第30話 諸葛孔明、絵文字を送る

「あなたが“令和の悪魔”だったのね」


 数々の猟奇殺人を繰り広げてきた“令和の悪魔”。殺人鬼はすぐ側に潜んでいた。

 アイドル社長、星宮エイプリルの推理は最悪の形で当たってしまった。


「そんな誤解です! わたしはやってないです。人殺しなんて、そんなこと……」


 彼女は、この業界で後輩にあたり、若く、輝くような魅力を放っている。

 人殺しなど、彼女とは無縁で、まったく必要がないのだ。

 こんな告発は、エイプリルも望むところではない。

 自宅で待つ弟と妹のために平穏無事に過ごし、そこそこ稼ぐ日々でよかったのに。

 だが、そういうわけにもいかなった。


「だって、わたしアリバイだってありますし! それにわたしだって狙われたの、先輩も知ってるじゃないですか」

「そうね。あなたにはアリバイもある。だって、あなたは誰も殺していないもの」

「だったら!」

「直接殺していないってだけで、あなたの命令で、あなたのために、あなたの望むように殺したのよ。あなたのファンたちがね――」


 そう、彼女は直接殺してはいない。“令和の悪魔”にも狙われた。

 だから、彼女は容疑からももっとも遠いところにいた。

 しかし、それは直接殺していないというだけ。彼女は、無数のファンを操って連続猟奇殺人を可能としたのだ。アリバイなど、最初から無意味であった。


「……そっか。先輩って、おバカなアイドルじゃなかったんですね」


 “令和の悪魔”が本性を露わにする。

 可愛いけれど、残酷な笑顔だ。隠し持っていた凶器を取り出す。


「それが、あなたの本当の顔なの?」


 芸能界など、偽りばかりの世界だ。

 後輩のこの子も、偽りの笑顔を仮面としていた。

 こちらが素顔なのだろう。カルト教団で育てられ、邪神を崇拝する悪魔の子だ。

 

「そうです。でも、やっぱり先輩はおバカですね。ひとりででこんなとこに来て」


 ぱちんと、折りたたみナイフをかざす。

 ひとりできたのは仕方なかった。それが、“塔”のカードの持ち主との約束だから。


「そこまでだ! “令和の悪魔”!! 殺人未遂の現行犯で逮捕する!」

「刑事さん!?」


 ばっと、警官隊がやってくる。

 星宮エイプリルが、密かに協力していた“塔”のカードの持ち主――。

 この事件を捜査していた刑事が突入したのである。


        *       *        *


「はっ……。はああああああああっ~~~!!」


 アン子は、安堵のため息をだだ漏れにしてテーブルに突っ伏した。

 ものすごい緊張感とやり遂げて訪れる悦楽の解放感。しんどみがすごかった。

 同時に、プレイヤーと爺やの拍手が巻き起こる。


「おめでとう、アン子ちゃん!」


 麻理恵ちゃんも祝福してくれる。

 疲れた、ものすごく疲れた。今は、その反動で口から魂が抜けていく。

 だが、これほどの達成感はいまだかつて体験したことがなかった。

 

「信じてもらえてよかった。ありがとうアン子ちゃん!」

「サツキくん……」


 優しい笑顔に癒やされる。もうここで人生が終わっても悔いはない。

 冷静に考えればここから、悔いだらけであろうが、そのくらいの気分である。

 “塔”のカードを出したサツキくんは、アン子に後輩アイドルを告発するための推理をしてほしいとお願いをした。

 それが、つい先程のことである。


「すごいわ、このシナリオ……! こんなふうになっちゃうのね!」


 彩香も興奮気味である。やり遂げた女の顔というのだろうか?

