2.異星人エンリン
「は?」
伊野谷先生に衝撃の事実を告げられたアタシの、最初の反応はこれだった。
「まあ、そういう反応になるだろうね。」
「異星人? つまり地球外生命体? 月ノ瀬くんが?」
「信じられなくても無理はないさ。でもこれは本当のことだ。月ノ瀬さんは人類じゃない。別の種類の生き物だ。だから天堂さん、あなたが見た、髪の毛がモジャモジャ動いてたっていうのは、見間違いじゃない。この異星人たちはそういうことができるんだよ。月ノ瀬さん、もう一度見せてやんな。できるかい?」
「はい、やってみます~」
先生に言われた月ノ瀬くんはさっきまでと変わって真剣な表情になる。それは、国語の小テストを解いてる時と同じ表情だった。
「う~、むむむむっ」
そんな声を出している月ノ瀬くんの髪は、たしかに、動き出した。アタシは思わず近づいて、しっかりと見た。本当に動いている。まるでなにかの生き物みたいに。自然とアタシは、その髪の毛に触れようと手を伸ばしていた。
「はい、もういいよー。おつかれさん」
先生がそう言って月ノ瀬くんの肩をポンとたたく。すると月ノ瀬くんは髪の毛を動かすのをやめて、大きく深呼吸。だいぶ力が入っていたみたい。
これで2回目だ。月ノ瀬くんの髪が動くのを、もう一度見てしまった。
「信じてくれたかい?」
先生に聞かれてアタシは答える。
「はい、こうやって自分の目で見た以上、信じるしかないです。でもそれは、月ノ瀬くんが自分の髪を動かせるということを、です。それがすぐに月ノ瀬くんが異星人だという証拠にはなりません」
「はっはっは、いいねえ、実に科学的思考だねえ。天堂さん、あなたセンスあるよ。ただ残念ながら今すぐに見せられる証拠は、これ以上ないんだ」
「アタシにはまだ聞きたいことがたくさんあるんですけど」
「まあそうだろうね、言ってみな?」
「月ノ瀬くんの髪が動くことにほかの誰も気づいていなかったのは、なぜですか? 国語の小テストの時は、少なくとも先生には見えていたはずです」
「うーん、それを答える前に、この異星人たちのことについてもうすこし話そうか。彼らは、自分たちのことを『エンリン』と呼んでいる。日本ではね」
「ちょ、ちょっと待って。異星人たち? 彼ら? 日本では? えっと、それはつまり、月ノ瀬くんみたいな人が、たくさん、世界中にいるってこと?」
「ふふ、飲み込みがいいね、説明しがいがあるってもんだ。そのとおり、彼らエンリンはこの地球上にけっこういる。割合で言うと、100人にひとりぐらいかな。そして地球人にそっくりな姿で、地球人と一緒に生きている」
またしても驚きの事実だ。いやまだ先生がそう言ってるだけで本当のことかはわからないけど。
「信じられないって顔してるね。まあ無理もないけど、そろそろ覚悟を決めな。私は今この場では嘘はつかない。本当のことを話す。教師が生徒に嘘をつくなんて恥ずかしいことだしね。だから、信用してほしい。
さて話の続きだ。エンリンはけっこう昔から地球に住んでいる。たとえば、昔の日本にはニンジャがいただろう? その一部はエンリンだったんじゃないかと考えられてる。というか、エンリンの間ではそう伝わってる。あるいは、もっと昔からいたのかもしれない。かぐや姫のおとぎ話は知ってるね? あれは、月からきたお姫さまの話だけど、つまりそれって異星人じゃないか、そうだろう? かぐや姫がエンリンかどうかはわからないけどね。でも異星人の話は大昔からあるってことさ。」
次から次へと語られる内容に、アタシは理解するので精一杯だった。信じられない話がどんどん出てくる。しかも先生は嘘をつかないって言ってる。
