第20話 彩香 ~SIDE 魏~
「アン子があんなに上手くKPするなんて……!」
彩香は自分の部屋にこもってパソコンを起動し、ビデオチャットを立ち上げた。
父親がIT長者のおかげで、タワーマンションの自室でチャットができる。
お嬢様ではあるが、実は新興のお金持ちなのだ。
立ち上げたチャットには、いつものメンバーがやってきている。
『臣、
『程昱殿の申すとおり。この
『しかし、アン子とかいう娘、油断なりません。まさかKPを務めることができるとは……。この
程昱、郭嘉、荀攸の映像がポップアップする。
画面からでも背が高そうなおじいちゃんが程昱、どこかギラついた感のあるお兄さんが郭嘉、優しげなのが荀攸だ。
彩香を支える、曹魏の家臣群である。
いずれも『三国志』中で高く評価される参謀たちだ。
彼らの献策を受け、セッションに臨んだので彩香の面目は保たれたといえる。
「詫びなくてもいいわよ荀攸。勢いでふっかけてみたら、アン子のやつ本当にKPやっちゃうんだもん」
彩香は、詫びる荀攸を止めた。
彼らのサマリーのおかげで、彩香がサツキくんからの評価も得られたのは確かな事実である。
ルールブックは、 教科書みたいに文字がずらずら書いてあり、難しかった。
はっきり言って、彩香は勉強が大の苦手である。
昔からどれだけ努力しても成績は向上しなかった。
自分の頭の悪さに涙を飲んだことも、一度や二度ではない。
それだけに、サマリー作成には気合を入れた。
小学生の頃、成績の悪かった彩香を心配し、元教師だったおばあちゃんからノートの取り方を教わったが、それがひさびさに活かされたのだ。
そのおばあちゃんは一昨年亡くなったが、教えを受けて八〇点を取って喜ばせたのは、今でも彩香のいい思い出である。
その甲斐なく、中学以降の成績は下降気味であるのだが。
成績は悪いが、TRPGでは結果を出したい。
「でも、サツキくんも楽しそうだったな……」
本当だったら、あの笑顔と称賛が自分に向いていたはずだと思うと羨ましい。
アン子はルールブックを買っておらず、無料公開されたクイックスタート・ルールでKPをした。確かに、ルールブックは六千円もするお高い本だ。
にも関わらず、セッションは面白かったのである。
出てくる情報を推理すると、自分たちがまずい状況にどんどん追い込まれているのが分かるのはハラハラしたし、途中で落ちていた携帯を拾うと、ムーンビーストにいたぶられた犠牲者の音声が入っている演出とか、震えるほどに怖かった。
彩香の演じる空手JK沙村院薫子が怯えていると、サツキくん演じる教授に頼って慰められるのは、架空の体験とはいえエモいものであった。
ただ、ゲームを通じていちゃつくのは嫌われそうだし、よくない。
何より、せっかくKPしてくれるアン子にも悪いので、ほどほどにして控えた。
じゃらっと、彩香は十面ダイスをふたつ、なんとなく振ってみる。
「んんんー、56。普通の命中ね」
今日のセッションでは、追いかけてきたムーンビーストへの命中判定がイクストリーム成功だった。空手JKの正拳突きが最大値ダメージが適応され、参加者全員が大いに称え、撃退とまではいかなかったが、無事脱出への貢献となった。
ダイスを振る前に、勇猛な将軍だったという
こういうダイスの目にドキドキし、自分が考えたキャラクターが活躍するのは楽しい体験だった。
「ご安心なさいませ。まずは彩香様が初セッションを楽しまれたこと、この
「ありがとう、荀彧――」
荀彧、字は
元は、その袁紹に招かれたのだが器量を見限って曹操についた。このとき、曹操は「我が
子房とは、漢の高祖劉邦に用いられた軍師、
実際、サマリーの用意を彩香に献策したのも荀彧である。
君主の曹操が『孫子』に注をつけていたことから思いついたのだという。
歴史が苦手な彩香は、荀彧の能力、功績はよくわかっていない。
ボイスチャットに現れた魏の群臣たちも、TRPGを教えてくれるおじさん、お兄さんたちくらいにしか思っていない。
「でも、楽しいばっかりじゃ駄目なんじゃないかって思うのよね」
「そのようなことはありません。サツキくんはTRPGを楽しんでおられます。ですから、彩香様も純粋無垢な童女の気持ちで楽しみなさいませ。さすれば彼の方から親密になろうとしてくるはずです」
ちなみに、ビデオチャットに現れた荀彧は美形男子だ。
涼やかで清雅な容貌への言及は、数々の史書に残っているくらいである。
サツキくんとちょっとタイプ似ているなと、彩香は常々思っている。
言い寄ってくるのは、彩香を見てくれだけのバカと見てくる男子ばっかりだったので、自分を尊重してくれる知的なイケメンには心が動く。
「荀彧がいうなら、そうかもね」
「はい。楽しみつつ、次の策を講じてみるのも一興でありましょう」
人当たりが柔らかなイケメンだけに、恋愛経験も豊富なのでははないか?
彩香は、なんとなくそう思っている。
実は、荀彧は宦官の娘と政略結婚だったとされるので、歴史の記録からその遍歴はうかがいしれない。東晋の歴史家
その辺は素行不良が記録に残されている遊び人の郭嘉のほうが詳しいのだが、これは彩香の知らぬことだ。
「でも、アン子かあんなに上手にKPしたじゃない。わたし、まだルール覚えられないのに……」
しゅんとしてしまう彩香であった。
正直、アン子は自分と同じ側だと思っていた。
秀才タイプの麻理恵ならともかく、アン子がすらすらルールを覚えてKPもこなしてくるとは考えもしなかったのである。
「思うに、彼女にも我らのような軍師がついているのでしょう。それも、かなりの知恵者と見ました」
「アン子に軍師が!? その人、荀彧よりも頭のいいの?」
「はい。ひとり思い当たる人物がおります」
策と言われても、彩香は考えるのは苦手である。
ビデオチャットの向こうに召喚された群臣たちに丸投げし、出てきた意見を吟味して採用するスタイルだ。
「彩香様、ならばこの私めにお任せいただきましょう」
新たにビデオチャットに上がってきたのは、整った髭と切れ長、鋭い目つきが気になるナイスミドルの文官である。
なんだが、油断のならなさを漂わせているが、彩香も頼りにしている軍師だ。
「じゃあ、
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