第四章 動乱バトル編
第33話 諸葛孔明、親に説明する
今日は土曜日――。
麻理恵ちゃんが『シャドウラン』のGMに挑戦する日である。
『シャドウラン』がTRPGにおいて特筆すべき作品であるのは、このサイバーパンクをTRPGにいち早く持ち込んだこと、そしてゲーマーたちに馴染みがあったファンタジーの要素を融合させたところだ。
ダンジョン探索は企業の研究所に、冒険者がパーティを組むようにシャドウランナーは
……と、孔明から説明を受けたアン子である。
なんだかよくわからなかったが、TRPG初心者だった麻理恵ちゃんがこれをチョイスしたのに驚きつつも感心した。
そして、ルールブックがお高いのにも驚く。
麻理恵ちゃんが本気を出したんだな、アン子はそう感じたのだった。
「おはよう、アン子ちゃん」
「お、おはよう……」
そして、集合場所の公園で出迎えたところで驚いた。
ジーンズ生地のホットパンツにノースリーブのシャツ、それに薄手のトップスを羽織り、キャップをかぶるという大胆な格好だったからだ。
これにいつもの眼鏡をしている。
おっぱいも強調されているし、太腿も露わだ。
確かにそろそろ衣替えの時期だが、優等生タイプの麻理恵ちゃんのイメージとはかけ離れていた。
しかし、麻理恵ちゃんはスタイルがいい。
隠れ巨乳が隠さないと、そのまま“巨乳”ではないか。足もすらっと長い。
この前はミリタリーファッションだったのに、びっくりである。
しかも、お出かけするわけでもない、アン子の部屋でセッションするというインナーな集まりなのに……。
「似合わないかな?」
あんぐり口を開けているアン子に、麻理恵は言う。
まあ、思いっきり顔に出ているのだから、そう聞かれるのも無理はない。
「う、ううん。そのう、麻理恵ちゃんがそんな格好するんだって、驚いて……」
「イメチェンしようかなって。せっかく『シャドウラン』のGMやるんだし、格好もサイバーパンっクっぽくしてみたの」
「あー、そっかぁ」
昨夜、孔明からサイバーパンクの材料としてゲームのプレイ動画を紹介されれた。
ひとつの都市が広がるオープンワールドで、サイバーウェアを人体に置き換えた主人公が、銃を打ちまくったりバイクや車で駆け回るゲームである。
これも『サイバーパンク2.0.2.0』というTRPGが元になったゲームだという。
そこに登場する女性キャラは、かなりどい格好をしていた。
まあ、髪型がモヒカンだったりスキンヘッドだったりしていたが。
「え? 南海さん……?」
あっと驚いたのは、アン子だけではない。
集合場所の公園にやってきたサツキくんもだ。
普段クラスで地味めな子が、こんな大胆な格好で待ち合わせにいたらそうなる。
アン子だってそうなったのだし。
「サツキくんもおはよう」
「う、うん」
普段、クールで女の子にも興味なさそうにしていたサツキくんが照れている。
ちょっと顔も赤い。サツキくんのそういう表情は、今まで見たことがない。
視線がおっぱいと太腿に行き、恥ずかしそうにすぐそらした。
男子は、女子がそういう視線に気づかないと思っているようだが、すぐわかる。
いやらしいとは思わなかったが、麻理恵ちゃんが羨ましい、とは思った。
「恥ずかしかったけど……サイバーパンクな気分を盛り上げたくて」
「そうなんだ。気合い、入ってるね」
サツキくんはまだ目を伏せがちだ。
あんなに女子に興味なさそうだったサツキくんが、これほど意識するなんて。
普通、陰キャ女子が背伸びして、いきなりこんな格好をすると痛いことになってしまうのだが、そういう雰囲気がない。
強い、麻理恵ちゃんは強い。
サイバーパンク女子、恐るべし、である。
「おは、よう……」
遅れてきた彩香も化粧もしておめかししているが、インパクトで負けている。
アン子のように呆気にとられている彩香に、くすっと笑顔を向ける麻理恵ちゃんには、余裕すらあった。
なんていうか、大人っぽい。
「じゃあ、『シャドウラン』のセッションしましょうか」
「うん。家まで案内するね」
そんな麻理恵ちゃんたちを連れ、自宅に案内する。
「こんにちわー、お邪魔しまーす」
「いらっしゃい。あら、麻理恵ちゃん」
母には、友達を連れてくるとあらかじめ言ってある。
麻理恵ちゃんはときどき遊びに来ているので、母も顔を覚えている。
意外なものを見たという顔だ。まあ、アン子もそうだった。
「はじめまして。劉さんの友達の綾川彩香です」
外面のいい彩香はきちんと挨拶をする。
中身はともかく、ちゃんと礼儀をわきまえている美少女は好感度が高い。
