第17話 諸葛孔明、セッション開始

「えー、今回のシナリオは現代日本が舞台で、『恐怖のかくれんぼ』ってタイトルになってます」

「あっ、付属シナリオじゃないんだ」

「へへへ、サツキくんが付属シナリオの内容を知ってるみたいだったから、別のを用意してきましたー」


 サツキくんが驚いた顔をしていたので、また嬉しくなったアン子である。

 彩香との遣り取りの中で、サツキくんは付属シナリオの「悪霊の家」をすでに遊んでいるようであった。

 よって、今回のサプライズのために孔明にシナリオを見繕ってもらったのだ。

 ネットには、TRPGのシナリオを公開している有志たちが多い。

 その中から初心者KPのアン子でもプレイできそうなものを選定し、改良してくれたのである。


 ――そう、これこれ! このゲームに対する期待の顔! これが見たかった!


 どこかクールな感じの男子が、心を躍らせる少年らしい表情になる。

 もう、ご飯三杯はお代わりできるくらいに心に刻み込まれた。

 やはり、自分が提供するもので喜び、楽しげにしてくれると嬉しい。

 アン子も、大変にいい気分でキャラクター作成へと討つのであった。

 サツキくんもTRPG経験者で、彩香も例の六千円するルールブックを持っているため、キャラクター作成は、作成まで滞りなく進む。

 麻理恵ちゃんはついこの前までTRPGというものを知らなかったが、アン子の解説で自分の分身となるPC、探索者を作成した。

 彩香のサマリーが大きく役に立った。これは素直にありがたかった。


「じゃ、探索者の自己紹介をお願いしまーす」


 どんな探索者ができたのか、アン子にも興味がある。

 今回挑むシナリオは、館に閉じ込められた探索者が、謎の殺人鬼から逃げ回るというものを孔明の助けで工夫したものである。

 なので、探索者は現代人の事件に巻き込まれる一般人が望ましい。

 どんな探索者ができたかというと――。


「はい、彩香です。私の探索者は、ごく普通の女子高生です。学生で作りました。自分とおんなじだからやりやすいと思って」

「STRが80あって、〈近接戦闘(格闘)〉が70%もあるんだ、普通の女子高生なのに……」

「空手とか柔道やってるのって、女子高生としても普通じゃない? うちの学校にも、女子の空手部あるし」

「普通かぁ」


 彩香は脳筋でいくつもりらしい。

 らしいと言えばらしい。

 しかし、あんなていねいなサマリーを用意したわりに脳筋PC というのは、ちょっと面白かった。

 アン子も、脳筋スタイルには共感できる。

 物理で殴るのは、やっぱりわかりやすくて強いのだ。

 だいたい、アイドル社長に比較すれば彩香の格闘女子高生は普通の範疇である。


「俺は、教授の探索者を作りました。教授としてはごく普通で専攻は心理学です」

「サツキくんのこそ、普通なんじゃないかな?」


 サツキくんの探索者は、〈近接戦闘(格闘)〉や〈射撃(拳銃)〉とかの戦闘系技能は持っていない。

 アン子が短い期間に学んだ『CoC』では、こういう探索者が多いらしい。

 それと心理学の教授だけあって学術系技能と〈心理学〉が70%と高い。

 『CoC』では、〈目星〉〈聞き耳〉〈図書館〉が俗に三大技能と言われる。

 よく使われる技能で戦闘が中心ではなく、探索が醍醐味であるゲームであることを物語っているが、〈心理学〉も強い技能だと言われている。判定に成功すると、嘘を見破れることもあるのだ。このときの判定は、KPが振るルールとなっている。


「言われたとおり作ってみたけど、これでいいのかな?」


 少し自信なさげに麻理恵が言う。

 TRPGをよく知らず、予備知識もないのだからその不安はアン子もわかる。

 どういう探索者を作成したのだろうか?


「麻理恵ちゃんは職業、探偵だったよね?」

「そうよ、三〇代の女性探偵。日本人だけどカリフォルニア州のPIライセンス持っていて、離婚歴があってシングルマザー。それで格闘技の経験者なの」


 なんか濃そうな設定を、麻理恵ちゃんはすごく嬉しそうに語る。

 そして、彩香の探索者のように〈近接戦闘(格闘)〉が高い。

 しかも〈射撃(拳銃)〉もある。

 麻理恵ちゃんも戦闘脳筋キャラなのだろうか?

 

「……あっ、でも探索系の技能もちゃんと取ってるんだね」

「うん、好きなキャラクター作っていいって言われたから、 V・I・ウォーショースキーみたいな女探偵にしてみたの」

「うぉ? うぉ、うぉー……?」


 まるで、ロックシンガーのシャウトのような声を上げるアン子であった。

 麻理恵ちゃんが好きな海外小説のキャラクターだろうか?

 彼女の読書範囲は広大で、アン子ではついていけない。


「クトゥルフ神話って、『タイタス・クロウ』シリーズとかだと探偵がよく出てくるから大丈夫だよね、探偵?」

「んー、ちょっとまっててね!」


 さっそく、またスマホの孔明にヘルプを求める。よく知らない単語が出てきた。

 孔明から「心配無用」というメッセージが発信されている。

 なら、このまま進めていいだろう。諸葛孔明が言うのだから、間違いない。


「大丈夫だって、麻理恵ちゃん!」

「……大丈夫って? 誰かに相談したの?」

「あ、なんでもないっ。大丈夫だよ、麻理恵ちゃん」

「そっか。よかったぁ」


 仲のよい同級生が嬉しそうにしているのを見ると、とてもなごむ。

 脳筋女子高生、心理学教授、ハードボイルドバツイチ女探偵という三人の探索者が出揃った。

 さて、いよいよ物語の導入を始めていく。

 

「えー、ではシナリオの導入を始めます。脳筋女子高生が目を覚ますと――」

「ちょっと! 脳筋とかじゃなくてPCの名前で呼んでよ。沙村院薫子さむらいんかおるこよ」

「あっ、ごめん」


 覚えにくい名前なので、一度脳筋と覚えて刷り込まれるとその印象が強くなる。

 しかし、名前も含めて自分のイメージを膨らませたキャラクターなのだから、たとえ彩香のPCでも大切にしてあげねならない。わりとありがちなミスである。


「じゃ、目を覚ますわ。『う、うーん。ここは……』と周囲を見回します――」


 彩香の女子高生が目を覚ましてゲームスタートである。

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