となりの席の異星人《エイリアン》
荒霧能混
1.となりの席の異星人《エイリアン》
突然だけど、君の隣って、どんなヤツ?
学校の教室で、隣の席に座ってるヤツ。
男子? それとも女子?
背は高い? 低い?
髪は長いのかな。
性格は明るいタイプ? それともおとなしい方?
アタシの場合は……隣の席は、すごく、変なヤツだ。
性別は男子。背はアタシより少し低い。アタシの背だって高い方じゃない。女子が背の順に並んだら、真ん中より少し前だ。そのアタシより低いんだから、男子の中ではけっこう低い方。髪の毛はゆるめの天然パーマでモジャモジャしてる。前髪も長めで、うつむいてると目が隠れちゃう感じ。性格は……正直よく分かんない。顔を合わせれば笑って「あ~、おはよう~」ってあいさつしてくれるけど、なんとなく目は笑ってないような。
そして、なにより変なのは、ソイツは
異星人、エイリアン。もしかしたら宇宙人て言った方が伝わるかな。アタシたちの住んでるこの地球っていう星の、外からやってきた生き物ってこと。「宇宙人」って言うと、地球も宇宙にあるわけだからアタシたちも宇宙人と言える。だから、地球の外から来た人? には「異星人」の方がもう少し正確なんだ。
まあ、アイツについては「異星人」っていうのも少しちがうんだけどね。そのことについてはまた別の時に。
そんなアイツが、どうして異星人だって分かったか、まずはそこから話すことにしようか。
ところで、自己紹介がまだだった。
わたしは、
中学1年生。背はそんなに高くない、ってこれはさっき言ったっけ。
成績は真ん中よりは上だけど、めちゃくちゃ良いわけじゃない。好きな教科は理科、というか宇宙とか天体とかが大好きなんだ。だからテストでも宇宙に関するとこだけは全部当てたいよね。
でも同じ理科でも重さとか速さとか、あと植物観察とかはあんまり……って感じかな。先生に言わせれば「そういうのも全部つながってるんだ。でっかい宇宙のことを知りたいなら、身近なものも知らなきゃいけないよ。だってそれも宇宙の一部だろう」だって。たしかにその通りだと思うけど、こればっかりはやる気の問題だ。わたしにやる気がないんだからしかたない!
えらそうに言うなって? はいごもっともです。
まあ、自己紹介はこの辺にして、何の話だっけ、ああそうだ隣の席のエイリアンくんの話。
ソイツの名前は、
見た目は、私たち地球人と変わらない。けど性格はよく分からない。月ノ瀬くんはあんまりしゃべる方じゃないし、休み時間も自分の机でノートにひたすら何か書いてたりするし。
ある時そのノートをチラっとのぞき見したら、なんか数式? みたいのを黙々と書いてて、うわあ、ちょっと気持ち悪いぞって思った。
でもまあ、それだってちょっと変わってるだけで、別にいてもおかしくないでしょ、そういうヤツ。
わたしが最初に「こいつ何者?」って思ったのは、国語の小テストの時。
漢字の読み書きと、それから文章問題が少しづつあった。「この時の登場人物の気持ちに近いものを選びなさい」とかそういうヤツね。
わたしはこういう問題見ると、人の気持ちなんて分からないでしょ勝手に決めるな、って少し思っちゃうんだけど、まあ適当にそれっぽいのを選んでおけばそんなに間違えない。
とりあえず書き終わって、なんとなく横目で右隣の月ノ瀬くんの方を見たんだ。そしたら不思議なものを見た。
月ノ瀬くんはどうもテストに苦戦しているみたいだった。だって私が終わったのにまだ悩んでたんだから。どうも文章問題のところで止まっているみたい。で、不思議といったのは彼の髪の毛。月ノ瀬くんの髪の毛は、さっきも言った通りゆるめの天然パーマでモジャモジャなんだけど、そのモジャモジャが、なんか、動いてるんだ。