 今は、子供のように無邪気に微笑んでいて、天使に見える。

 ちょっと涙ぐんでいるところもアン子には感動だった。彩香はやっぱり可愛い。

 正体不明の猟奇殺人鬼が後輩アイドルだったというのはアドリブであるという。

 こんな複雑なシナリオを用意して、アドリブで対処してKPするとか、初心者とは思えない。犯人が後輩アイドルというのは、シナリオ開始時に決まったことである。


「いやあ、おめでとうアン子ちゃん。楽しいセッションだったよ。にしても、よくみんな推理できたね。ミステリーとか好きなのかな?」

「ぜ、全然……。サツキくんの刑事さんを信じるしかなかったから……」


 ジュンお兄さんに突っ伏したま答えてしまったのは、さすがにお行儀が悪いと思ったアン子だが、まだこの“至福の疲労”からしばらく回復しそうにない。

 胸が締めつけられそうになる場面がいっぱいあり、そこを切り抜けたからこその達成感であった。


「その、ごめん。“死神”のカードの持ち主に知られないようにしたのが、アン子ちゃんを追い詰めちゃったみたいで」


 すまなそうに頭を下げるサツキくん。

 ガバっと身を起こしてぶんぶん首を振った。


「ううん、そんことないって! あたしがバカだったから悩んだだけで……!」


 よくよく考えてみれば、それも当然のことなのだ。

 秘匿ハンドアウトを配られた時点で、アン子が読むとは決まっていなかった。

 刑事の敵である“死神”のカードの持ち主が判定に成功して覗くかもしれない。

 “愚者”のカードの持ち主である協力者――今回はアン子だったが――を守るための措置だったのだ。

 だから、アン子はサツキくんを信じた。

 伏せ字の文字数をカウントしてカードを類推するなんてのは、そのおまけと言っていい。


 信じること、これも孔明の助言あって得られた信念である。


 少年漫画のテーマでよく聞く陳腐な言葉が、これほど重要な意味を持つのは、大して長くないアン子の人生でも初のことではないだろうか?


「よかった、アン子ちゃんに信じてもらえて」

「え、えっと……」


 きゅんと来てしまった。下手したらキュン死にしてもおかしくない。

 同時に、彩香と麻理恵ちゃんの視線が刺さる。

 麻理恵ちゃんのそんな視線も意外だったが、彩香の場合はまるで捨てられた子犬みたいな顔をしている。

 サツキくんを巡るライバルとはいえ胸が痛い。


「兄としては、このシナリオを回しきった彩香も褒めてあげてほしな。毎晩シナリオを読み込んで、すごく張り切っていたんだよ」


 さらりとジュンお兄さんが彩香をフォローする。

 この辺、妹想いの兄だ。

 全然似てない兄妹だが。

 

「そうですね……。俺もこんなすごいシナリオを用意してもらえるなんて思わなかったです。綾川さん、本当にありがとう」

「う、ううん! わたし、頭悪いから人より理解するの遅いから……」


 そこにいるのは、ひとりの乙女だった。

 アン子でも、抱きしめてやろうかと思うほどだ。


(こいつ、ずるいぞ……!)


 思わず叫びそうになったアンこだが、今回のセッションに免じて許す気持ちになった。

 ちょうど、アン子のスマホに通知がある。

 孔明から、チャットアプリに「笑顔」の絵文字が送信されたのだ。


(孔明さんっ……!)


 アン子、思わず感涙の顔文字を返信する。

 やはり、この稀代の軍師なくしては今回の成功はなかっただろう。

 今ならわかる、JKでも劉備玄徳りゅうびげんとくの気持ちが。

 終わってみれば、PCの中に犯人がいるなんてシナリオ、メタ読みすればありえないだろう。

 しかし、結果が見えてないうちは決断に大きく迷う。

 どうしても、もしかしたら? ひょっとしたら? という考えになってしまう。

 そこで助言してくれるのが軍師だというなら、三顧の礼くらいはする。

 アン子だったら毎日訪ねたくなるだろう。


「でも、次は私がGMする番なのよね」

「そうだね。楽しみにしてるよ、麻理恵ちゃん」


 そう、次は麻理恵ちゃんの番となる。

 彩香のセッションは、秘匿ハンドアウトを駆使する複雑なシナリオを用意し、大変盛り上がった。

 どうしても前のセッションと比較されるだろう。

 アン子だったら、プレッシャーに絶えられず辞退するかもしれない。


「こんなすごいセッションの後だと、すごくプレッシャーかかっちゃうな」


 しかし、そんな言葉とは裏腹に、普段は控えめな女の子の麻理恵ちゃんは、どこか自信に満ちた顔をしていた。

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