第31話 諸葛孔明、お部屋のお片づけ

 TRPGと諸葛孔明と出会ってから、時の流れが早く感じる。

 週末が待ち遠しく、そのことばかり考えている。そしてもう週末だ。


 麻理恵ちゃんから定期的に借りた横山光輝『三国志』も、ついに二〇巻にして孔明が登場した。関羽と張飛が孔明を巡って劉備に拗ねているのが可愛かった。

 これが“水魚の交わり”の由来らしい。


「ふええ、片づかないよう……」


 アン子は絶望していた。部屋が片づかないのである。

 TRPGの問題のひとつが、会場の手配である。数名が集まれる部屋というのは、日本の住宅事情だとなかなかない。

 アン子はTRPGにハマり始めている。どハマリと言ってもいいレベルだ。

 会場の都合がつかないからセッションがお流れになるなんていうのは、どうしても耐えられなかった。

 だから、つい口走ってしまった。


「あたしの部屋、会場で使えるかな?」


 そして、そのまま採用されてしまった。

 いや、掃除はいつもこまめにやっている、それなりにきれい好きではある。

 しかし、年頃の乙女としては、見られたくないものがいくつか並んでいる。

 アン子は、幼い頃より母から与えられたお人形さんで遊んでいた少女であった。

 そのお人形は、女の子がおままごとに使うものとはちょっと違うと知ったのは、小学校に入学した頃である。

 イケメン俳優目当てで朝の特撮番組を見る母のお下がりであった。

 今でもベルトかあれば、変身したい系女子なのだ。

 女の子らしくない、そう思われるのはちょっと避けたい。


「どうしよう、孔明さん……?」


 困ったときは軍師に頼る。

 最近、アン子のライフサイクルは常にこんな感じである。

 

「そのフィギュアも、セッション用の駒として使わば、奇異なものになりますまい」

「ほんとに? やっぱり恥ずかしくない?」

「不必要なものが溢れていると思うから雑然として見えるのです。必要なものが溢れているのならば、そうは見えないものです。ま、今の時代、ヒーローの」


 そういうものかもしれない。

 棚から溢れているから恥ずかしいのであって、溢れたものを整然と並べるとそうでもない気がする。

 とりあえず、ぱぱっと机の上に並べてみる。


「やっぱ、いいよねえ……」


 思わず、見惚れてしまう。

 ずいぶん昔の仮面ヒーローのフィギュアだ。

 一見するとグロテスクなところがあるが、仮面の下に秘めた悲哀を感じさせるデザインがまたいい。昭和には昭和の趣があり、平成には平成のよさがある――。

 令和のヒーローたちは、先輩たちの血統をどう受け継ぐのか。


「……じゃなかった! 片付けなきゃ!」

「しかたありませんな。董和とうわ、アン子様のお手伝いを」

「ははっ」


 また新たな人物が召喚され、ストックされていた。

 董和、字を幼宰ようさいといい、劉璋に仕えていた人物である。

 劉備が蜀を平定すると、孔明から大きな信頼を寄せられている。

 孔明もたびたび問題点を指摘してくれる董和とは気が合ったと述べている。

 清廉潔白な人物であり、みずから率先して倹約に努め、風紀を整えたというから整理整頓は得意なタイプだ。

 さっそくアン子にてきぱきと指示を出す。

 見かねた伊籍と、これまた孔明イチオシの人材である王平おうへいも手伝ってくれた。


「うう、ありがとうございます……」

「蜀の険道や街亭までの兵站に比べたら何程もあるまい」


 王平は第一次北伐で馬謖の幕僚として参戦し、孔明の指示に従わず山に陣を張った馬謖を何度も諌め、結果大敗することになった中で兵をまとめた功績がある。

 寡黙できっちりこなすタイプで、後年の蜀を支える将軍だが、真面目すぎて偏狭であったとこが欠点だ。


「でも、だいぶ片付きましたね……」

「こうしてフィギュアに陣を組ませると見栄えが良くなりますなぁ」


 簡雍は相変わらず横になったままで言う。

 しかし、こう並べてみると、趣も感じられる。

 オタくささから、センスがぐっとよくなった。


「ありがとう、蜀の皆さん。助かったー」

「やあ、これで怖いものなしですぞ」


 横になったまま、気楽に言う簡雍であった。

 その気楽さは、アン子を結構救ってくれる。


「これで麻理恵ちゃんたちが来ても大丈夫。楽しみだなぁ」

「アン子様、麻理恵様には少々お気をつけたほうがよいかと」

「えっ? 麻理恵ちゃんに? サツキくん狙ってるから?」


 孔明から麻理恵ちゃんに警戒するようにとの忠告――。

 一瞬、ドキッとする。

 確かに、親友だが今は同じ男子を巡ってふわっとした恋敵である。

 アン子にはあまり実感がないのだが、よくよく思い出してみると、麻理恵ちゃんはサツキくんにちらちら視線を送っていた。

 同じ文芸部だし、前から意識していたのかもしれない。


「うーん。麻理恵ちゃんいい子だし、喧嘩したくないなぁ」

「その点は心配ございません。ですが……」

「ですか?」

「いえ、これは私の考えすぎでございます。失礼いたしました」

「もう、孔明さんがそんなこと言うとドキッとするんだから」


 稀代の名軍師の進言だけに、やはり無視はできない。

 まあ、孔明が考えすぎと言うならそうであろう。


「して、アン子様。今度はフィギュアの棚をご覧くださいませ」

「……ん? なになに?」

「その隅の方に、小さな袋が置いてございましょう?」

「あっ、これのこと?」


 孔明が言ったとおり、フィギュアの棚の隅には小さな袋が置いてあった。

 小物を入れるのによさそうな大きさだ。


「いざというときは、その袋を開いてくださいませ」

「あっ、孔明さんの小袋だ! 漫画で見たよ、これ」 


 漫画で登場する諸葛孔明は、よくこういう袋を託して武将に渡してくれる。

 で、ピンチが迫ったときに開くと、逆転の秘策が書いてあるのだ。

 これで勝つる。孔明の小袋とか、最高の勝ちフラグであろう。

 あとは心静かに週末土曜日を待つのだ。 

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