母も気に入ったようだ。
「早月と申します。お邪魔させてもらいます」
サツキくんも続いて挨拶をする。
アン子とふたりを見比べる母であった。
イケメン男子と美少女が並んでいて、母も驚いている。
「ごゆっくり。ウチのアン子と仲良くしてね」なんていう月並みな挨拶をする。
「はい、こちらこそ」
サツキは、メガネを直しながら言った。
珍しくちょっと緊張しているようだ。
友達の両親に会って挨拶するんだからそうだろう。
「どうしたの? サツキくん」
「……いや、アン子さんのお母さん、若いなって」
「うちの両親、結婚早かったからね」
「ああ、そうなんだ」
「お母さん、若く見えるって言ったら喜ぶよ」
「いやあ、その……。なんか恥ずかしいな」
はにかんだサツキくんもかわいい。
玄関で立ち話するのもなんなので、みんなには上がってもらいながら部屋まで案内する。
で、そんなアン子についてきた母が、耳打ちする。
「ちょっと、あんたたちって、どういう関係?」
「どういう関係って、クラスの友達だよ……」
「麻理恵ちゃん、あんな子だった? それに、あんなかわいい子とかっこいい男の子まで連れてきて……!」
「だから、友達なんだって……!」
「友達にしたってレベルの差があるでしょう?」
「失礼な、自分の娘を低レベルだと思ってんのか!」
母は、いろいろ詮索してくる。
そりゃあ、アン子の部屋でひとりの男子を巡っての三国鼎立とか気になるだろう。
「そもそも、あんたの部屋で集まって何するのよ?」
「えっと……」
TRPGをする……のであるが、これがなかなか説明できない。
ロールプレイをしながらゲームをする遊びなのだが、これを説明するのは難しい。
あの諸葛孔明でさえ、遊び方の理解に三日要したのだ。
そういえば「男子三日会わざれば刮目して見よ」は三国志由来の故事成語だったな、と関係ないことを思い出すアン子であった。
「とにかく、そんなに気にしないでよ! お母さんには関係ないんだし」
「関係あるわよ! 娘が部屋にオタサーの王子くんみたいな男の子を連れ込んで、何する気なんだか」
「オ、オタサーの王子……」
なんの王子なんだろうか?
かっこいいメガネ男子と、その取り巻きの女子たちが集まってTRPGをするのだから、冷静に考えるとそうなるのかもしれない。
だが、憧れの男子をそんなふうに形容する母には、講義したいところだ。
と、そのとき。スマホにショートメッセージの着信がある。
孔明からだ!
『近代アメリカの怪奇文学やポストモダン文学を題材に、その物語を登場人物の視点で体験する教育的なゲームを遊ぶ、とおっしゃりなさい』
よくわからないが、教育的という部分が効きそうだ。
「ええと、近代アメリカの幻想怪奇文学やあれこれを、教育的なゲーで遊ぶ……ってことです、母上」
「近代アメリカの、なんちゃらブンガク……?」
「ええ、ポストでモダンな」
嘘は言っていない、はず。
ここは、孔明を信じよう。
「……なんだか高尚そうなことをするのね」
「さっきの男の子、サツキくんっていうんだけど……麻理恵ちゃんと一緒で文芸部なんだよ! だから、いろいろ教わるんだ」
「ああ、海外ファンタジーとかそういうのね。わたしもあんたくらいなときにそっち系にハマったもの。『ベルガリアード物語』とか『ルビーの騎士』とかでしょ?」
それはよく知らない。昔の漫画のタイトルなんだろうか?
でもまあ、コクコクと頷いた。
世の母親には、難しそうな言葉と『教育的』という言葉がよく聞く。
「まあいいわ。あんたと遊んでくれる友達が増えたんならそれでいいし」
「家に呼ぶ友達そんなに多くないけど……」
「がんばんなさいよ。あんたも負けてないから」
ぽんっとアン子の背中を叩いてくる母である。
何が負けてないというのであろうか? 麻理恵ちゃんに完敗したばかりなのに。
「お茶とかお菓子とか差し入れなくていいからね? 自分たちで用意したから」
「ふふ、はいはい。邪魔しないわよ」
ここで釘を指しておかねばならない。
テンション上がってはしゃいでキャラになりきっているところとか、親族に見られたら立ち直れないくらいの心的ダメージを受けてしまうだろう。
にまにまする母親を気にしながら、アン子は自室のドアを閉める。
「ふうん、アン子がねえ」
心に余裕がないアン子には、母が送った視線の意味など、まったくわからないのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます