第6話 諸葛孔明、キャラクター作成開始

 帰宅したアン子は、さっそくノートパソコンを立ち上げる。

 女子高生のアン子にとって、パソコンはルールブック以上に高くて手が出ない。

 しかし、さいわいなことに父が新しもの好きのため、頻繁にノートパソコンを買い換えるので、そのお下がりをもらっている。

 とはいえ、あんまり使いこなせているとは言えないのだが。

 孔明は、スマホから顕現してアン子の横に姿を表している。

 この状況でサポートしてくれるのはありがたい。


「孔明さん、この『クイックスタート・ルール』っていうのをダウンロードすればいいんだよね」

「そうです。私は『スターターセット』をダウンロードしておきましょう」

「……文字がいっぱいなんですけど」


 今どきの女子高生は、読書より動画に慣れ親しんでいる。

 こう、文字がびっしりというのはアン子にはつらい。

 読書家の麻理恵ちゃんなら、こういうのも得意だろうなと思う。


「ふむ、TRPGをプレイしたことのない人に向けて、先に進んで読むべき個所が書いてございますな」


 この孔明も日本語対応しており、日本語の羅列も問題なく読み進めていける。

 おかげで困ったときに聞けるのは、便利だ。 


「キーパー(KP)とプレイヤーがあるんだって」

「この辺は、動画で下調べしたとおりでございます。こちら『アリアンロッド』では、ゲームマスター(GM)とプレイヤーとなっております」

「それ、どう違うの?」

「双方を読み比べてみましたが、だいたい同じようにございます。ゲームによって呼び方が違いますが、監督役や進行役であるというのは変わらないかと」


 孔明が両方のPDFを読み比べて解説してくれる。

 実に便利である、アン子もこれなら安心だ。


「一人がKPやGMを担当し、他の者がプレイヤーとなって、“PC”なる架空の人物を操る……とこのように役割があるようです」

「あたし、プレイヤーやりたい!」

「いいでしょう、では私がGMをいたします。ただ、ひとつ問題がございます」

「なんですか?」

「こちら、『ARE2』のシナリオは、プレイヤーが3~5人となっております。アン子様、一緒に遊んでくれるご学友は?」

「い、いるけど……」


 ここで答えに詰まってしまうアン子である。

 別に、ぼっちというわけではない。

 教室では親しい友人もいるが、家に招いて遊ぶほどの付き合いのある友人を集めるのには、ちょっと時間がかかる。

 SNSのメッセージで話す友達は多いが、ネット社会の現代は多く薄くのコミュニケーションの時代だ。

 ルールブックには、一緒に遊んでくれる友達はついていないのだ。


「わかりました、プレイヤーについてもこの孔明が何とかいたします」

「ほんと、友達でてくるんですか?」

「お任せを。まずは『CoC』の方から読み進めていきましょう。こちらは、お友達のいないアン子様でも遊べるようでございますし」

 

 なんか刺さる言い方をする孔明だが、今はスルーした。

 ここで、TRPGについてアン子はざっと理解する。

 TRPGとは、テーブルトークRole-Playing Gameの略だ。人間同士の会話と、ルールブックに記載されたルールによって進行しいていくアナログゲームである。

 参加者のうち、複数人がプレイヤーとなり、自分が操作するPC(プレイヤーキャラクター)を担当し、GM(ゲームマスター)が司会進行や他のNPC(ノンプレイヤーキャラクター)を担当する。

 プレイヤーはGMが用意する物語の中で、PCをモンスターと戦わせたり、謎を解いたり、冒険や探索を行わせる。その成否は、ランダム要素のサイコロ――TRPGではダイスと呼ぶ――を振って判定して決定する。

 Role-Play――ロールプレイとは役割演技のことで、プレイヤーが実際にPCの演技を行なってゲームを進めていく。

 その辺を理解ながら、記述してある内容を追っていく。


「……へー、キャラクターを演じずに自分の言葉で話してもいいんんですね。ずっとお芝居するんだと思ってましたけど」

「そのキャラクターになりきって『我こそは~~なり!』と名乗りを上げてもよいし、『自分の~~は、今から名乗りを上げます』と言っても、どちらもロールプレイには違いがないということのようです」

