第9話 諸葛孔明、SANチェックやら何やら

「はい、どーも! アイドル社長の星宮エイプリルでっす! 今日は、なんと県下でも出るって有名な、悪霊の家にやってきましたー! 芸人ノットの持ち込み企画です! いえーい!」


 深夜、その廃屋の周辺には人気はない。

 そんなところで、動画再生数を稼ごうと、八歳も鯖読んだアイドルが変なテンションではしゃいでいる。これはコメント欄は賛否両論で炎上もありうる。

 面白半分の肝試しとか、敏感なネット民の中には嫌悪感を持つ者もいるだろう。

 屋敷に来る前に、芸人のノットから下調べをすることを奨められたのだが、エイプリルの「れ高が期待できない」との意見によって却下されている。


「……一応、家主の許可はもらってまーす」


 画面の向こうの視聴者に、エイプリルは付け足すように言った。

 今の御時世、アイドルが触法行為をしようものなら、ネットで総叩きにされる。

 そこは慎重にいきたい。

 鍵はしっかり掛けられており、窓は内部から打ち付けられて閉ざされている。

 エイプリルは、家主から預かった鍵で玄関の錠を外す。


「お邪魔しまぁーす……」


 中は埃っぽく、真っ暗だ。

 エイプリルは、ヘッドランプを灯して中の様子を探っていく。


            *      *      *


「……こんな感じでいいんですかね?」

ハオ、よろしいと思います」


 そんなわけで、諸葛孔明のキーパリングで悪霊の家の探索が始まった。

 現代、それもアン子の暮らす県内にあるという廃屋に、動画再生数のために一五歳を自称するアイドル社長が実況して乗り込んでいく。

 実際にあったら、よく燃えそうな炎上案件である。

 しかし、やってみるとなかなか面白い。

 アイドル社長、星宮エイプリルは拝金主義のイデオロギーのため、金のためなら何でもやるのだ。

 これはアン子も演じやすかった。 

 どうしたらお金を稼げるだろうかを中心に考えればいいので、エイプリルの行動を思いつきやすい。

 孔明は相談に乗ってくれるし、即妙な反応を返してくれる。

 三日前まで、アン子と同じくTRPGというものを知らなかったとは思えない。

 『クイックスタートセット』を読み込みながら、なんでも答えてくれるのは本当にありがたい。

 さすがは大抵の歴史ゲーで知力100のステータスを誇る軍師である。

 おかげで、TRPGという遊びの楽しさもわかってきた。

 そっか、サツキくんはこういう遊びをしてたんだな……。

 アン子も、同じ楽しみを共有できることが、なんだか嬉しい。

 共通の話題にできたら、きっと毎日が薔薇色だ。


「では、続けましょう。……屋敷の中に入っていくと、まずは物置がございます」

「あっ、覗いてみます! 物置、撮れ高期待できそうだし」

「それはアン子様……いや、星宮エイプリル次第でありましょう」

「歌ったりしたら稼げませんか? ほら、〈芸術:歌唱〉ありますし」

「〈芸術:ダンス〉もございますから、踊れもしますが……シナリオの目的は、屋敷の探索でございますよ?」

「あっ、そうでした。いやぁ、つい楽しくなっちゃって」


 てへへ、と照れ笑いである。

 孔明も、アン子の様子に少し頬が緩んだようだ。


「試しに歌ってみるのもよいと思いますが、廃墟となった家から深夜に歌声が響くというのは、これはもう怪談奇談の類いでございますな」

「ですよねー。なんで物置を調べたいです」

「承知いたしました――」

 

 孔明曰く、この物置には錆びついた水槽やら古い自転車やら袋ならのガラクタのほか、右端に食器棚があるという。

 その戸は、板で閉ざされている。


「じゃ、その板引き剥がします」

「果敢ですな」

「そういうの、片っ端からクリックしていくのが攻略ってもんですよ」


 ゲームだと、総当りクリックは攻略の基本である。

 TRPGの攻略も、同じようなものだろうと考えている。

 

「……で、どうなるんですか?」

「ふむふむ、三冊の本があるとのこと。丈夫な表紙のものだそうです」


 一応、孔明が生きた三国志の時代には紙の書物はあった。

 まだ高価なので、木簡、竹簡がメインではあったが。

 

「本? 気になりますね。何書いてあるんです? 開いてみます」

「日記のようです。屋敷の家主であった、ウォルター・コービット氏のものですな」

「だ、誰……?」

「事前に調べておけば人品評判も知れたのですが、“撮れ高”が期待できないとのことでしたので」

「えっ、そういうルートあったんですか!?」


 撮れ高を意識しすぎて、地道な調査をおこたってしまった。

 新聞や公文書館、図書館や裁判所などで資料を漁りつつ、近所の黙想チャペルに行くこともできたのだが、全部すっ飛ばしてやってきている。


「さて、いかがしますか? 英語で書かれているそうです」

「え、英語ぉ……」


 アン子は、英語の成績はよくない。来年受験だが、なんとかしたいところだ。

 まさか、TRPGでも英語に苦しめられようとは。


「あ、あの、孔明さん! ここ、県内ですよね? そのウォルターさんって日本人なんじゃないですか?」

「なるほど、一理あります。ボストンから舞台を変更しておりますから、この国の言葉で書かれていることにいたしましょう」

「なら、読めますね。じゃ、魚留田うおるたさんの日記を拝見ですよ」


 ウォルター・コービットを適当な日本人名に変換する。

 星宮エイプリルは、ヘッドランプでその日記を照らして読み進める。


「アン子様、この日記は全部読み終えるのに、二日かかるとのよし

「二日? ざっとでいいんで。こう、動画映えするところだけで映します」


 孔明、しばしルールとシナリオを確認する。

 実は、ざっと日記が読めるかどうかはシナリオには書かれていない。

 しかし、シナリオの章には、実際のプレイの様子が例として収録してある。

 これも判断材料とする。


「……よろしいでしょう、ざっと見る程度ならこの日記に奇妙なことが書かれていることがわかります」

「ご、ごくり……」

「オカルトの実験や、なにやら呪文の数々がびっしり記されています」

「こ、こわっ……!? それ怖いですよ孔明さん!」


 深夜の廃屋で、意味不明なことが書きつづってある日記を見つける。

 なかなかのホラーである。本当に怖いネット怪談の定番みたいな話だ。


「……ほうほう、これらの呪文も学ぶこともできるようですが、それはルールブックに効果が記されているようですな。シナリオでは使わぬようです」

「ここでも課金要素ですか! お金のない女子高生にはつらいですね……」

「為政者の役目は民草たみくさを安んじること。政治をただす必要がございますな」


 丞相として蜀漢の皇帝を支えた孔明にも思うとことがある。

 貧困を撲滅し、国を富ますのも軍師の役目であったのだ。

 それはともかく、探索を続けていった。

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