第16話 諸葛孔明、KPサポートの計
そして週末、土曜日――。
結果から言うと、孔明、簡雍、馬忠を招いてのセッションは大変楽しかった。
付属シナリオの「悪霊の家」を、孔明が後漢末に変換してくれたのでプレイヤーふたりにも違和感はなかった。
KPを務めるアン子は、後漢末期の文化とかてんで知らなかったが、気にしなくとも案外なんとかなるものである。
孔明がシナリオを改造し、
簡雍と馬忠は大笑いしていたが、アン子はどの辺に笑いのツボがあったのか今でもわかっていない。
予行練習で大体の勘は掴んだ。KP、思った以上に簡単だった。
シナリオを読んでいくだけで、特に難しいことはなったのである。
というか、十分に楽しかった。
おっさん武将ふたりのトークが楽しかったというのもある。
さて、アン子は意気揚々と文芸部が活動に使っている教室にやって来る。
アン子は、スターター・セットとプリントアウトした資料一式をトートバッグに入れて準備万端で扉を開けた。
「おはようアン子ちゃん」
「……おはよう! 麻理恵ちゃん」
中で待っていたのは、麻理恵である。
部室として使う教室の片づけとセッティングのために先にやってようだ。
麻理恵ちゃんはいつも気が利くなと感心する。
「それと、アン子ちゃんに読んでもらいたい本があって」
「えっ? 難しい小説とかだとまた読めないかも」
「大丈夫、漫画だよ」
といって麻理恵が差し出したのは、文庫サイズの漫画だ。
『三国志』と書いてある。作者は横山光輝。これが十冊ある。
「三国志だ! これ『げえっ、関羽』の元ネタのやつ?」
「それはよくわかんないんだけど、興味ありそうだったから。『蒼天航路』もあったんだけど、やっぱりこっちかなって思って」
「ありがとう! 読んでみるね」
実をいうと、アン子は歴史の漫画もあまり読んだことがない。
しかし、今は孔明がいるので俄然興味が湧いてきている。
今後、彼と付き合っていくうえでやはり基礎知識は学んでおきたい。
「アン子ちゃんのお気に入りの孔明が出てくるのは、二一巻からだけどね」
「そんなにあんの?」
「うん、全部で六〇巻あるから」
六〇巻とか、結構な巻数である。最近お気に入りの『鬼滅』より断然多い。
「あっ、ふたりとももう来てたんだ」
「おはよう、サツキくん……」
自信はついたのだが、サツキくん相手にセッションするとなるとやはり緊張する。
フィギュアサイズのおっさんたちからは、感じることのない胸の高まりがあった。
実質、これがアン子のKPデビューとなる。
「おはよう、みんな揃ってるわね」
彩香の登場であった。
なんか荷物が多い、買い物袋まで下げている。
視線が合うと、無意識に火花が散ったような気さえした。
しかし、プレイヤーとして招いているのだから、楽しませてやらねばならない。
そのうえでサツキくんとお近づきになる、これがアン子のプランである。
このプランは、あの軍師孔明が味方にいるから万全のはずだ。
「おはよう、今日はよろしくね」
「楽しみにしてきたのよ。飲み物とお菓子も買ってきたからどうぞ」
「ありがとう、綾川さん。あっ、のど飴もある。TRPGのセッションって、しゃべりっぱなしだから助かるんだよ」
サツキくんが嬉しそうに言う。
ポイント先行された!? そんな焦りがアン子の顔に出た。
慌ててスマホを見る。「平常心」と書いてある。孔明からのメッセージだ。
ともかく、落ち着こうと息を整える。
しかし、飲み物もそうだが、のど飴は盲点であった。
アン子は、わりとがさつで雑な性格をしており、その自覚がある。
そういう気遣いができる彩香が羨ましい。
こいつ、思ったより女子力高いんじゃないだろうかと警戒モードに入った。
「それとサマリーっていうのも人数分用意してきたわ」
「サ、サマリー……?」
知らない言葉が飛び出してきた。
彩香が机の上にプリントを配る。そこには『新CoC』がどんなゲームなのか、判定方法やダイスの振り方が書いてある。
さっと背を向けてまたスマホにすがった。
「……サマリーってなんですか!? 孔明さんっ」
小声で、スマホの中に宿る孔明に訊いた。
知らないことは、孔明に訊くのが一番である。
「ルールサマリーのことでございます。TRPGのルールを要約した資料ですが、まさかプレイヤーの立場で用意してくるとは、感服いたしました」
TRPGのルールブックには、いろいろなことが書いてある。
特に『CoC』は分厚く、ページ数も多い。
しかし、実際のセッションではそのすべての記述が必要となるわけではなく、判定などプレイヤーが必要とする点はそう多くはない。しかし、多くないと言っても読み上げて説明する部分を覚えきれるかというと、そうではない。
これをわかりやすくまとめた資料をルールサマリーという。
彩香が用意したのは、B5用紙1枚に簡単なルールをまとめたサマリーだ。
しかも、図版まで入っていてわかりやすい。
フリー素材のイラスまであって、かわいくまとまっている。
「これ、綾川さんがまとめたんだ?」
「わたし、ルールブック持っているから、予習のついでにね」
麻理恵まで、彩香のサマリーに感心している。
KPを務めて一歩リードと思ったアン子としては、不意を食らった感がある。
しかし、孔明のアドバイスは平常心だ。落ち着かねばならない。
「ふむ……」
その孔明は、スマホの画面の中で何かに気づいたらしい。
ちょっと目つきが鋭く、稀代の軍師としての叡智が垣間見えるものになっている。
気になったアン子だが、ともかく席について三人に向けて説明を開始した。
「ええと、じゃあTRPGについて説明します」
この辺は、簡雍、馬忠を交えた予行演習でやったとおりである。
打ち出して使った簡易ルールブックの記述を読み上げればいいだけだ。
しかし、サツキくんを含むクラスメイトの前で声を出して読み上げるのは、かなり緊張する。
なんていうか、普段の話し言葉でないと妙に気恥ずかしい。
「エチュードとかインプロをゲームで遊び感じなのかな?」
「……エチュード? インプロ?」
説明を聞いた麻理恵ちゃんからの質問に、アン子も戸惑った。
訊いたことがあるようなないような横文字なので、TRPGと結びつかない。
「即興劇のこと。練習用なのがエチュードで、お客さんがいる舞台の上で演じるのがインプロだよ」
「演劇とかよく知らないけど……演技してもいいし、しなくてもいいんだよ。ゲームだからね。ゲームってコントローラーとかマウスでキャラ操作するけど、これはプレイヤーが直接セリフしゃべる感じだと思ってくれればいいかな」
「そうなんだ。安心したよ、私お芝居とかしたことないから」
「やー、あたしもお芝居とか経験ないけど平気だったし」
麻理恵ちゃんは、このTRPGというゲームに対してわりと積極的だ。
あんまり興味なさそうだったので、今回の参加もアン子には意外だったのだが。
続いて、今回遊ぶシナリオをプレゼンする。
ここでシナリオの方向性を伝えておくと、プレイヤーもPCを作りやすい。
さあ、いよいよセッション開始である。
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