「それなら気が楽ですね。お芝居するとか、やったことないから恥ずかしいし」


 ロールプレイというと、演技をするものと思っていたので抵抗があったのだ。

 しかし、別に演じなくていいと言うなら問題はない。

 実際に読んで見るまで、わからないものである。


「……ふむ、一通り読み終わりました。では、プレイヤーであるアン子様には、キャラクター……探索者を作成してもらいましょう」

「どうするんですかね? 動画だと、能力値をサイコロ振って決めてたんですけど、APPたかーい、美形! とか盛り上がってました」

「こちらのルールブックですと、数字を割り振っていくようです」

「……聞いてた話とぜんぜん違うんですけど」

「“新”ですから、旧来のものを一新したようです。……法を新たにするとは、これはなかなかでございますな」


 蜀の地に赴いてから、孔明はさまざまな法を作った。

 規範を改めるというのは大変な事業であり、その苦労を知るだけに孔明も感心せざるを得ない。

 ともかく、『新クトゥルフ神話TRPG』のキャラクター作成である。

 能力値は、STR(筋力)、 CON(体力)、SIZ(体格) 、DEX(敏捷性)、 APP(外見)、INT(知性)、 POW(精神力)、 EDU(教育)の8つ。

 これに、40、50、50、50、60、60、70、80の数字を当てはめていく。

 高いほうが優秀で、平均は50となる。

 ダイスを振る作成法は、六千円するルールブックに記述されているらしい。


「やっぱ、外見ですよ! せっかくだし、芸能人みたいな顔になりたい」

「容貌は、確かに重要でございますな」

「三国志の時代でもそうなんですね……」


 外見重視の世界に、アン子はしゅんとなってしまった。

 古代儒教社会では、外貌も君子の徳のひとつと考えられていた。

 親からもらった身体を大事にすることは孝にあたる。

 だから髪も切らずに髷にする。

 人の上に立つ者、使者は立派な外見をしている方が有利と見られた。

 なんせ、医療は未発達で治安も悪い。

 五体満足でいるのはそれだけで奇蹟のような時代であり、尊敬もされたのだ。

 孔明が仕えた劉備も、振り向くと見えるほどの福耳で腕は膝下まで届いたとある。

 史書のまんま解釈すると人間離れした外見であるが、こうした奇異な特徴は人並みは外れた人物に現れる兆しと考えられ、三国志の時代ではAPPが高いとされた。

 そのため、外見に関する記録は誇張した表現もあると差し引いたほうがよい。

 一方、劉備のライバル曹操は、背も高くなく意外と冴えない風采だったらしい。

 なので見てくれのいい代役に立てたという逸話がある(見破られるオチがつくが)。


「じゃあ、APPを80にします。夢の美人ですよ!」

「他を割り振っていきましょう」

「んと、割り振りましたー」

「その数字を、1/2にした数字と、1/5にした数字を書くとあります」

「割り算ですね。これなからあたしでも簡単ですよ」

「それと、幸運は3D6を振るとあります」

「“さんでぃーろく”……?」

「目が6まであるサイコロを振って、出た目を合計するとのこと」

「あー、そういう。はいはい、振ります! ……9!」

「それを5倍するのです」


 結果、アン子の探索者は以下の通りに能力が割り振られた。

 幸運を含め、副次的な属性というものを計算して記述した。


 STR:60/30/6 CON:50/25/10 SIZ:50/25/10 DEX:60/30/12 

 APP:80/40/16 INT:40/20/8 POW:70/35/14 EDU:50/25/10

 ダメージボーナス:なし ビルド:0

 耐久力:10 正気度ポイント:70 マジック・ポイント:12

 移動率:8 幸運:45


「能力値をいろいろ足したり割ったり掛けたり、表を見たりするんですね」

「アン子様の遊ばれているソーシャルゲームも、スマホに組み込まれたCPUがこのような計算を一瞬でやっているのですよ」

「そう思うとすごいですね、スマホ!」


 感心しつつも、CPUとかいう単語をもう覚えた孔明もなかなかすごい。

 その軍師は、ルールブックを読み進めなが次のステップに進んでいく。

 

「それができましたら、職業と技能を決めましょう」

「職業……社長とかアイドルとかですか?」

「そのようですが、そうした職業は『クイックスタート・ルール』には見当たりません」

「えっ、どういうことです? 社長やアイドルやりたきゃ、六千円の本を買えってことですか?」

「おそらく」

「あああ、やっぱ世の中って無課金勢には厳しいっすね……」

「あいや、お待ちを。……ふむ、職業はKPが認めれば自作してもよいようです」

「こ、孔明さんっっっ!」


 期待に目を輝かせたアン子が、孔明に食らいつくような視線を向ける。

 頼られたら、応えるのが軍師というもの。


「お任せを。この孔明、アン子様がお望みならばアイドルも社長もご用意いたしましょう」

「この際、アイドル社長というのは……どうっすかね?」

「いいでしょう、君主の望みを叶えるのも軍師の役目でございます」

「やったあ!」


 そんなわけで、アン子のキャラクターは職業アイドル社長になる。

 KPから許可を得て、ふさわしい技能を八つ指定すれば職業の自作ができるのだ。

 この八つの技能と〈信用〉に能力値と同じ要領で数字を割り振っていく。

 〈信用〉はキャラクターの財産や階級を表すもので所持金に関わる初期技能だと思うといい。

 ただし、これは孔明というスーパー軍師だからできることで、特に初心者KPに無理強いしてやりたい職業を自作させるようなゴリ押しはよくない。

 アイドル社長の職業を自作し、数字を割り振ったら次に続く。

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