第10話 諸葛孔明、ダイス目を説く

 一階を探索した後、星宮エイプリルは二階を調べる。

 さらに寝室を調べていると――。


「その部屋に星宮エイプリルが入りますと、ずしんずしんと大きな音が響き、窓がガタガタ激しく音を立て、壁からは血が滴ってきます」

「えっ? えっ? こ、こわっ!? ……シャレにならないですよ! 中止、この企画、中止で!」

「しかし、〈経理〉にプッシュで成功して持ち直したところでございますよ?」

「あー、そうだった! や、やらないと駄目ですね……」


 アン子には、びくびく怯えている星宮エイプリルの姿が目に浮かぶようであった。

 三人の弟、二人の妹のためにここまで上り詰め、事務所も経営している。

 せっかく事務所の経営が持ち直し、芸能界の荒海の中を生きているのだ。

 ここで企画が中止したら、それこそまた経営の危機である。

 生き馬の目を抜く芸能界でビッグマネーを得るには、まず人のやらないことをせねばならない。だからこそ、撮れ高の期待できる怪奇現象とそのリアクションの撮影は押さえておかねばならない。


「この窓に、血文字で『出ていけ!』と浮かびます」

「そ、それ、いたずらとか、じゃないですよね……?」

「〈目星〉で調べられます。判定をば」

「うっ、調べます! ダイスを振って……あっ、36で成功です!」

「では、窓を調べようとするエイプリルに、ベッド……ふむ、寝台ですな。これが向かってきます」

「なんでぇぇぇっ!? ……よ、避けます!」

「では、〈回避〉ロールをしなくてはなりません。成功すると、咄嗟とっさの動きで避けられるとあります」

「〈回避〉……? あ、ポイント割り振ってないです!?」

「その場合ですと、DEX値の半分でロールをば」


 〈回避〉には、技能を割り振っていない。その場合はDEXの半分となる。

 星宮エイプリルのDEXは60、つまり30%の確率で回避できるはず。

 結果、ダイス目は61。失敗である。

 突然動いたベッドに吹き飛ばされ、星宮エイプリルはダメージを負った。


「ダメージは1D6+2……ダイス目は4、合計6点です。耐久力の2分の1以上のダメージを負いましたから、重傷となります」

「えええっ、重傷なんですか?」

「CONのロールを行なってください。失敗しますと意識不明に陥ります」

「耐久力って、HPですよね? ゼロになってないのに気を失っちゃうとか、貧弱すぎません……?」

「星宮エイプリルは名のある武将というわけではありません、そんなものかと」

「エイプリルちゃん、アイドル社長で天下取れるくらいにバイタリティ溢れてるんですけど、それでも駄目ですか」

「天下を取る、ですと?」


 孔明の目つきが変わった。

 天下を取る、この言葉に敏感な反応を示すのは彼の人生からすると当然であろう。

 しかし、アン子にはそのことがわからない。

 彼女の中での諸葛孔明は、ゲームのキャラクターの延長でしかないのだ。


「軽々しく天下と申しますが、それには天の時、地の利、人のがなくばなりません!」


 ばっと、孔明は三本の指を立てて語る。

 天の時が与える好機も、地の利がなくば条件とならず、地の利があっても人も和がなくば、これも及ばないという孟子の言葉に由来するものだ。

 この言葉を引用するまでもなく、天下を取るための条件はシビアである。

 実際に天下三分の計を唱えた孔明ならではと言えよう。


「そっかぁ。天下を取るって厳しいんですね」

「いかにも。ともかく、CONのロールに成功すると意識を保てます」

「やったあ! CONは50だから……半々ってことじゃないですか!」

「その半々の機会を掴むことこそ、天の時を得ることに他なりません。『かえりてこれを攻むれば、必ず天の時を得ることり』と申します」


 孔明が引用したのは、天地人の言葉とともに『孟子』からの一節である。

 その公孫丑こうそんちゅう章句下しょうくげの一節は、弟子の公孫丑との問答を後世の者がまとめたものだ。

 要約すると以下の意味になる。


 しっかり城を囲んでいれば、必ず天のもたらす運で勝てるはずだが、それなのに勝てないとしたら、それが地形の有利さなどの要因のせいであり、さらに地形が有利なのに城を落とせないのは、人心の掌握がなってないからだ――。


 軍師だけに、こと戦に関わるものには深い教養と見識がある。


「えっと、よくわかんないです」

「簡単に申しますと、ダイス目が悪いせいで失敗するのは、普段の積み重ねの悪さの表れということです」

「えええー!? それ、ちょっとひどくないですか? サイコロの目ばっかりはしょうがないですし……」

「勝負は時の運、これもまた真なり。ですが、運が悪い程度で負けてしまうのは戦略に問題があるのです。雑に判断せず、〈回避〉にポイントを割り振っていれば、こうはならなかったはず」

「うっ、確かに……」

「とはいえ、私もアン子様に技能の重要性などをもっとお伝えすべきでした。おのれの不明を恥じるところです」


 孔明も、KPとして初心者対応が甘かったと責任を感じているようだ。

 バカだった自分の責任まで負ってくれるようで、ちょっと申し訳ない。

 ともかく、アン子はCOMの判定を行った。

 ダイス目は46、なんとか意識を保つことに成功した。


「一応、気は失ってなくて正気は保ってるんですね?」

「はい、〈応急手当〉などもできますが、探索を続けられるようです」

「そりゃもう、ここまで来たら怪奇現象なんかに負けてられないですよ。逆にいうと、これ動画再生数も稼げますからね」

「その心意気やよし、お相手いたしましょう」


 張り切って、星宮エイプリルは探索を続ける。

 しかし、ここからはシナリオのネタバレとなるので、省略させていただこう。

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