第21話 麻理恵 ~SIDE 呉~
「今日もかわいかったな……」
呟いて、自室のベッドで横になりながら麻理恵はため息をつく。
TRPGという遊びを通じて、もっと親密になれたら――。
急遽アン子が用意したTRPGという遊びに混ぜてもらったのも、言ってしまえばそういうよこしまな気持ちがあったからだ。
自分の考えることを、表に出すのは昔から苦手である。
学校でも、自分のことをわりと偽っている。
周囲にゲームはやらないと言っているが、本当はヘビーゲーマーである。
同年代の女子が遊んでいるスマホのソシャゲとかではなく、FPSやRTSが中心なのだ。
そのために4Kディスプレイで60fps以上を叩き出せるよう、GPSも選別し、簡易水冷のマシンも自作している。
その資金は、アルバイトで稼いだものを仮想通貨への投資で稼いだ。
高いゲーミング性能を有したマシンで、
読書やゲーム、自作PC組み立ての他にも、麻理恵の趣味は多彩だ。
しかし、言っても理解してもらえない、引かれてしまうことの繰り返しで、いつしか誰にも打ち明けなくなる癖がついている。
漫画や小説もマニアの粋で誰かと語り合いたいのだが、皆が読んでいるジャンルのものとは趣味が合わない。
胸の大きさについてもいろいろ注目されてしまうので、自然と猫背になった。
自宅に帰るといつもTシャツ姿の薄着になるのは、解放感を得たいからだ。
「こんなんじゃ気づいてもらえないよね」
ひとりで遊ぶ趣味には積極的なのだが、他人と関わるのことにはなかなか積極的になれない麻理恵である。
そんな彼女でも意識せずに接することができる相手ができた。
そして、いつのまにかその人を好きになっていた。
「本当は、私が先に好きになったにな……」
これまで好きになった人はいた。
しかし、麻理恵が行動を起こさない間に、別の誰かの恋人になってしまった。
好きになっても、勝手に眺めて見守るだけ。気持ちを打ち明けたり、仲良くなろうと積極的になったりしたことはない。こっちが好きになって、それで終わりである。
今度はそうなりたくないと思いつつ、やはりそうなりそうだ。
こちらの気持ちに気づいてくれないあの人を、憎いとさえ思う。
「……私、また好きになった人取られちゃうのかな?」
「このままでは、いずれそうなりましょう――」
やるせない呟きに、現れたフィギュアサイズの文官が一喝した。
「
この小さなサイズの文官は魯粛、字を
魯粛は、呉の孫権に仕えた軍師だ。
麻理恵の自作ゲーミングPCが、魯粛に関するデータをネットから多数集め、ハイエンドのGPUによって視覚的な情報として出力化されている。
そうした情報生命体ゆえに、フィギュアサイズの登場も可能だ。
劉備が正統で主人公の『三国志演義』では、その軍師たる孔明の活躍を描くために出し抜かれるお人好しに描かれ、驚き役になることが多いが、正史では主君の孫権にも物怖じせずに意見する
赤壁の戦いでも、
また、孔明が天下三分の計を劉備に授けたように、魯粛も孫権に曹操の勢力に対抗するため、益州に進んで天下の風向きが変わるのを待つ同じ構想を授けている。
「我ら群臣は、あなたのお気持ちが定まらねば戦うにも戦えません。我が
魯粛は、漢の皇帝である献帝が曹操の手にあるうちから、若き孫権に帝王になるべしとうながし、孫権も怯むほどだったのだ。
残念ながら、孫権が呉の皇帝として立ち、年号を黄武(のちに黄龍と改める)と定める前、それどころか呉王となる前に世を去っている。
それだけに、麻理恵にも厳しく言うようである。
「弱気はいけないってこと?」
「そうです。覇気と気迫あらねば、勝つことはできません。恋は勝ち取ることとお心得えなさいませ」
「私にできるかな。戦うなんて」
「できるできないではなく、やるのです」
力強い言葉であった。
前述したとおり、正史での魯粛は剛毅剛直の士である。
その人生において、果敢な決断の大切さをよく知っているのだ。
「魯粛殿の言うとおりです」
「左様、麻理恵様も呉に人士ありと歴史を紐解いてご存知ではござらんか」
「なんだったら、この
「貴殿は何に一番乗りしようというのだ。馬鹿らしい……」
次々と、フィギュアサイズになった呉の武官、文官が登場する。
呉の人材の中でも、なかなかの人材が揃ったなんじゃないかと麻理恵は思う。
「ふふっ」
思わず、目を細めて微笑んだ。
孫呉三代に仕えて赤壁でも活躍した程普、関羽を破った呂蒙、呉随一の暴れん坊の甘寧と、武官たちが揃っているが、このサイズになると可愛らしい。
ガチャでフィギュアを揃えていく、あの感覚に近い。
呉の百官が集まって、やがて国ができていくようなストラテジー要素を感じる。
自分の部屋に、小さな江南の国ができあがっていくようだった。
あとは
麻理恵は、呉の君主である孫権が、老臣の張昭と大人げない喧嘩を繰り広げてるこの君臣の組み合わせが好きだったりする。
やんちゃな坊っちゃんと爺やみたいなエピソードが多い。
三国鼎立の一角を成す呉の君主孫権は、英明に描かれ、実際にそうでもあるが、酒癖が悪かったり、激昂するととんでもないことをやらかしたりする。
そのたびに張昭が叱り、たまに虞翻がからかう。そこがいいのだ。
「呉の人材も、次々と発掘せねばなりません」
「うん。みんなはデータ生命体なんでしょ? マイニングブームが終わって
麻理恵が集めた呉の群臣たちは、ネットに集積された数多の情報から、人格を構成するまでのものを精査して構築されたものたちである。
ゆえに、処理能力が高ければ高いほど、多くの将星軍師をかき集められるのだ。
なぜ呉の人材に限られてしまうのかわからないのだが、麻理恵が呉が好きということも関係しているのかも知れない。
「早く
魯粛が言う公瑾とは、三国志の中でも諸葛孔明のライバルにして
確かに、周瑜には来てほしい。
麻理恵が呉のファンであるのも、多くは周瑜への憧れの部分があるのだ。
ただ、周瑜は人気武将である。京劇でも美形の男子が演じるため、ネット上でもファンも多く、さまざまなイメージで語られ、その膨大な情報から像を結ぶには時間もかかり、運の要素も大きい。
「早くこないかなぁ。周瑜……」
半透明なゲーミングPCケースの中で、LEDが色を変えながら明滅している。
ファンが回転すれば回転するほど、周瑜の召喚が近づいている気がして、麻理恵の心もときめいている。
鬱屈した自分を変えてくれる、新しい世界の広がりを待つようであった。
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