第7話 諸葛孔明、探索者誕生

「……技能を八つ決めたら、バックストーリーなるものを決めるようです」

「バックストーリーですか」

「こちらをご覧くださいませ」


 今度は、ノートPCに宿って画面を操作する孔明である。

 ディスプレイ端に表示されると、まるでアプリ操作を補助するキャラのようだ。

 こういうのは邪魔になると検索してでも消す方法を探したくなるものだが、便利なのでこのままにしておきたい。

 で、孔明はPDFのキャラクターシートを表示した。

 “バックストーリー”と書いてある欄には、容姿や特徴などの項目がある。


「『イデオロギー/信念』なんて項目もあるんですね。何書けばいいのかな?」

「思いつくままでいいと思います。例えば私の場合ですと、漢室の復興と漢朝正統は我が君にある……となりますな」

「なるほどー」

「能力値や技能などから、そのキャラクターにふさわしいものが想像できているのではないでしょうか?」

「そうですね。大事なものは……お金です。無課金の限界を知りました」

「ほう……」


 これまでの経緯から、お金より大切なものがあるとは言いづらい孔明である。

 彼は、圧倒的な国力差のある魏に挑み続けながらも、現実的な戦略を練り続けた理想家にしてリアリストなのである。


「この子、貧乏して家族も苦労したんです。で、アイドルで人生一発逆転狙ってるんですよ。弟もたくさんいて、『姉ちゃんがゲーム機買ってやるからな』って」

ハオ! アン子様、左様なものがロールプレイでありましょう」

「えっ? えっ? どれがですか?」

「設定から考えて、キャラクターを演じたではないですか。『姉ちゃんがゲーム機買ってやるからな』と」

「……あっ、こ、これ? 本当に、こんなんでいいんですか?」

「ルールブックを読むかぎりでは、まさにそれが当てはまります」

「そうなんですね。へー、こうするんですか。わかってきましたよ!」

「よろしいです。では、イデオロギー/信念は拝金主義……その本質は、家族のためと書いておくとよいでしょう」

「はーい」

「後は名前や家族、意味のある場所など。秘蔵の品なども決めるようで」

「あっ、名前は芸名含めて決まってます! アイドルゲーに出したいキャラとか妄想してたりしたんですよ」

「その棚のノートに、綴ってあるようにございますな」

「ええええええっ! 孔明さん、見たんですか!?」


 中学生の時分、ノートにいろいろな妄想を書き綴っていた。

 さすがに今開くのは恥ずかしすぎて手に取れない。

 ゴシックガールズバンドが歌う歌詞に影響されまくった詩や、自分の考えや魔女っ子や女の子ヒーローの下手なイラストや設定が思うままに書かれているのだ。

 いわゆる黒歴史ノートである。


「開かずとも、わかります。私も、若い自分に思いを綴ったものです。天下三分の計も、そのひとつ――」


 今でこそ名軍師であるが、若い頃の孔明は結構イキっていた。

 自分は、管仲かんちゅう楽毅がっきに匹敵すると。

 どちらも中国春秋時代(紀元前七七〇~三八六年)に名を残した大政治家と名将である。

 まだ職もなく、ニート寸前の若造の頃にこう言って憚らなかったのだ。

 大戦略とされる天下三分の計も、実現しなかったから無職の戯言にすぎない。

 それと黒歴史ノートを一緒にするのもどうかというところだが、そうした孔明だからこそ共感するものがあるらしい。

 

「しかし、TRPGではアン子様が残した妄想こそ力になるもの」

「も、妄想……。は、恥ずかしいっ……」

「妄想が差支えあらば、自由な発想と言い換えましょう」

「あっ、それはなんかいいです。クリエイティブ? な感じがして」


 言い換えただけで、恥ずかしさが和らいだ気がする。

 物は言いようというが、さすがは孔明だなとアン子も感心した。


「まずは、その探索者のお名前は?」

「芸名は、星宮ほしみやエイプリル。プロフィール上の年齢は一五歳ですが、実際の年齢は二三歳。本名は梅沢トミ江です。弟が三人で妹は二人いて、自分をプロデュースしつつ、後輩も売り出す芸能事務所の社長です」

「……実年齢を八歳も鯖を読むとは、なかなか」

「社長やってるから、そのくらい鯖を読めるんですよ」


 社長には、そのくらいの権力があるのだと、アン子は思っている。

 孔明もそれ以上ツッコまないので、それでいいのだろう。

 で、完成した探索者は以下のとおりだ。

 職業の技能は孔明と相談して決め、個人的な興味の技能も四つ選んだ。


星宮エイプリル(本名梅沢トミ江) 一五歳(実年齢二三歳)

職業:アイドル社長

▼能力値

 STR:60/30/6 CON:50/25/10 SIZ:50/25/10 DEX:60/30/12 

 APP:80/40/16 INT:40/20/8 POW:70/35/14 EDU:50/25/10

 ダメージボーナス:なし ビルド:0

 耐久力:10 正気度ポイント:70 マジック・ポイント:12

 移動率:8 幸運:45

▼技能

〈信用〉70%〈魅惑〉60%〈芸術:歌唱〉60%〈芸実:ダンス〉50%〈説得〉50%〈言いくるめ〉40%〈経理〉50%〈法律〉40%〈変装〉40%

〈近接戦闘(格闘)〉45%〈目星〉45%〈歴史〉25%〈オカルト〉25%

▼バックストーリー

 容姿の描写:童顔で可愛い 特徴:年齢は鯖を読んでいる

 イデオロギー/信念;拝金主義、家族が大事 負傷:傷跡

 重要な人々:弟3人、妹2人 恐怖症、マニア:なし

 意味のある場所:事務所と家 魔道書、呪文、アーティファクト:なし

 秘蔵の品;自社株 遭遇した超自然の存在;まだなし


「これがあたしのキャラクターかぁ。これ、楽しいですね」

「それはようございました。謳って踊れるうえに、〈信用〉も高く、今はアイドル社長業も順調で裕福でございますよ」

「だから秘蔵の品を自社株にしました!」

「株……」


 株式会社とか、一七世紀初頭のオランダで生まれた制度である。

 孔明が広大なネットから情報をインストールするにしてもまだ理解が及ばない。

 アン子もよくわかってないが、持っているとお金持ちっぽいのでそうした。

 書き込むだけでなってみたいもの、やってみたいものになれる、TRPGのキャラクター作成は、アン子にとって夢がひろがりんぐな体験となった。


「歴史ゲーの武将ステータスみたいで面白いですね」

「近接戦闘を趣味分野で取っておられるのですね」

「趣味で格闘技やってるんです。空手!」

「かの孔子も若い日には武術を志したと伝わりますし、よいと思います」

「そうなんですね。キャラクターできましたから、ゲーム開始してください」

「はい、『悪霊の家』というシナリオがありますので、それを遊びましょう」

「うわ、怖そう……」

 

 別段ホラーが苦手というわけではないが、やはり身構えてしまう。

 しかし、TRPGへの期待が勝るアン子であった。

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