第8話 諸葛孔明、KPする
「……時にアン子様、一九二〇年代のボストンとは、いかなる時と場所なのでしょうか?」
「……え? ボストン? バッグのこと? それともクラブ?」
アメリカ禁酒法時代とか、高校の世界史でも詳しく学ぶ時代ではない。
まして一七〇〇年前の古代中国人なら、もっとピンとこないのである。
いかに情報生命体として英霊召喚された孔明であっても、自身の構築に必要なさそうな情報はインストールしていない。
「やむを得ません、アン子様の近所に変更します」
「あ、県内でやれたりするんですね」
「適切であればどこで起こってもよいとありますし、問題はなさそうです」
身近な県内だと、妙に生々しい。
しかし、あれこれと想像もできたりする。
「では、始めていきましょう。これより、私はKPなるものを努めます。なにやら、丞相の職に任ぜられた時を思い出します」
「は、はい! よろしくお願いします」
そんなわけで。孔明はKPとなってシナリオを進行していく。
まずは導入である。
「星宮エイプリル……本名梅沢トミ江は、ある古い屋敷を調べることになります。幽霊が出るとの噂があるとか」
「やっぱ、出るんですね。でも、なんでそんな屋敷を調べるんです?」
「ノットなる人物が、売りに出す評判を取り戻したいとのこと。やってくれるなら、お金を用意するそうです」
「お金のためなんですね。あれです、アイドル社長としては動画配信ですよ! 廃墟に潜入して、『はい、どーも』ってチャンネル登録数稼いでお金貯めなきゃ」
「動画配信……?」
これも孔明が検索して、情報をインストールする。
二~三世紀の古代人が、二一世紀の事柄を理解するのはなかなか大変だ。
「だ、大丈夫ですか?」
「おおよそは理解しました。お任せあれ」
「では、ノット氏はエイプリルに依頼をします。『社長、家屋敷を不動産屋に売りたいので、悪い噂を払拭したい』と」
「ノットって、エイプリルちゃんと同じで芸名ですかね?」
「そういうことにいたします」
シナリオの舞台は、マサチューセッツ州ボストンである。
登場人物は当然、アメリカ人らしく英語名だ。
依頼人も、スティーブン・ノットなのだが、孔明はアン子の思いつきを活かしてそういう芸名で活躍する芸人とした。
「じゃあ、芸人のノットくんがエイプリルちゃんの事務所へ持ち込み企画を持ってきたってことで!」
「なるほど、そのように変更すると辻褄が合いそうです」
* * *
芸人のノットは、星宮エイプリルの事務所に飛び込みで企画を持ってきた。
童顔を生かした可愛いキャラで売っているエイプリルだが、企画を検討する目はシビアである。数字が取れるか取れないかだ。
三人の弟、二人の妹を食わせていくには、数字がすべてた。
「社長、この企画はいけるっすよ! アイドル社長エイプリルちゃんが、幽霊屋敷と噂される廃墟を探索して配信するんです。直撮りしてリアクションも撮るみたいな」
「ふうん、いいじゃないの」
動画配信となれば、チャンネル登録数が即、収益につながる。
番組企画としてテレビに持ち込みつつ、裏側はネット配信という美味しさもある。
ステージでは決して見せない顔で、そろばんを弾き始めるのだった。
* * *
「孔明さん、どのくらいのお金になるか、わかりますか?」
「なるほど……。エイプリル社長は〈経理〉の技能をもっております。この判定に成功すると、わかることにしましょう」
「うわあ、社長だから取っておいた技能がさっそく役に立った!」
「先見の明がありましたな」
「孔明さん、TRPG面白いです!」
「それはようございました。私も、KPたるものがいかなる職か、わかってきたような気がいたします」
「で、判定ってのは、どうやるんですか」
「まず、1D100……十面体サイコロをふたつ振って、1~100の数字を出します」
「じゅうめんたい……? サイコロって、100の目が出るんですか!?」
なんのことだか、アン子にはさっぱりだ。
動画で見てみたサイコロは、アン子が知っている物は違う形をしていた。
それのことだろうか?
すると、孔明がノートPCからふたたびアン子の傍らに顕現する。
掌には、ふたつの菱形のサイコロを乗せていた。
「アン子様、これにございます」
「あっ、それです、動画のやつ!」
「このふたつを組み合わせて振りますと、1~100の目を出せるのです」
「ど、どうやって?」
「一方を十の位、もう一方を一の位にするのです」
「へええっ!」
これが1D100というサイコロ(ダイスともいう)の作り方だ。
ダイスの色が違っていると、より便利である。
また、十の位用に00~90まで十刻みの十面体サイコロもある。
世の中には、百面体ダイスというものあるので、こっちを振ってもよい。
普通のご家庭には百面体ダイスはないので、十面体二個を振ってみることにした。
このダイスも、孔明が用意した幻影なので、アン子が指で突くと孔明の掌の上でくるくると回り出す。
「ストーップ!!」
そして、ダイスが止まる。出た目はというと……。
「ダイス目は68、星宮エイプリルは〈信用〉50%……判定は失敗にございます。あまり、経営はうまくいっておらぬようです」
「ふえええ、初っ端から……」
「あいや待たれよ。アン子様、ここで“プッシュ”なるロールが行えますぞ」
「なんですかそれ?」
「プッシュをすると、もう一度振り直す機会が訪れるのです」
「じゃ、プッシュします! 押しますよ、押しまくりです!」
「しかし、このプッシュで失敗するとより手痛い失敗となります。よくよく考えてからになさいませ」
ここが新版で大きく変わったプッシュのルールだ。
よりプレイヤーがダイスを振る楽しみが増えたと言えるだろう。
さらに、成功度に段階ができたこと、ボーナスダイス、ペナルティーダイスなど、これまでの第六版『CoC』から、ルールは刷新されているいるのだ。
「じゃ、〈経理〉をプッシュして失敗すると……?」
「事務所は不渡り寸前、差し押さえが迫るほど大赤字かと」
「ああああああ、じ、自社株が暴落しちゃう!?」
宇宙的恐怖にも匹敵する、不渡りの恐怖が迫っている。
押すべきか引くべきか?
「さて、プッシュいたしますか?」
「……し、しますよ。女は度胸ってね!」
愛嬌は捨て置くアン子である。
ふたたび、ダイスを振る。
「……22、プッシュしての〈経理〉は成功でございます。おお、2分の1以下での成功ですから、成功度はハードでございます。アイドル社長として、見事に難局を乗り切りました」
判定の仕方でも触れたが、『新クトゥルフ神話TRPG』(以後『新CoC』)では、出すので目によって成功度の概念が導入された。
通常の技能の数値以下で成功していると、レギュラー、2分の1以下の成功がハード、5分の1以下がイクストリームである。
イクストリームが、旧版までのクリティカルにあたる。
「ふうう~……。TRPG、心臓に悪いですね」
星宮エイプリルの芸能事務所は、不渡り寸前の危機を回避した。
自社株もV字回復したようだ。ヒットに恵まれたのだろう。
「さて、続けますか?」
「もちろん!」
というわけで、アイドル社長・星宮エイプリルは、チャンネル登録者数を伸ばすため、県内にあるという屋敷に乗り込んでいくのだった。
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