一騎打ちを演じている。

 関羽や張飛は万人に匹敵する強さだが我が強く、趙雲は命令を実直にこなすタイプだけに孔明も使いやすかったのだろう。


 これまでアン子が三国志ガチャで引いた武将は、孔明を除くとSRクラスであったが、趙雲は知名度と高い武力といい、間違いなくSSRクラス、その中でもさらに抜きん出たレジェンドクラスである。 


「このようなことがあろうかと、趙雲将軍を祭壇に祀り、ダイスに宿らせました」

「さすがは孔明さん!」


 麻理恵ちゃん率いる呉の太史慈と甘寧、彩香率いる魏の猛将たちに一騎でも引けを取らないであろう。

 実際、魏の武将たちもこれはまずいといった表情だ。

 

「趙子龍、丞相のお喚びによって参上いたした。さあ、アン子様、存分にダイスをふりませい!」

「所詮は荊州の居候の小わっぱ! この太史慈が蹴散らしてくれよう!」


 趙雲の名乗りに太史慈が応える。

 飛んだ! 太史慈が飛んだ――!!

 空を飛んで滑空突撃を見舞う太史慈を、趙雲は見事な槍さばきで凌ぎ切る。

 史実や『演義』でも叶わなかった一騎打ち、なんという夢の対決であろうか。

 太史慈は赤壁の戦い前に死んでいるので、趙雲とまみえる機会はなかっただろう。

 それが、ダイスに宿って『シャドウラン』のヒット数を競い合うのだ。

 どうも、武将たちの武力はダイスちからとして反映されるっぽい。

 理屈はよくわからないが、それを言ったら三国志の武将がTRPGのダイスで召喚される理屈もわからない。

 さらに言えば、そもそもがダイス目なんてものに理屈はない。

 だから、邪念を払ってコカトリスの石化ブレスに抵抗するのみ。


「振ります! 石化なんてしない!」

「がんばって、アン子さん……!」

「サツキくん……!」


 サツキくんの応援だ。

 嬉しい、TRPGやっていてよかった。

 自分のコンバットメイジが石化したのに、熱い視線で励ましてくれる。

 それに比例して、麻理恵ちゃんの殺意が上がった気がする。


「落ち着くのです、我が君よ――」


 美しい声であった。

 そう、麻理恵ちゃんにも軍師がいた。

 右の肩にいるのは、孫家の宿老、張昭ちょうしょう

 左の肩にいるのは、張昭と合わせて「江東の二張」とされた張紘ちょうこう

 そして、GMを務める麻理恵ちゃんの前、中央にいる美丈夫こそ声の主――。

 白銀に輝く鎧に、秀麗な眉、目元は涼しげ、息を呑むほどに美しい。

 人呼んで”美周郎”、呉の偏将軍へんしょうぐん周瑜公瑾しゅうゆこうきんであった。


「すごいイケメンが来ましたよ、孔明さん……!?」

「わかっております、まずはご安心めされ」


 周瑜の美貌は、メタルフィギュアサイズでも際立っている。

 イケメン武将は強い、アン子にはそんな偏見があった。

 しかし、この状況はなんだろうか?

 麻理恵ちゃんは呉の武将を、彩香は魏の武将をダイスに宿した。

 アン子は孔明をスマホアプリに宿し、ダイスには趙雲を宿している。

 『シャドウラン』を遊んでいる状況だが、卓上は三国入り乱れの状態だ。

 麻理恵ちゃんと彩香には、どう視えているのだろうか?

 ふたりとも、こちらの趙雲と孔明は視えていないようではあるが。


「まさか、このような形でふたたびまみえるとは思いもよらなかったぞ、孔明」

「私もですよ、周瑜」


 GMとプレイヤーを差し置いて、卓上では孔明と周瑜が火花を散らす。

 孔明と周瑜といえば、赤壁の戦いを巡ってのライバル同士として有名だ。

 押し寄せる曹操の大軍に対抗するため、劉備と孫権は同盟を組むのだが、味方陣営でありながら、お互いの君主のために丁々発止の知恵比べをする。

 『三国志演義』の中でも、大きな見せ場である。

 結果、劉備と孫権の同盟は曹操を打ち破ったものの、周瑜は天候をも操作するスーパー軍師諸葛孔明に及ばないことを見せつけられ、「天は同じ時代にすでに周瑜を生みながら、何故諸葛亮を生んだのだ!!」と嘆いて憤死ふんしする。


 無論、史実ではそんなことはない。

 赤壁で曹操軍を破って勝利に導いたのは周瑜の功績であり、彼もまた時代を超えて武廟ぶびょう六十四将でも讃えられる紛れもないスーパー軍師である。

 後世、近代中国の文豪である魯迅からも「孔明が妖怪レベルになっていてフィクションとしても歴史を歪曲しすぎ」と指摘されているほどだ。

 ただ、周瑜が美形キャラなのは史実として記録されているとは付け加えよう。

 

「さて、孔明。我が君麻理恵様のために、アン子殿のPCにはここで石化していただく。何、ここで死ぬわけではない。このまま企業に生け捕りにされたところから、次回のシナリオを始める準備がある。安心するがいい」

「ほう、このコカトリスはキャンペーンプレイに引きずり込む略でしたか」


 ここにコカトリスを配置してPCを石化させるのは周瑜の計略であったらしい。


「あの、どういうこと……?」

「つまり、このシナリオを前後編として麻理恵様が『シャドウラン』のGMをする機会を増やすつもりなのです」

「あっ、なるほど!」


 アン子は、ちょっと感心してしまった。

 キャンペーンプレイとは、シナリオを連作でプレイするTRPGの遊び方だ。

 つまり、ここでアン子のフィジカルアデプトを石化して捕らえ、次のシナリオでは彼らを救出するシナリオを遊ぼうというのだ。

 彩香のストリートサムライは石化を紛れているから仲間を助ける側に、石化したサツキくんのコンバットメイジはそれが解けて脱出するところから始まるのだろう。

 実に面白そうで、さすがは孔明のライバルとされた周瑜の策だ。


「アン子様、まだエッジが残っていますから、ここでつぎ込んで振ってしまいませ。GMの麻理恵様も待っておりますよ」

「う、うん」

「ヒーローポイントをあるだけつぎ込んだ運任せとは。万策尽きたな孔明! 趙雲を宿したダイスだけでは覆せまい!」


 そう、GMの麻理恵ちゃんが用意したダイスには太史慈、甘寧、凌統、さらに江東の二張こと張昭と張紘までいる。

 彩花は魏の武将たちを動員したおかげで耐えきったのだが、こちらは孔明が用意してくれた趙雲のダイスのみなのだ。


「ど、どうしよう? 孔明さん……!」


 絶体絶命、石化のピンチである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る