第28話 諸葛孔明、お助けコール
「……じゃあ、もしかして犯人はこの中にいるってこと?」
「そんな!?」
アイドル社長、星宮エイプリルが思わず声を上げた。
後輩のアイドルも動揺する。彼女が次の獲物だと予告されているのだから、当然の反応といえた。
しかし、状況から見て、世間を騒がす“令和の悪魔”は、スタジオの中にいる誰か、ということになる。真犯人は、身近にいたのだ。
「状況から考えて、間違いないですよ」
記者は言った。
俗悪ゴシップ雑誌に記事を寄稿する若いフリーライターだが、これまで捜査では鋭い考察とネット情報に精通する人物である。
「それは、あなた自身も容疑者の例外ではないということですよね?」
その若いフリーライターに鋭い視線を送ったのは、探偵業の女だ。
「僕は違うといっても、確たる証拠はありません。だから、否定はしませんよ。あなたもそうだということは指摘させていただきますがね」
「……いいわ。状況からすればそのとおりだもの」
反論するフリーライターに、女探偵も肝が座った反応をする。
シングルマザーだが、カリフォルニア州でライセンスを取得したというタフな経歴の人物である。
「まだ勘や推理といった段階だ。疑心暗鬼になるのはよくないことだ」
捜査に関わっている刑事は、たしなめるように言った。
この事件を追っているという彼自身も容疑者の例外ではない。
令和の悪魔は、捜査関係の情報に精通しているという情報もある。
スタジオ内に、疑心暗鬼が広がっていった。
* * *
(こ、孔明さぁん……!)
めちゃくちゃ緊迫する状況に、アン子は心の中で伝説の軍師にすがった。
やはりというか推理展開である。しかも秘匿ハンドアウトのおかげでPCすら犯人の可能性がある。KPとプレイヤーが個別に別室にいくこともあったのだ。サツキくんとふたりっきりになる機会が、彩花にはあったのだ。嫉妬と羨望である、
まさか初めてKPをする彩香が、こんな複雑なシナリオを用意するなんて。
プレイヤーのときは、あんなに脳筋だったのに。
「さあ、ここでヒントタイム! 〈心理学〉の判定に成功すると、秘匿ハンドアウトを見ることができるわ。ただし、イクストリームを出したプレイヤーだけで、この1回こっきりだけのチャンスよ」
「お? おおおおおおっ!? 〈心理学〉振ります、振りますよ!」
誰が真犯人“令和の悪魔”なのか、まったく検討もつかない。
だからこそ、アン子は真っ先に手を上げた。
麻理恵ちゃん、ジュンお兄さんにサツキくんも続いて手を挙げる。
今、アン子は猛烈に秘匿を知りたい、特に、刑事役のサツキくんのは。
彼は、捜査の中心人物である。しかも、星宮エイプリルとその後輩アイドルのために献身的に動いてくれている。だからこそ味方であってほしいと、切に思う。
しかし、である。
(……あれ? 他に犯人の可能性が高い人を疑ったほうがいいんじゃ?)
という思いも過ってくる。
まず、そう思うとジュンお兄さんなんか怪しいような気がする。
こんな疑心暗鬼が片っ端から湧くような中で、全然表情を変えていないのだ。
犯人で真相を知るからこそのポーカーフェイスなのだろうか?
疑ってみると麻理恵ちゃんも怪しい。彼女は頭もいいし、もし真犯人だったらアン子には勝ち目がない。大人しそうな子だが、こういうときにはクールに物事を進めていそうだ。
そしてサツキくんである。
アン子的には、ゲームとはいえ残虐な殺人鬼の役をやってほしくない。
クールだけど意外にシャイで、ゲームに熱中すると無邪気に笑う。そういう男子なのだ。彼の探索者も、すごく頼りになる刑事であった。これで殺人鬼だったら、星宮エイプリル(アン子の探索者)への裏切りに等しい。
しかし、秘匿ハンドアウトが配られた以上、真剣に演じる義務があるからアン子を裏切ってでも真犯人を演じそうな気もする。
というか、だからこそ好きだ。
結構なイケメンなのに学校ではそんなに浮かれた動きをしていない。
それは誠実で物事にひたむきに打ち込むからこそだと、アン子は思っている。
「みんな、秘匿ハンドアウトの中身が気になるのね。ふふふ」
「そりゃそうだよ。このシーンに真犯人いるかもしれないしね」
得意げな彩香に、ジュンお兄さんが言う。
どうも、真犯人がわかっているんじゃないかという節がある。
「私も知りたいし。人の心の内側とか」
「麻理恵ちゃん、なんか意味深なこと言うね」
「ゲームでもそうだけど、ずっとそう思ってる。アン子ちゃんも知りたくない?」
「うん、まあ。あっ……」
ちらっと目線を移して、サツキくんを垣間見る。
眼鏡の下の目と、思わず視線が交わって慌ててそらした。
知りたい、とても知りたい。彼がアン子のことをどう思っているのか?
「じゃあ、全員判定するのね。誰の秘匿を知りたいの?」
「そうだねえ。僕は、アン子ちゃんの星宮エイプリルの真相を知りたいな」
「うえっ!?」
ジュンお兄さんからのいきなりのご指名に、アン子は素っ頓狂な声を上げた。
いや、自分なんてバレバレでそんなの見る必要ないだろと。
顔に出まくることを自覚しているほどなのに。
「アン子ちゃん、何か重大な秘密を隠してる気がするんだよね。僕の考えすぎかな」
「い、いやあ、別にあたしは秘密なんて、そんなそんな」
言いつつも、どきどきする。アン子が抱える秘密は、確かに多い。
サツキくんが好きとか、スマホに諸葛孔明がイントールされているとか、他人にはとても言えないことが多々ある。
秘匿ハンドアウトについては、バレてもいいのかどうかはわからないが。
「俺は、ジュンさんの秘密が気になります」
「ほう?」
今まで涼しい顔をしていたジュンお兄さんが、サツキくんの追求でちょっと違う顔を見せた。一瞬、イケメン同士が火花を散らしたかのような空気にドキッとする。
「だって、本心すごく掴みにくそうですし」
「そうかな? 僕に、そんなにおかしなとこがあったかい?」
「いえ、全然ありません。だからこそ、気になるっていうか」
「わかる! あたしも、すごく気になってます……!」
「ははは、ふたりから疑われちゃったか。僕もまだまだだね」
何事もなかったかのように笑う。こういうときに目が笑っていないなら、疑うのだが、ジュンお兄さんは目まで楽しげに笑っている。やはり侮れない。
場慣れてしてるというか肝が座っているというか、とにかく揺るがないのだ。
「私も、ジュンさんの秘匿が気になるけど――」
「けど?」
「アン子ちゃんの秘匿のほうが知りたい、かな?」
「うえぇぇっ!?」
思わず、また声が上がった。麻理恵ちゃんにも疑われてしまった。
アン子に向ける麻理恵ちゃんの目はどこか真剣なものに感じられる。
何か、熱量があるというか、そんな感じだ。
自分がそこまで疑われるような場面、あっただろうか?
「じゃあ、アン子はどうするの?」
「あたしは……」
ここで、はたと考える。指名すべきは誰なのか?
当初の予定では、サツキくんの刑事のことが知りたかった。
しかし、自分のハンドアウトを知ろうとするジュンお兄さんも麻理恵ちゃんも怪しく思える。
考えがぐるぐる回る。どうしたものか?
そんなとき、アン子の携帯が鳴った。着信である。「孔明」と通知欄にあった。
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