第10話 軽い反撃


 俺は立浪達の攻撃を捌きながら、二ヶ月の地獄トレーニングを思い出す。

 母さんのツテで通う事になった《笹山ジム》。

 数々のチャンピオンを世に送り出した名門ジムで、経営者である笹山会長も何度もテレビに出ている有名人だ。

 そんな彼の元、プロコースと同様のトレーニングを毎日欠かさず行った。


「二ヶ月で身体を絞るなんて、甘く考えすぎだ。どうしてもその期間でやりたいなら、身体全体をぶっ壊す」


 ぶっ壊すと言ってもいじめ的な意味ではなく、全身を運動による負荷を掛けまくり、筋肉を壊して再生をずっと繰り返すというものだった。

 食事制限も命じられたし、その中で午前十時から夕方六時までひたすらトレーニング。

 ストレスも溜まるし、笹山会長から罵声を浴びるし、筋肉痛だってのにハードな運動を求められるし、何一つ楽しくなかった。

 そんな俺を支えてくれていたのは、両親の応援、いじめてくれた立浪達を見返すという信念、そして絵理奈に生まれ変わった姿を見て貰いたいっていう下心。後は和也のメッセージアプリでの応援をくれたから俺は頑張った。

 耐え抜いた結果、俺はダイエットに成功したどころか、プロコースでトレーニングをした結果格闘家としての肉体を手に入れつつある。

 まだまだ格闘家としての肉体は未完成だけど、その間に戦い方も叩き込まれた為、中学生の中なら多分天下が取れる位の格闘センスがあると笹山会長からは満面の笑みで太鼓判を押された。どうやら俺の動体視力は通常の人よりずば抜けているらしい。それも強さの秘訣だという。

 笹山会長のおかげで、中学生同士の喧嘩だったら負けない位の強さを手に入れた俺だったが、父さんはそれを知ると真剣な顔で約束をさせられた。


「いいかい、玲音君。君の手に入れた技術は、純粋に人を倒す為のものだ。だから絶対に復讐に使っちゃダメだよ。君が力を奮っていい時は、自分の身が危険だった場合と大切な人や守りたい人を助ける場合だけにして欲しい。僕と約束して欲しい」


 珍しく父さんが日本語で俺に言ってきたんだ。

 元より復讐するつもりはないし、自分から進んで暴力を奮おうなんて思っちゃいない。

 だから「わかった」と、父さんとしっかり約束をしたんだ。


 まぁ今立浪達の攻撃を捌いているだけなのは、父さんとの約束を守っているからだ。

 正直この程度だったら余裕で回避出来るから身の危険なんて一切感じないから、力を奮う必要はこれっぽっちもなかった。

 こんなに非計画的に大振りの攻撃を仕掛けてくるんだ、その内勝手にガス欠スタミナ切れを起こすだろうなと思っていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、うご、けねぇ」


「なん、なんだよ。全然当たらねぇ……」


 そして思ったより早くガス欠を起こしてくれた。

 俺はというと、無駄な動きをせずに攻撃を捌いていたから、ちょっと汗をかいた程度で済んでいた。これなら後二十分は戦える。


「立浪、まだやる?」


 地面に仲間達と一緒に四つん這いになって息を切らしている立浪に対して、見下しながら聞いてみた。

 恨めしそうに俺を見上げてきた立浪。

 うん、全然怖くなくなっている。スパーリングでこいつより迫力ある人と何度もスパーリングしたから、その人と比べたら全く怖くないな。


「う、うおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」


 すると立浪の取り巻きの一人が、声を出して走り出した。

 逃げたかな? と思ったが、向かっている先は絵理奈が隠れている木の所だった。

 やばい、逃げたかと思ったから一瞬判断が遅れた!


「いいぞ、その女をやっちまえ!」


「立浪、お前――」


「ほらほら、俺に構っている時間はあるかぁ!?」


「くっ!」


 立浪に一発蹴りを食らわせてやろうと思ったが、こいつに構っている暇はない。

 俺は前傾姿勢になって走り出す。すると、前世の頃と同じように思い通りに身体が動くから、同時に早く動けるようになった。

 

「なっ、はえぇっ!!」


 俺の走る速度に、立浪達は驚愕している。

 俺も最近知ったが、この身体を手にしたら足がとんでもなく速くなった。前世と比べると遅いが、これも笹山会長が驚く位の速度らしい。

 取り巻きとの差が迫ってきている。すると、立浪の声が後ろから聞こえてきた。


「くそっ! とりあえずその女を一発殴っとけ! そしたらそいつを盾にして動かないように命じるんだ。どうやら家入にとっては大切な女らしいからな!!」


 こいつ、何処まで腐ってやがる。中学一年でここまで性根が悪くなるなんて、本当こいつはどういう環境で育ったんだか。

 そろそろこっちの堪忍袋の緒が切れそうなんだけど。

 俺は無我夢中で走る。

 俺はいつの間にか取り巻きを追い抜いていて、瞬時に絵理奈の前に立って取り巻きの進路を阻む。


「邪魔だぁぁ!!」


 取り巻きが俺の腹を殴ってきた。


「玲音君っ!!」


 背後からは悲痛な絵理奈の声がしたが、安心して欲しい。

 腹筋は、相当鍛えた。


「かってぇぇぇ……」


 俺にも多少ダメージが入ったが、殴った本人の方が痛かったらしい。

 とりあえず、一発は一発だ。

 下衆な事をしようとしていたんだ、その報いは受けるべきだろう。


「これは、お返しだ」


 俺のボディーブローが取り巻きの鳩尾に突き刺さる。

 声にならない痛みだったようで、口を鯉のように開いたままその場でうずくまってしまった。

 とにかくだ――


「絵理奈に暴力を奮う奴は、誰であろうと許さないからな!」


 元飼い主で、そして今世の初恋の人。

 指一本も、触れさせやしない。

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