第27話 諸葛孔明、いないままでのセッション
大都会、東京――。
その中で繰り広げられる、連続猟奇殺人。
マスコミから“令和の悪魔”と命名されたこの犯人は、警察をあざ笑うかのように犯行を繰り返していく。
神出鬼没、正体不明。事件は、次第に劇場型犯罪の様相を呈していた。
その儀式的な殺人の様子から、“令和の悪魔”は邪神ニャルラトホテプを信奉している狂信的なオカルティストの可能性が高い。
* * *
……という展開でシナリオは進んでいる。
アン子は、その他一般人枠として、アイドル社長の星宮エイプリルを演じている。
そんなアン子の身近、アイドルグループ内のメンバーが“令和の悪魔”の犠牲者となる事件が起こってしまった。
「じゃ、休憩にしするわ。ていい……こほん。爺や、お茶をお持ちして」
「はい、ただいま」
KPの彩香が休憩を宣言すると、例の背の高い爺やが紅茶を淹れてくれた。
高級住宅街のスーパーで買うものなので、やはりブランド品の紅茶だ。
いい香りで、心から落ち着けた。
「はぁ~! 落ち着いたぁ。ちょっとこれ、心臓に悪い……!」
「本当、どきどきするよね」
「面白いでしょ? この日のために用意したんだから」
アン子と麻理恵がひと息つくと、彩香は自慢げに言う。
「……すごいシナリオだね。本当にKP初めてなの? 綾川さん?」
「そうなの。わたしも不安だったけど、ジュン兄さんがサポートしてくれるから」
「妹の頼みだけど、僕もシナリオの内容は知らないから安心してね。ルールや進行をサポートするだけだよ」
「ははっ」と軽やかに微笑んで、ジュンお兄さんは言う。
こういう爽やか系イケメンは、いるだけで場の空気が違う。
「でも、サポートがあるとは言え、こんな難しそうなシナリオに挑戦するなんて」
「だって、サツキくんにも楽しいんでほしいから……」
そんなふうに言う彩香は、アン子から見ても可愛かった。
お前、そんなに純情可憐なんかと想わずツッコミを入れたくなる。
しかも、言われたサツキくんも戸惑って顔を伏せた感じが、恋の予感っぽい。
これはいけない、ときめき空間になっている。
しかも、スマホをいじって孔明を呼び出すわけにもいかない。
休憩中だが、ジュンお兄さんに指摘された手前、気が引けるのである。
「――アン子ちゃんのタロット、“愚者”でしょ?」
「ふえっ!?」
思わず、変な声が出た。紅茶を吹き出さなくてよかった。
いきなりの追求は、麻理恵ちゃんである。
「さ、さぁ~、どうですかね~?」
バレバレなごまかし方しかできない。吹けない口笛まで吹いてしまった。
やはり、顔に出るのが自分の欠点だと、アン子はあらためて思い知る。
「ただの勘なんだけど外れてるかな?」
「う、うん」
……なんでバレたし?
アン子的には、大きなショックだった。
配られたカードを隠してプレイしているはずなのに、麻理恵ちゃんは鋭い。
普段はのほほんとしている雰囲気の女の子だが、やはり頭の出来が違う。
ちなみに彼女は探偵枠で、演じる探索者はアン子のセッションにも参加した、例のバツイチシングルマザーのハードボイルド女探偵である。
「じゃあ、ひと息ついたらセッション再開よ」
KP彩香の声で休憩が終わり、セッション再開となる。
アン子としては、早く“塔”のカードの持ち主を探り当て、協力したいところだ。
だが、ちょっとした不安がある。
“塔”のカードの持ち主が、連続猟奇殺人犯“令和の悪魔”を追い詰める正義の味方ならいい。しかし、その逆であったなら?
猟奇殺人を犯している殺人鬼に協力しなければならないのだ。
他のアイドルもすでに犠牲者となってエグい殺され方をしている。
シナリオの都合で一般人の知り合い、同僚が殺されるオープニングになるという。
しかも、KPの彩香も心配気味に描写するようなむごい殺されたかである。
もし、“塔”のカードの持ち主が“令和の悪魔”であったら、アン子演じる星宮エイプリルはその仲間として協力しなくてはならない。
だとしたら、とても嫌だ。エイプリルは弟妹思いの頑張り屋なのである。
さらにこれも問題なのだが、“令和の悪魔”は、マスコミや捜査状況を知っている可能性が高い。ひょっとしたら警察関係者なのかもしれない。
……もし、刑事枠のサツキくんの探索者が“令和の悪魔”だったなら?
KPの彩香は明言していないが、この仕掛けだとプレイヤーの探索者すら殺人鬼の正体というのもありうる。秘匿ハンドアウトに「あなたの正体は殺人鬼である」と書かれている可能性は大いにある。
しかも、アン子の後輩アイドル(NPC)が狙われている可能性が浮上している。
プレイヤーの推理ミスで犠牲者が出るかもしれない局面である。
(うう、孔明さん呼び出したい。お腹痛くなりそう……)
孔明なら、どうアドバイスをしてくれるのだろう?
しかし、この局面でスマホを取り出すわけにはいかない。
顔を上げると、ジュンお兄さんのにこやかな笑顔がある。この人も、穏やかな感じなのだが腹が読めない。どうしたものか?
ひょっとして、この人が“令和の悪魔”なんじゃないかなんて気もする。
疑い始めると麻理恵ちゃんまで怪しく思えてくる。一発でこっちのカードを見抜いてきた彼女の洞察力は侮れないが、もしかしたら秘匿ハンドアウトにヒントが書かれているかもしれないのだ。
KPの彩香はというと、してやったりという顔でにまにましている。
アン子を見守る目が、まるで小動物を慈しんでいるようだ。
そんな目に、アン子も覚えがある。ちょうど一週間前の自分があんな目で彩香を見ていたはずだ。
こういう形で逆転があるとは、思いもしなかったのである。
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