丸まったチワワみたいな月ノ瀬君の頭が、それこそ生きているみたいに、ウネウネというか、ワサワサというか、そんな感じで髪の毛全体がずっと動いている。
わたしは驚いて、体を起こして、顔を月ノ瀬くんに向けて、しっかりと見直した。うん、見間違いじゃない。動いているよ、これ。
わたしはそれから目を離せなくなってしまった。テスト用紙に向かってうつむいている月ノ瀬くんの頭に、何か別の生き物が乗っているようにも見えた。それは明らかに異常な光景だったけど、怖いとか気味悪いとかは思わなかった。
むしろ、なんだか、面白いというか、かわいいというか。
え? 今わたしなんて言った? かわいい? いやいくらなんでも、かわいいはないでしょ。
そこまで思ったところで先生から声が飛んだ。
「おーい、天堂。よそ見するなよ、カンニングか?」
わたしはビクッとして背筋を伸ばす。
「あっ、ごめんなひゃい」
あんまり驚いてセリフを噛んでしまった。クラスから笑いが起こる。うう、恥ずかしい。わたしは体を縮こまらせて、うつむいた。ああもう、それもこれも月ノ瀬くんのせいだ。わたしはうつむいたまま、もう一度月ノ瀬くんの方を横目で見た。
この騒ぎのなかでも月ノ瀬くんは変わらずテストと格闘していたし、そして髪の毛も変わらずモジャモジャ動いていた。
なんで他のみんなはこれに気づかない? 生徒はともかく先生は? わたしが月ノ瀬くんの方を見てたのは先生だって分かってるはずでしょ?
いくら自分に問いかけたって、答えなんて出るはずもなく。アタシはモヤモヤとした気持ちを抱えたままその日を過ごした。
ちなみに月ノ瀬くんの髪の毛は、小テストが終わったら動かなくなっていた。
その日の放課後、帰宅しようとしていたアタシは、下駄箱の前であることに気づいた。
「あ、しまった」
「どうしたの?」
そう話しかけて来たのは友達のエミだ。エミとは小学校がいっしょで5年と6年の時は同じクラスだったし仲良しだった。けど中学ではクラスが分かれちゃったし、最近はあまり話してなかったんだよね。
今日は帰るときに会ったから久しぶりに一緒に帰ろうってことになったんだけど……
「あー、ちょっと忘れ物したみたい。エミごめん、先行ってて」
「え、じゃあ待ってるよ」
「うーん、いいよだいじょうぶだよ」
「でも……」
「どしたん?」
エミがどうしようか迷った様子でいると、エミのクラスの子が声をかけてくる。一緒に帰るメンバーにはアタシとエミだけじゃなく、エミの友達も入っていた。
「いいよいいよ、待たせちゃ悪いでしょ。なんなら後から追いかけるよ。」
「じゃあ……ごめんね?」
「うん、またね、エミ」
「天堂さんだっけ、また今度一緒に帰ろうね」
「うん、ありがとー」
エミの友達もそう声をかけてくれた。いい子じゃん。さすがエミの友達だよね。
アタシはひとしきり手を振ってから、教室に向かった。
ところで何を忘れたのかというと、今月の『天文ナビ』だ。こないだ出たばっかだしまだきちんと読めてないのに学校に置いて行ったら、家に帰ってから悔しい思いをすることになっちゃうからね。でもまあエミには悪いことしちゃったな。
階段を上って、教室のある階へたどり着く。廊下に立つと、校庭からの運動部のワーワーいう声や、吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる。
昼間とはちがって人がいない教室、そのドアを開けると、一人だけ生徒が残っていた。窓から西日が差し込む教室のなかで、そのただ一人の生徒は、机に顔を伏せてる。もしかして寝てる?
