第26話 諸葛孔明、スマホ禁止の危機
連続殺人を繰り返す猟奇殺人犯。
捜査の目を掻い潜り、まるであざ笑うかのように犯行を繰り返す。
警察、報道関係、被害者の交友関係……。
犯人は、これらの情報を把握しているのではないか?
悪魔のような殺人犯に協力する裏切り者がいる!
* * *
以上が、彩香が作成したシナリオ『裏切りの報酬』のトレーラーである。
刑事、探偵、記者、その他一般人、四つの職業が推奨されており、これを選ぶとその導入と秘密が書かれた秘匿ハンドアウトが配られる。
「さっ、みんなはどれ選ぶのかしら?」
ものすごく楽しそうな顔で彩香が皆を見ている。
特に、アン子は彩香からの何かを期待するような視線を感じていた。
その気持ちは、KPを経験した今はとてもよくわかる。
プレイヤーが驚いたり感心したり、その瞬間はアン子もときめく気持ちがあった。
そしてまたサツキくんもどれにしようか、真剣に考えている。
ちらっと、その横顔を盗み見する。
(……いい! 笑ったときもいいけど、真剣な表情がいい!)
TRPGのこととなると、サツキくんはアン子が知らない顔を見せてくれる。
なんか人知れず世界を救う戦いに挑んでいるんじゃないかという、そういう顔だ。
ゲーマー女子を自認するアン子としても、彼は趣味ごと受け入れてくれるんじゃないかと期待する。どっか遊園地行きながらスマホゲーするデートとか、ファーストフード食べながらスマホゲーするデートとか、「今日何引いた?」「SSRの孔明引いたよ!」とか会話しながらの登校デートとか、楽しい青春まで想像する。
「……アン子、あなた余ったその他一般人になるけど……それでいい?」
「うぇっ!?」
妄想の世界から現実に帰ってくると、他の三人はもう希望を出したようだ。
ジュンさんが記者、サツキくんが刑事、麻理恵ちゃんが探偵である。
残っているのは、その他一般人だ。基本、『CoC』の探索者は一般人であるが、ここでは上記三つ以外のその他の職業ということだろう。
「い、いいよ。あたし大丈夫だよ。アイドル社長とかでもいい?」
「……アイドル社長? それ一般人なの?」
「うん。別に特殊能力とか持ってないし、ごく普通の一般人だよ。アイドルや社長だって、今は会いに行ける時代なんだし」
「よくわかんないけど……アイドル社長なんて職業、ルールブックに載ってた?」
「えっ、駄目なら変えるけど」
「待って、一応そのキャラクターシート見せてくれない?」
「はい、これ。あたしが最初に作った星宮エイプリルちゃん」
彩香にアイドル社長の星宮エイプリルのキャラクターシートを手渡す。
ざっと見てもピンときてないようだ。
それを見たジュンお兄さんが横から助け舟を出す。
「職業も作成ルールには従っているし、特に問題はないと思うよ。KPの彩香がどう扱うか決めていいんじゃないかな?」
「じゅんい……ジュン兄さんがルール通りっていうなら、大丈夫よね」
「そうそう、ムーンビーストぶん殴る女子高生だっているんだし、アイドル社長くらい一般人でしょ」
アン子のこの理屈に、彩香も納得するしかなかった。
意外と口が達者なのである。
サツキくんも麻理恵ちゃんも、横で笑っていた。
ウケが取れるのはなんかうれしい、TRPGのいいところである。
「じゃ、秘匿ハンドアウトを配るわね。あっ、秘匿についての質問はここで答えるわけにはいかないから、SNSのDMで送るわね」
「そっか。質問で内容バレちゃったらまずいからね」
「そういうこと。だからサツキくん、わたしのアカウントフォローしてもらえる? 相互になってね」
その手があったのかと、アン子は驚いた。
TRPGを通じて相互フォロワーとか、思いもよらぬ計略である。
正直、羨ましい。
「ほら、アン子もフォローしてよ」
「う、うん」
アン子のフォロワー数はまだ二桁である。
クラスメイトも数名しかいない。三桁超えている彩香にそのことがバレてしまうのは恥ずかしいが、これはやむを得ない。
で、四人それぞれに伏せられた紙片――秘匿ハンドアウトが配られた。
アン子もさっそく開けて読んでみる。