「エンリンがいつ頃地球に来たのかははっきりとわからないけれど、地球に来たエンリンたちは、ここで生きていかなきゃならないと考えた。そのためにはこの地球で一番繁栄している生物の真似をするべきだ、そしてその生物になりきって、協力して生きていくべきだと。そして、地球で一番繁栄している生き物が、人類だったのさ
エンリンは自分の姿を自由に変えることができるんだ。だから人類に溶け込むことは簡単だった。けれどやっぱり違う生き物だからね、どうしても違う部分はある。そうさ、月ノ瀬さんの髪の毛みたいにね。エンリンはできれば自分たちが人類ではないとバレたくなかった。だから、ごまかすことにしたんだ。エンリンの脳からは電波みたいなものが出てる。それをうけた人間は、エンリンの、まあ〝変なところ〟が気にならなくなる。髪の毛がモジャモジャ動いたりするのを見ても、それを変だと思わないんだ。これが、さっきのあなたの質問の答え」
「それって、なんかいやだ」
思わずそう言ってしまう。だってそうでしょ、知らない間に考え方がいじられてたとか、ちょっといやだ。でも、月ノ瀬くんの悲しそうな顔を見て、ひどい言い方だったかもしれないと思う。だけど、先生の話を聞いて正直に思ったことだ。
先生はアタシの言葉を聞いてから、少し間を開けて話し出す。
「……気持ちは、分かるよ。天堂さんがそう感じるのは、ある意味当然かもしれない。でも一つお願いするなら、エンリンの気持ちも少し考えてほしい。大昔に地球にやってきて、なんとか人間社会に溶け込んで暮らしていこうとした気持ちを。エンリンは人間と敵対しようなんて考えちゃいない。できるだけ穏やかに暮らしたいだけなんだ」
そう言われて、アタシは月ノ瀬くんの顔を見る。先生の言う通り、どう見ても危ないヤツじゃない。むしろ、いじめられちゃいそうなおっとりしたヤツだ。その印象は、月ノ瀬くんが異星人、エンリンだっけ? ソレだって知る前となんにも変わらない。
「……わかりました。じゃあ、人間には髪の毛のモジャモジャが気にならないはずなのに、アタシにはめっちゃ気になったのは、なんでですか?」
「それはつまり、〝波長が合う〟ってことなんだよ。エンリンの出す電波的なものはだいたいの人に効くんだけど、たまにそうじゃないやつがいる。それはエンリンひとりひとりにとって、だれかひとり効かない人間がいるんだ。大抵は小さなころから近くにいた幼馴染みたいな人間がある日突然気づくようになるんだけど、この月ノ瀬さんの場合は今日まで見つからなかったのさ、珍しいことにね。そしてそこに現れたのが」
「アタシだった、ってわけですか」
先生の言葉を受けてそう言った。まったく困ったもんだよね、なんでアタシなんだろう。それはともかく、まだ聞きたいことはある。
「じゃあ先生、『コーパー』ってなんですか、月ノ瀬くんが私のことをそう呼んだんだけど」
「ああ、それは今言ったエンリンと波長が合う人間のことさ。『協力者』ぐらいの意味だね。英語のコォ・オペレーターから略してコーパー。月ノ瀬さんのコーパーが、天堂さん、あなただったってわけ」
「そのコーパーとやらは、いったい何をするんですか」
「そりゃ簡単さ、エンリンと友達になればいいんだ。エンリンがエンリンだって知って分かって、それまで通り、友達として付き合ってほしい。同級生としてね」
先生がそこまで話すと、今まで黙ってアタシたちの話を聞いていた月ノ瀬くんがアタシの前まで来て、右手を出した。握手してほしいってことかな。
「天堂さん、コーパーになってくれる?」
正直言って、今日聞いた話を全部理解できたわけじゃない、というかあまりにも不思議すぎる話で脳みそがついていけてない。でも分かるのは、今日の出来事を全部見なかったことになんてできないということだ。アタシの目の前で起こったことは、それは世の中そうできているということで、それを忘れようとしてもしょうがない。昨日まで知らなかったことを知れて、それをもとに考えていけばいいだけの話。