その生徒が座っている席は、教室の後ろの窓側から二列目。つまり、アタシの隣の席だ。
そう、そこにいるのは、月ノ瀬くんだった。
アタシはなんとなく起こしちゃいけない気がして、足音を立てないように自分の席へ向かう。そして机からお目当ての雑誌を取り出してカバンにしまった。
目的を果たしたところで、隣の席に視線を向ける。やっぱり寝てるな、月ノ瀬君。
自分の腕を枕にしてスヤスヤと気持ちよさそうな寝息を立てている。そしてアタシは彼の髪の毛に注目する。
たしかに、ぜったい、動いていたんだ、あの時。
でも今は、月ノ瀬くんの髪の毛はおとなしくしてる。呼吸に合わせて、かすかに揺れているけれど。
アタシは無意識に、その髪の毛に手を伸ばしていた。もう少しで触れるところで、ハッと我に返った。
アタシ、何してるんだろう。こんなところ誰かに見られたら、どう思われるか。手を引っ込めながらそう思う。
うん、手を引っ込めた。けど、だけどさ、やっぱり気になるよ~。
アタシは周りを見回して、誰もいないこと確認してから、もう一度手をゆっくりと伸ばしていく。少し茶色がかった月ノ瀬くんの頭へと。
そしてついに、中指の先っぽが、ほんの少し、触れた。
その瞬間!
月ノ瀬くんが体を起こした。それはもう素早く、バッと音がしそうなくらいのスピードで。
「……!」
アタシは心底驚いて、体が固まってしまって声も出ない。
体を起こした月ノ瀬くんは、今の素早い動きが嘘だったみたいに、ゆっくりと首を左右に動かして周りを見ている。そして、アタシのほうを見た。
「あれ、天堂さんだ~」
その声は普段と変わらない、おっとりとしたしゃべり方だった。
「あ、あはは~。月ノ瀬くん、今寝てたでしょ~」
アタシはすこし後ろめたい気持ちを隠すように、そんな適当なことをしゃべってしまう。若干棒読みになってたと思うぞ。
「えっ、あ、そうみたいだね。そっか寝てたんだ」
アタシの気持ちを知ってか知らずか、そんなことをいう。
「もうみんな行っちゃったよ」
「ほんとだね~、もう誰もいないや。あ、天堂さんと僕がいるか~」
そういって月ノ瀬くんはアタシをみてケラケラと笑う。目元は髪に隠れて見えないけれど。いったい何がそんなにおもしろいのかな。ほんと変なヤツだ。
「ところで天堂さんは~、なんでここにいるの?」
うっ、聞かれたくないことを。アンタの髪を触ろうとしてた、なんて言えるはずないよ。と思ったけど、別に後ろめたくない理由もあったんだ。
「えっと、ちょっと忘れ物を取りにね。下駄箱まで行ったんだけど、そこで気づいて戻ってきたんだ。そしたら月ノ瀬くんがいたってわけ」
「そっか~、それで起こしてくれたんだね。ありがとう~」
「別にお礼言われることじゃないし。むしろ気持ちよさそうに寝てたから起こさないほうがいいかと思ったよ」
アタシはそう言ってアハハと笑って見せた。月ノ瀬くんはの口元は笑ったままだ。
「じゃ、じゃああたし先帰るね」
「うん、天堂さんまたね~」
カバンを背負いなおして、教室の前のほうへと歩き出す。つもりだった。
一歩進んでアタシはもう一度、月ノ瀬くんに向き直った。なんでそうしたかはわからない。やっぱりあのことを聞かなきゃと思ったのかもしれない。
月ノ瀬くんは窓から入る西日に照らされていて、前髪の奥の目が透けて光っていた、ように見えた。
その光が秒速30万キロメートルの速さでアタシの目に届いたとき、アタシの口から自然に言葉が出ていたんだ。
「月ノ瀬くん、君は何者なの?」
「えっ?」
「アタシ、見たんだ。月ノ瀬くんの髪の毛がモジャモジャと動いてるの。国語の小テストのときだよ。アタシ先生に注意されたでしょ? よそ見するなって。その時君の髪の毛を見てたんだ。あれは風に吹かれてるとかそんな動きじゃない。っていうか窓しまってたしあの時。どう考えてもあり得ない動きだったよ。その、なんていうか、まるで生きてるみたいな!」
そこまで一気にしゃべってしまうと、アタシは月ノ瀬くんの答えを待った。でもそれはすぐには返ってこなかった。口元の笑みは消えて、驚いたような、気が抜けたような感じで半開きになっている。
私たちの間の空間が、運動部や吹奏楽部の遠い音で埋まった。ふたりの沈黙はどれくらい続いたんだろう、たぶん本当は何秒もたってないんだろうけど、アタシにはとても長く感じた。
答えは、言葉ではなく、行動でやってきた。
月ノ瀬くんは急にこちらにグッと近づいて、アタシの手を握った。
「やっと見つけた、僕のコーパー!」
「はぁ?」
全然意味が分からなくてそんな声を出してしまった。
「そっかあ天堂さんだったんだね。ありがとう、僕を見つけてくれて! 」
月ノ瀬くんの言葉は確かに聞こえてくるんだけど、それがどういう意味かほんとにわかんなかった。なに? コーパー? なんでありがとう? なんで感謝されてるの?
