第29話 諸葛孔明、VS偽書疑心の計

「ご、ごめん! 電話鳴っちゃった!」


 呼び出し音に、慌ててアン子がKPの彩香に謝罪する。

 すると、例の爺やが紅茶を淹れてやってきた。


「ここらで休憩を入れてもよろしいのでは? 部外者の立場で口をはさみますが、根を詰めすぎるのもよくないと思いますから」

「そうしましょう。だから、電話出て大丈夫よ」

「う、うん」


 携帯片手に、ちょっと廊下に出てくる。

 高級タワマンだけあって、フロアーには休憩所みたいなところがある。

 そこまでやってきて、携帯に出る。


「差し出がましい真似をいたしました」

「孔明さん!? 助かったぁ……」


 まさかのときの軍師孔明である。

 アン子の危機を察知して、電話という形で呼び出し音を鳴らしたのだ。


「これまでの展開は把握しております。まさかの事態でございますな」

「そうなんですよ。もうどうしようかと思って。いろいろ考えるとお腹痛くなってきそうで……」

「アン子様、TRPGは遊戯にございます。楽しむのが第一かと」

「うん、そうなんだけどね……」

「であればこそ、気楽にお楽しみなさいませ。失敗したからとて、国が滅ぶわけでもございません。何より、ご友人が用意してくれた場にございますから」

「あー、そっか。ほんと、彩香がこんなシナリオ用意するなんてね」

「秘匿ハンドアウトによる偽書疑心の計とは、賈詡かくのやりそうなことです」

「……かく? 飛車とかいるの?」

「ああ、いえ。お気になさらず」


 アン子のマジボケをスルーする孔明である。

 

「そも、星宮エイプリルは〈心理学〉は初期値にございますから10%にございます。イクストリーム成功しようにも2%しかありません。成功するかどうかもわからないもので悩んでも仕方ありますまい」

「……あっ! そうだった」


 言われてみれば、当たり前のことであった。

 そもそも、イクストリームで成功するかどうかはわからないのである。

 これで胃が痛むほどのストレスを感じるというのも、気の早い話だ。

 孔明の指摘で、ずいぶんと心が軽くなった気がする。


「すなわち、駄目で元々の計にございます」

「へっ? ダメ元ってこと!?」


 まさか、神算鬼謀の軍師からそんな助言が出るとは。

 すべて思惑通りに読み切る印象があっただけに、結構な衝撃だ。


「人事を尽くして天運を待つ。ここまでやったからには、ご自分の思う通りになさいませ。おそらく、それがアン子様の正解となりましょう」

「なるほど、後悔しないように、ですね」

「いかにも、セッション中の進言はこれっきりとなりますが、アン子様がそのお気持ちを忘れなければ万事うまくいきます。それと、一緒に遊ぶ者を信頼なさいませ。何が書いてあってもです。KPも含めて、です」

「信頼かぁ。そうだね、ありがとう孔明さん!」

「いえいえ。突然のコールでセッションの興を削いだこと、汗顔の至り。偽書疑心の計に打ち勝つには信ずること。信なくば立たず、これのみです」


 スマホの画面の中でうやうやしく礼をすると、孔明はフェードアウトした。

 信なくば立たず――。孔子の言葉の引用である。

 特別な知略を授けられたわけではないが、それでいいと肯定してもらえるのはとても心強かった。

 軍師というのは、君主が決断できるように助言すること、なのかもしれない。

 そう、信頼である。彩香はサツキくんを巡ってはライバルだが、この日のためにプレイヤーを楽しませようとすごいシナリオを用意してくれたのだ、信頼しよう。


 ひと息ついて、アン子はセッション会場に戻る。

 お茶とお菓子が用意されており、「いただきます」を言って手を付けた。

 短い休憩が終わって、セッション再開――。


「アン子ちゃん、誰を選ぶか決めた?」

「うん、エイプリルの〈心理学〉初期値なのに考えすぎちゃった。へへへ」


 心配そうにしている麻理恵ちゃんに軽く笑って言った。

 で、彼女がアン子の秘匿ハンドアウトを気にしているのを思い出す。

 ゲームではこちらの秘密を探ろうとする相手である、侮れない。

 しかし、ゲームはゲームである、楽しめばいい。

 孔明の助言は、今のアン子にはとてもありがたかった。


「じゃあ、アン子は誰を指定するか決めたのね? 宣言してよ」

「あたしが知りたいのは……サツキくんの秘匿です!」

「えっ? お、俺の?」


 断言したアン子に、サツキくんも驚いた顔をしている。


「だって、気になるもん! 今までの行動的に」

「うん、そっか。なら、仕方ないか」


 サツキくんははにかむように笑った。思わず、キュンと来てしまう。アン子が惹かれた笑顔だ。実際、そんな彼の秘密を知りたいと思った。事件の真相や真犯人は、実のところ皆目見当がつかない。