そして、月ノ瀬くんが悪いヤツだなんて思えないし、その月ノ瀬くんの方から友達になろうと言われて、それを断るほどアタシはひねくれたやつじゃない。
アタシは月ノ瀬くんの右手をしっかりと握る。
「よろしくね、月ノ瀬くん」
月ノ瀬くんの表情が一気に明るくなる。わかりやすいヤツだなあ。ってあれ、アタシは月ノ瀬くんのこと変なヤツだって思ってたはずなんだけど、っていうか変なのは変なんだけどさ。
「いやあ、良かった良かった。あんたたち、二人ともいい生徒だよ」
先生はそう言ってアタシたちの頭を乱暴になでる。さっきまでのまじめな顔じゃなく、思いっきりの笑顔だ。
「あ、そうだ先生、あとふたつ、聞きたいことが」
「なんだい」
「エンリンてどういう意味ですか? それから、なんで先生はそんなにエンリンに詳しいんですか。」
その質問を聞いて、先生は一瞬戸惑った顔をしたような気がした。
「ん、ああ、じゃあ一つ目から。何のことはないよ、漢字で『遠い』のエンに『隣』のリンで『エンリン』、遠くからやってきた隣人、ってことだね。昔の誰かが考えたんだろうけど、自分たちのルーツと地球人との友好を忘れないという意思を感じる良いネーミングだと思うよ。
それから、二つ目の質問だけど……どうしようか」
なぜか月ノ瀬くんに聞く先生。そして月ノ瀬くんはだまって首を縦に振った。え、なになにこの感じ。
「なぜ私がエンリンに詳しいのか。それはね……私もエンリンだからだよ」
そう言って先生は手を広げて見せる。そして先生の指が、伸びて、ウネウネと曲がっている。
あ、あ、あ、もうダメだ。ただでさえ信じられないことを知りすぎて脳みそがパンクしそうなのに、先生まで異星人……だった……な……
アタシは気絶した。
目が覚めた時、アタシはマットの上で横になっていた。どうも場所はさっきと同じ天文観察室みたいだ。
「気が付いた?」
その声の主は、隣に座っていた月ノ瀬くんだった。
「ごめん! まさかこんなことになるなんて」
いきなり謝りだすから、なんか笑えてきちゃう。
「あははは、いいよもう、ちょっと驚きすぎて頭が疲れちゃったけど、少し寝て楽になったかな」
「だったらいいんだけど……」
月ノ瀬くんはそう言って黙ってしまう。まいったな、こういう時どんな話すればいいんだろ。といっても異星人の同級生が落ち込んでいる時を経験した人なんていないだろうしアタシにわかるわけない。
アタシは立ち上がって部屋の中を見回す。天文観察室。アタシはこの部屋に入ったことがある。この中学、空寄中学校に入学する前のこと。っていうか小学校にもまだ行ってなかったかも。そのころ、この中学で星空観察会っていうイベントがあって、アタシは小さいころから宇宙が好きだったからママが連れてきてくれたんだ。それがすごく楽しくて、天文部のお兄さんお姉さんも親切で、こんないい場所があるんだって思って、中学生になれば毎日ここに来られるんだってすごく楽しみにしてた。
ところが実際に入ってみると、天文部なんてなかったんだ。なんか数年前に部員がいなくなってなくなっちゃったんだって。
もうすごくショックで、どの部活もやる気にならなくて、今も帰宅部のままだ。うちの学校、部活は奨励されてるけど強制じゃない。担任の先生には「どこも入らないのか?」 ってことあるごとにきかれるけどね。
で、そのショックで、こんな部屋があることなんて今まで忘れてたよ。
最上階の端っこなんて、用事がなきゃいかないもんね、気づかなくても不思議じゃない。でも今この天文観察室は半分物置みたいな状態になっている。なんでだろうか。すごくもったいないぞ!