「うれしいな~、あ、そうだ先生にも言わないと。じゃあ、一緒に行こう、天堂さん!」
月ノ瀬くんはそう言ってアタシの手を引いて歩き出す。いつもの月ノ瀬くんとは思えないキビキビした動きで。
「ちょ、ちょっとー! なんにも分かんないんだけど!」
アタシのその声を聞いているのかいないのか、月ノ瀬くんはグングン進んでいく。アタシは転ばないように小走り気味についていく。それくらい速いんだ。心臓がすごくドキドキしているのは、こんなに早く歩いているせいだ、そうに違いない。
そしてたどり着いたのは、職員室の前だった、そこでようやく月ノ瀬くんは手を放してくれた。それにしても、途中で誰にも会わなくてよかったと思う。男子と手をつないでるところを見られたらぜったい誤解されるにきまってるよ。
「失礼します~、伊野谷先生いますか~」
職員室のドアを開けて月ノ瀬くんが呼んだのは、理科担当の
歳は50代のおばちゃんだけど、豪快なしゃべり方をするパワフルな先生なんだ。
「おや、月ノ瀬さんに……後ろにいるのは天堂さんかい。どうしたんだい?」
「先生、僕、見つけました!」
入口まできた伊野谷先生に月ノ瀬くんはそう言った。
「本当かい?」
「はい、月ノ瀬さんが僕の髪の毛がモジャモジャ動いてるのを見たって」
「なるほどねぇ。そうか~天堂さんがねえ」
二人の間で勝手に話が進んでいる、気に入らないぞこの状況は。
「先生、何の話をしてるんですか、さっきから月ノ瀬くんもなんだかよくわからないことを言ってて、わけが分かりません」
「ははは、そりゃそうだろうね。よし、ちょっと場所を変えて話そう」
先生はそういうとこちらの答えも聞かずに歩き出す。月ノ瀬くんもそれについていこうとしてから、こちらを振り返って「行こう、天堂さん」とか言う。それにしてもニッコニコしてるな月ノ瀬くん。目元が見えなくても分かるぐらいのニコニコだ。
ああもう、分かったよ行ってやろうじゃないの。月ノ瀬くんの髪の毛の謎を知りたいのはやまやまだ。それがわかるっていうなら、どこへだって行くよもう。
2階にある職員室を出発して、先生は階段を上っていく。そして一番上の4階まで来た。
先生はそのまま長い廊下をズンズン進んでいく。大股で歩くそのスピードには早歩きしないとついていけない。月ノ瀬くんはもう半分走ってるぐらいのレベル。でも表情は楽しそうだ、それとも、うれしいのかな。そんな風にみえた。
そして、先生がようやく歩くのをやめたのは、ある教室の前だった。4階の一番端っこにあるその教室。ドアの上に貼られたプレートにはこう書いてあった。
天文観察室
「ここって……あの時の」
アタシがつぶやいてるうちに、先生は鍵をガチャガチャと回して、ドアを開ける。
「さあ、天堂さん、入ろ」
「月ノ瀬くん、この部屋来たことあるの?」
「いいからいいから」
月ノ瀬くんはそう言ってアタシの背中を押す。やっぱいつもの月ノ瀬くんとはちがう。こんなにグイグイくるタイプじゃないでしょ、君。
アタシと月ノ瀬くんが室内に入ったのを見届けて、伊野谷先生はドアを閉めた。そしてアタシを見て話を切り出す。
「何から話そうかね。まあシンプルに結論からいこう、天堂さん、よく聞いて。今、あなたの隣にいる月ノ瀬深さんは、異星人なのさ」
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