 このまま推理を進めても、謎が解けるとは思わない。

 しかし、ここはサツキくんの秘匿ハンドアウトが知りたいという気持ちに素直にしたがうことにした。

 人の気持ちがわかるという心理学という学問にも、ちょっと興味が出た。


「みんな、決まったみたいね?」 


 彩香が集計を取る。ジュンお兄さんと麻理恵ちゃんがアン子を指名し、サツキくんはジュンお兄さんを指名した。当初のとおりである。

 そして、一斉にダイスを振った。


「ていっ! ……あっ、出た!? 02!」

「ほんとに!?」


 自分のダイス目に思わず声が出ると、KP彩香も驚いて覗き込んできた。

 本当に〈心理学〉が2%の、イクストリーム成功してしまったのだ。


「すごいなあ、アン子ちゃん持ってるね」

「い、いやあ。へへへ」


 ジュンお兄さんは、拍手までして褒めてくれた。

 一方のサツキくんは、もぞもぞしたような顔をしている。

 自分の秘密を覗かれるのは、やっぱり複雑な心境かもしれない。


(そっか。サツキくんの秘密、わかっちゃうんだ……) 


 そう思うと、妙にエロい気持ちになってくる。

 正確にはサツキくんが演じる探索者の刑事の気持ちなのだが、プレイヤーとPCというものは意外に境界は曖昧である。

 アン子だって、星宮エイプリルがひどい目に遭ったらと思うと気が気でない。

 たとえPCでも、憧れの人のPCの秘密なら知りたくなるのは道理だ。


「……じゃあ、これ」


 サツキくんが、難しい顔しながら秘匿ハンドアウトをアン子に渡す。

 なにか言いたいことがありそうだが、ぐっとこらえている様子だ。

 やっぱり、秘密を知られたくないのだろうか? アン子にも、その気持はわかる。

 意を決して、伏せてあるサツキくんの秘匿ハンドアウトをめくる。


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秘匿ハンドアウト:刑事用

 あなたは■■■。あなたの目的は■■■の■■だ。■■■のカードを持つ者があなたの標的である。そのために、■■■■のカードを持つ者が密かに協力してくれている。この協力者が誰なのか、あなたにもまだわからない。しかし、あなたの持つカードを公開すると、そのタイミングで力を貸してくれるはずだ。あなたは好きなタイミングでカードを公開してよい。

※なお、この秘匿ハンドアウトを他人に見せる前に15文字まで伏せ字にしてよい。

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「えええええええええええ~!?」


 素っ頓狂な声を上げてしまった。

 まさか、これで秘密がわかると思っていたら、重要そうな部分が塗り潰されているとは思わなかったのだ。

 しかも、KP彩香が許可している行為である。


「あ、あのっ……!?」


 アン子は口をぱくぱくさせながら、サツキくんと彩香を交互に見比べる。

 彩香は、それはもう満面のどや顔だ。気持ちはわかる。

 しかし、もっとも気になる部分は「あなたは■■■」の書き出しだ。伏せ字にされている三文字、もしここが“殺人鬼”だったら……。

 サツキくんの探索者は、刑事の顔を持ちながら猟奇殺人を繰り返すサイコキラーということになる。


 そのうえ、サツキくんがなんのカードを持っているかも伏せ字にされている。

 文面上、密かな協力者がいるというのは、”愚者”のカードの持ち主、つまりはアンコの星宮エイプリルを差しているように思える。

 やっぱりサツキくんの刑事が“塔”のカードの持ち主なのだろうか?

 肝心なところが伏せ字にされていて、確信が持てない。頭が沸騰しそうだ。


 そして、秘匿ハンドアウトの伏せ字がアン子を不安にさせる。

 

(サツキくん、そんなに知られたくなかったってことは……)


 ここが大きな問題なのだ。

 いかにTRPGのセッションとはいえ、自分を疑っての行動なんじゃないか?

 ドキドキの反動のせいか、だとしたら、しょんぼり来る。

 しかし、そのサツキくんの目は、アン子に何かを訴えかけるような視線だった。


「そうだ、信なくば立たず!」


 アン子は信じた。信なくば立たず。

 何事も信頼である。

 サツキくんはずいぶん鈍いとこのある男の子だが、彼は意地悪をするプレイヤーじゃない。

 そんな男子だったら、好きになったりはしない。

 伏せ字の文字数をカウントする。たぶん、「“」も1文字とカウントしている。

 だったら、サツキくんのカードはあれしかない。アン子は、もう迷わなかった。



 


 

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