でもあたしの知ってる姿が残ってるところもある。
この部屋の三方向の壁、北と西と東の壁はガラス張りの大きな窓になってて、しかも天井には天窓がついてる。だから夜になればかなり広い空が部屋の中にいるまま見えるんだ。
その窓はあの時のままだった。今は夕暮れの時間。西の空に太陽が沈みかけている。そして夕日の近くでもう光りだしてる星がある。あの星は……
「宵の明星だ!」
「えっ」
アタシが急に大きな声を出すものだから、月ノ瀬くんが驚いた声をだす。
「宵の明星だよ、ほら見て」
アタシが指さして見せると、月ノ瀬くんも窓際に来た。
「あの太陽のそばにある明るい星。ほかの星はまだ見えないけど、あんなに明るいからもう見えるんだ」
「そうなんだ! すごいね、きれいだね」
そういう月ノ瀬くんの目は輝きを取り戻していた。きれいな目だなあ。
「……僕のご先祖様も、あそこから来たのかな」
月ノ瀬くんがそんなことをつぶやくので、アタシの天文脳が一気に回転する。
「それはないんじゃないかな、だって宵の明星って金星なんだよ。金星は地球の内側を回ってる惑星で、だから地球より太陽に近いんだ。それに大気がほとんど二酸化炭素で温室効果がすごくて地面近くの温度は400℃を超えてるし、それに台風の何倍も強い風が吹いてるし、とても生き物が住める環境じゃないんだよ」
そこまで一気にしゃべってから、ちょっと失敗したかなと思った。急に天体の話のし始めて、月ノ瀬くん引いちゃったんじゃ……
「そうなんだ、すごいね天堂さん! そんなことまで知ってるんだね!」
月ノ瀬くんの反応は、予想外に良かった。
「え、いや、そんな大したことないよ。天文ファンならほとんど常識っていうか……」
「でもすごいよ、そうなんだね、知らなかった」
そう言われて、まあ普通はそうかなと思う。そうだよね、金星の温度とかすぐに出てこないよね。でもさ、異星人の月ノ瀬くんより、地球人のアタシの方が宇宙に詳しいってのもなんだかおもしろいな。
「ねえ、エンリンってさ、さっきの先生の話だと、大昔から地球にいるんだよね」
「うん、僕もそう聞いてるよ」
「じゃあさ、月ノ瀬くんはどこで生まれたの?」
「え? あ、うん、ええとね、隣の隣ぐらいの市かな~」
「へー、じゃあなんでソラチューに来たの?」
「こっちに引っ越したから。父さんの仕事の都合でね~」
「ふーん、そっか……なんか、アレだね、普通だね。アタシたちとなんも変わんないんだね」
アタシは素直な感想をしゃべった。けれど、それを聞いた月ノ瀬くんの顔は、なんだかとても嬉しそうだった。
「じゃあ、もう暗くなってきたし、帰ろっか」
「そだね~」
「あ、伊野谷先生になんか言ってこないとダメかな」
「大丈夫だと思うよ~。僕が倒れた天堂さんのことみてますって言ったら、『じゃあ目を覚ましたら適当に帰るんだよ』って」
「そっか、じゃあ帰っちゃおう」
伊野谷先生、面倒見はいい方だと思うんだけど、けっこう冷たいというか、ドライなところがある。まあ楽な先生だけどね。
だけど、さっき見た、指のウネウネを思い出すと、やっぱり少し背筋がゾワゾワとする。
アタシたちは天文観察室を出て、階段を降り、下駄箱で靴をはき替えて、校門のところで、別れた。帰り道は反対方向だったみたい。
そして、暗くなった通学路を早足で歩いて、帰宅して、ご飯を食べて、お風呂に入って、布団に入って、寝ようとする。
月ノ瀬くんと別れてからはずっと今日のことを思い出していた。なんだか今日は一日がすごく長かった気がする。国語の小テストが遠い昔のことのように感じられる。
「明日起きたら、全部夢だったりして」
そんな思いが口に出た。そうだったら良いような、でも、やっぱりおもしろい体験だったし、ないことになったらもったいないかな。とか考えてるうちに、いつの間にか眠っていた。
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