第三章 群星トライアングル編

第22話 諸葛孔明、風雲の予兆

「はい、アン子ちゃん。次の巻だよ」


 週が明けると、麻理恵がさっそく横山光輝『三国志』の続巻十一~二〇巻までを持ってきてくれた。


「あっ、ありがとう!」


 麻理恵ちゃんは、よく漫画や小説を貸してくれる。

 やはり、漫画は読みやすくていい。

 今までゲームで遊んでも歴史には興味なかったが、孔明や簡雍、馬忠、伊籍といった面々を引き当ててから、俄然興味が湧いてきている。


「それと、私もTRPGまた遊びたいの。自分の考えたキャラが活躍するって、面白かったし……アン子ちゃんのKPっていうの? よかったから」

「そ、そお? へへへ」


 これは嬉しい。まるでくすぐられたようににやけてしまう。

 アン子は、自分でもわかるくらいに顔に出てしまうタイプだ。

 隠し事はとても苦手で、母にもよくバレている。


「だから、思い切ってルールブックも買っちゃった」

「……へっ? も、もう?」

「うん、これなんだけど」


 麻理恵の鞄から出てきたのは、彩香が持ってきた『新CoC』と同じサイズの本であった。

 しかし、表紙絵が違う。

 こっちはレトロフューチャーっぽい、かっこいい感じだ。


「『シャドウラン』っていうの。サイバーパンクとファンタジーが一緒になってるって言うから、思わずポチっちゃった」

「そんなTRPGあるんだ……」


 アン子も知らないTRPGである。

 古代の魔法や神話や空想上の存在が近未来に蘇ったというサイバーパンクTRPGである。版を重ね、現在第五版の翻訳が発売されている。

 交配した近未来の年に、エルフやオーガといったファンタジーでおなじみの異種族、魔法が存在し、プレイヤーは裏仕事を請け負うシャドウランナーとなり、国家を上回る存在となった企業間の抗争やストリートのトラブルに関わっていくのだ。


 背中に気をつけろ。ためらわず撃て。弾を切らすな。

 ドラゴンには絶対、関わるな。

                          ―――ストリートの警句


 こんな感じの、イカすクォートがルールブックのあちこちに書いてある。

 ドラゴンがアメリカ大統領候補に立候補したとか、そういう世界らしい。

 そういえば、麻理恵ちゃんから借りた『ニューロマンサー』もサイバーパンクだったなとアン子は思い出した。

 もしかしたら、好きなジャンルなのかもしれない。


「ね? これ貸したらアン子ちゃんがGMやってくれる? 私、オークのストリートサムライやってみたいの」

「……な、なにそれ?」


 オークと言ったら、女騎士に薄い本みたいなことする種族である。

 それが侍になるとか想像して、頭の中は大変なことになっている。

 しかし、いきなりルールブックを渡されても、すぐにGMはできない。

 今も孔明から『アリアンロッド』のレクチャーを受けている最中なのだ。


「アン子ちゃんがプレイヤーやるなら、私もGMに挑戦するから、練習手伝ってよ」

「やー、あたしもGM練習中の身だから……」


 さすがに尻込みしてしまう。

 しかし、今日の麻理恵ちゃんはぐいくいくる。どうしたんだろうか?

 そして、そのタイミングで聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。


「サツキくぅん。わたし、『新CoC』のシナリオ考えてきたの」

「な、なんですと!?」


 思わず、その声を追ってしまった。

 彩香が『新CoC』のルールブックを抱え、サツキくんを誘っている。

 びっくりした、彩香がもうシナリオを自作できるだなんて。

 読書感想文さえ、まともに書けなさそうなのに。


「今度はわたしがKPやるから、プレイヤーに入ってほしいな、なんて」


 また首を絞めて作ったような、よそ行きの声である。

 気になる、気になって気になって仕方がない。

 孔明から教えられた『アリアンロッド』で誘おうと思っていたが、先を越されてしまった形である。


「なるほど、兵は神速をたっとぶですか」


 スマホの中の孔明が、何かに気づいた。

 勝機を見出したら果断にすぐ行動に移す、軍事行動の基本理念である。

 魏の郭嘉が述べた言葉だと、『三国志魏志郭嘉伝』にある。

 元は、『孫子』にある「兵は拙速を聞く」を言い換えたものだ。

 袁紹の子、袁煕えんき袁尚えんしょう兄弟が異民族の烏丸うがんに落ち延びたが、このとき曹操は郭嘉の進言を採用し、輜重兵しちょうへいをとどめても軽騎兵で追撃して打ち破っている。

 少々稚拙でも、軍事行動は早いほうがいい。

 この孫子のげんを、あえて「神速」と強調したところに、稀代の軍事参謀郭嘉の真髄があろう。


「またTRPG遊ぶなら、『シャドウラン』もやってみましょうよ」

「え……?」

「ほら、面白そうでしょ? このゲーム」

「待ってよ、南海さん。わたしがサツキくんに先に声かけたわけだし」

「先に声をかけても、一緒に遊ぶって約束したわけじゃないよね? なら、選んでもらいましょうよ。どっちがいいかって」


 あれ、麻理恵ちゃんってこんなに押しが強い子だったっけ?

 アン子はちょっとびっくりした。

 いつも教室の後ろで本を読んでいて、おとなしい女子のイメージだったのだ。

 自分の意見を表に出さず、波風を立てない、そんな優しい正確なのに。


「よほどTRPGにハマったんだねえ……」


 うんうんと嬉しげに頷くアン子であったが、一方のスマホの中の孔明は「んんんー」と複雑な顔をしている。


「いや、ふたりとも。GMやるのはいいけど……TRPGってプレイヤー揃わないと遊べないから」


 サツキくんの的確なツッコミで同時に彩香と麻理恵が「あっ」と気づいた。

 ルールブックには、友達がついていない。大問題である。

 そしてアン子にも視線が向く。


「アン子、今度はわたしがKPするからプレイヤーで入ってよ。南海さんとサツキくんとあんたで、三人揃うし」

「アン子ちゃんがプレイヤーでいいから、先に『シャドウラン』を遊びましょうよ」


 急に、アン子は引っ張りだこになってしまった。

 これは予想もしない急展開で、今までに経験がない。


「ちょ、ちょっと待ってね!」


 こういうときこそスマホの孔明に相談だ。スマホを抱えて、教室の外に出る。

 困ったときの孔明頼みである。

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