第34話 諸葛孔明、謎の袋

「では、檻の中からコカトリスが石化ブレスを吐きます」

「ふえええええっ~!」


 麻理恵ちゃんは、『シャドウラン』の舞台であるファンタジーとテクノロジーが混じり合った第六世界の世界観を、ソリッドに表現していた。

 ていうか、敵が強い。

 アン子たちの仕事ランは、シアワセとかいう日本の企業が運営する研究所に潜入し、試験薬を盗み出すというものだった。

 ちなみに、彩香とアン子は、丸テーブルに座ってGMを務める麻理恵ちゃんの左右に陣取っている。

 アン子が右で、彩香が左だ。

 視線を交わし、サツキくんが麻理恵ちゃんの隣にならないように牽制したのだ。

 珍しく行きぴったりである。

 フィギュアが集まり、オタクっぽいアン子の部屋も、孔明の奇門遁甲によって雰囲気が変わり、皆にいい印象を与えたようで安心している。

 それはさておき、セッションに戻ろう。

 アン子たちシャドウランナーとしてチームを組み、研究所に乗り込もうとした。

 で、麻理恵ちゃんがスクウェアマップを開き、八人の警備兵が交代制で巡回していること、さらに情報収集の結果として企業お抱えのエルフシャーマンが人工精霊を飛ばして魔術的に警戒していること、監視カメラに連動した機銃トラップが死角に設置してあることを嬉しそうに説明してくれた。

 人工精霊は、サツキくんのコンバットメイジがどうにか排除した。

 しかし、そこで警報が発動、警備兵が押し寄せてくる。

 これは、彩香のストリートサムライがイニシアチブでいい目を出したおかげで先手を取り、プレデターというフルオートマシンガンで複数を攻撃する。

 この戦いで、シャドウランナーたちはエッジというポイント(使うとダイスが増えたりする)をつぎ込み、どうにかこうにか排除できたのである。


 で、急いで目的の試験薬が保管されている部屋に入ったところで、檻の中で飼育されていたコカトリスとかいうモンスターと遭遇した。

 こいつは身体は鶏だが尾っぽは蛇という異形の覚醒種で、石化するブレスを吐く。

 研究中の新薬は、対石化ワクチンということだった。

 石化はまずい、一気に戦闘不能になってしまう。

 だが、麻理恵ちゃんは言う。


「檻に入っているから、そんなに強くないよ」


 強いモンスターであるが制限しているから、バランスは取れているというのだ。

 いや、檻の中からブレス吐けるんだから制限になってないやろ。

 思わずツッコミを入れたくなった。 


「やった、ヒットが10個もある!」

「ひええええええっ~!」

 

 『シャドウラン』の判定は、たとえば能力値+技能の個数分ダイスを振る。

 そのうち、5と6の目を出したダイスを「ヒット」と言って、この数を数える。

 このヒットの数が成功数となり、攻撃が命中したりダメージが増えたり、抵抗できないと相手を石化したりする。


「……だ、だめだ、石化した!?」

「サ、サツキくん、大丈夫!?」


 まずは、サツキくんのコンバットメイジが石化した。

 彩香までおろおろしている。

 もう戦闘で使えるエッジは残っていない。

 それを見越してのコカトリスのブレスである。

 アン子のフィジカルアデプトは生き残れるのだろうか?


「ど、どうしよう……」

「ふふ、手加減できないからね、アン子ちゃん:


 眼鏡の奥の瞳が、ギラッと光った……ような気がした。

 なんというか、GMするときの麻理恵ちゃんは凄みがある。


「なるほど、そういうことですか」

「こ、孔明さんっ……」


 スマホの中の孔明が反応した。

 今起こっている異変に気づいたのだ。

 

「アン子様には、もうはずです」

「視える? あっ……!?」


 そう、視えたのだ――。

 麻理恵ちゃんが振ったダイスの上に、何かが乗っているのが。

 小さいが、中華風の甲冑をまとっている、精悍な武将が三人。


「呉の太史慈たいしじ甘寧かんねい、それに凌統(りょうとう)ですな」

「知ってる、漫画に出てきた……!」


 孫呉の中でも、武に秀でた者たちだ。

 それが、メタルフィギュアくらいの大きさになって、ダイスの上に乗っている。

 いや、《宿って》いる。

 アン子にはそう視え、そう感じた。

 あの爆裂した麻理恵ちゃんのヒット数は、この猛将たちが叩き出したのだ。


「これは、ピンチね。でも、大丈夫」


 彩香が言った。

 そして、ポーチの中から真新しいダイスを取り出した。


「彩香、なにそれ?」

「この前買ったダイスの中から、いい目が出るのを選んで選別したのよ。昨日の晩に振ってファンブルも出しておいたから、やくも落ちてるわ」

「それって、ファンブルが出るダイスを厳選しただけじゃない?」


 アン子も思わずツッコミを入れてしまった。

 やはり、彩香はおバカである。

 一拍を置いてから「あわっ!?」と声を上げて慌てるところとか、特にそう思う。

 孔明曰く、彼女にも優秀な軍師がついているそうだが、これなら安心だろう。

 直前にファンブルを出しておけば、次はしばらく出ないという思い込み。

 ゲーマーとは、確率論を勘違いしたオカルトを信じがちだ。

 

「だ、大丈夫よ! 結局は気合いなのよ、こういうのは!」


 しかし、彩香がおバカでもダイスは違った。

 そのダイスにも、宿っていた。


許褚きょちょ張郃ちょうごう徐晃じょこう、それに曹仁そうじん満寵まんちょうまでおります」

「だ、誰なんですその人たち?」


 孔明が、ダイスに宿る武将たちを述べていく。

 いずれも、三国時代を綺羅星のごとく飾った魏の武将たちだ。

 しかし、横山光輝『三国志』が歴史知識のソースであるアン子には、魏の武将たちの名前を並べてもピンとこない。

 実際、魏の武将は『三国志演義』の影響で主人公補正が入った蜀の武将たちの引き立て役にされてしまいがちだ。

 特に曹仁とか、『演義』だと劉備陣営に加わったばかりの徐庶じょしょよって八門金鎖はちもんきんさの陣をあっさり破られる役となっている。

 しかし、史実の曹仁は関羽や馬超を退けている強者だ。

 満寵も荊州攻防戦で曹仁とともに樊城にこもって戦い、守りには定評がある。

 彩香は、そんな“魏将ダイス”を握りしめ、気合いとともに振った。


「……あっ、抵抗に成功してる! やったわ!」


 彩香は、歓喜の声を上げた。

 太史慈と甘寧のダイス目を跳ね返すほどのヒット数であった。


「耐えられちゃった、残念。アン子ちゃんもテストして」

「びえええええ~!」


 麻理恵ちゃんの矛先は、アン子にも向かう。

 『シャドウラン』では判定のことを“テスト”というのだ。

 他にも、じゃらっと振るダイスの総計のことををダイスプールと言ったり、独特の言い回しが多い。これが世界観を醸し出しているのだ。

 ここで、テストに失敗するとアン子のフィジカルアデプトも石化してしてしまう。

 まさに万事休す、というとことで思い出した。

 孔明が託してくれた、あの小袋の存在を。


「孔明さん、使うよ!」


 そう言ってアン子は袋を紐解く。

 孔明も、どうぞとばかりに悠然と白羽扇でひと扇ぎ。

 中に入っていたのは、凛とした力を放つダイスが一個。


「さあ、出番ですよ。趙雲ちょううん――」

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