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秘匿ハンドアウト:その他一般人用
あなたは、一般人に見えるが実は違う。このカードを持つあなたは、“塔”のカードを持つ相手と協力関係にあり、“死神”のカードを持つ相手を追い詰めるために正体を隠しているのだ。あなたは“塔”のカードが示されたとき、その持ち主に従って“死神”のカードの持ち主を追い詰めるのに手を貸なければならない。“死神”のカードの持ち主は、あなたが“塔”のカードの協力者である“愚者”のカードを知らない。“塔”のカードが提示されたら、あなたはその持ち主の言うことをひとつ聞かねばならない。正体を隠し、慎重に行動するとよいだろう。
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「……なにこれ?」
秘匿ハンドアウトを見たアン子は思わず声を上げた。
『あんまり内容のこと口に出すとバレちゃうわよ(*^_^*)』
すかさず彩香から、フォローのメッセージが送られてきた。
その送り主の彩香は「ふふん」という、してやったりな顔をしている。
「これ、どういうことなのかな?」
怪訝な顔をした麻理恵ちゃんが、KPである彩香に質問をする。
秘匿ハンドアウトの内容についてのようで、彼女のものもきっと同じような文面なのだろう。
「今から説明するわね。その秘匿ハンドアウトにそれぞれの目標が書いてあるでしょう? その目的を果たした人が今回のゲームの勝者よ。じゃ、これに合わせてタロットカードも配るわね。配られたカードは見てもいいけど……も他人に見せないほうがいいわよ」
と言って、彩香はそれぞれのプレイヤーに伏せたタロットカードを配った。
アン子がそのタロットカードを他人に見られないように見てみると、秘匿ハンドアウトに書いてあるとおり、タロットカードの0番“愚者”のカードであった。
「なかなか凝った趣向じゃないか。秘匿ハンドアウトでもらったものが目的で、この伏せられたタロットカードのことを推理しながらセッションを進めていくんだね」
ジュンお兄さんがゲームの趣旨を理解し、補足してくれる。
つまり、他のプレイヤーにもタロットカードが配られている。秘匿ハンドアウトに書かれた“死神”のカードや“塔”のカードを誰かが持っているかもしれない。
アン子の星宮エイプリルは、“塔”のカードの持ち主に協力し、“死神”のカードの持ち主を追い詰めるのに協力するという使命を持つ。誰かが“塔”のカードをオープンしたら、言うことをひとつ聞く。
アイドル社長に降って湧いた、突然の秘密指令である。
「一応、わたしのとこにもタロットカードは配るわ。これはNPCの誰かに配られたものってこと」
そう言って、彩香は自身の前に伏せたタロットカードを置いた。
緊張感が漂う。お互いの正体を探り合うような空気だ。
「ちょ、ちょっと待ってね……!」
これは心臓に悪い。ドキドキする。
孔明に相談しよう、そう思ってスマホを触ろうとしたときである。
「アン子ちゃん、今からソシャゲの周回とかログインボーナスかな?」
「へっ!? い、いや、そういうわけじゃないです!」
「ごめんね。彩香が気にするかなと思ってさ」
「そ、そうですよね。ごめんね彩香……」
「いいわ。さっき送った秘匿の確認でしょ? アン子ってこう見えて真面目だし、セッション中にソシャゲやるなんてことないわよ」
ジュンお兄さんから、やんわりと注意された形になってしまった。
彩香がKPしてくれるというのに、スマホを触っているのは確かによくない。
しかも、シナリオはなかなか凝った仕掛けが用意されている力作である。
“こう見えて”とかいう彩香の余計な言葉が引っかかったものの、擁護してもらったのにまだスマホをいじってるのは体裁が悪いので引っ込めた。
しかし、そうなるとセッション中に孔明に頼れなくなってしまう。
推理とか難しそうな要素があるのに、どうしよう?
焦るアン子であった。
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