共に逝きましょう
バルシィは最初からハカナに対しては興味がないようで、真っ先にエルリックに襲い掛かって来た。メリケンサックを嵌めた拳が振るわれる度に、風を穿つ強烈な音が聞こえてくる。
エルリックは顔を顰めつつも簡単にそれらを躱しながら、同時進行でナイフを突いて回る。それは当たる当たらないなどお構いなしに――つまり、適当に動かしていた。
勿論エルリックもハカナも、彼と対峙するまでに戦闘を重ねており、体力の消耗はないわけではない。救いなのは、彼の年齢による体力の衰えがあるという事が、勝算の兆しがある一つの理由であった。
「ッ」
エルリックは息を整えつつ、ナイフを振るい続ける。バルシィはそれを拳に難は柄受けつつも、拳を止める事はしなかった。その間にハカナは近くの死体から一振りの軍刀のような剣を取り、それを持って二人へ切りかかった。
エルリックとバルシィは同じタイミングで離れ、ハカナは離れた二人の内バルシィの方へ斬りかかった。
「...君はッ、拳術の使い手だと記憶しているんだがな」
「こういうのも、父から教わってんッスよ!」
バルシィはひょいひょいと身体を左右に振って躱す。
エルリックはその間に体勢を整え、同じく近くに転がっている剣を手にした。それを鞘から抜き取ってから、バルシィとハカナに向けて思い切り投げた。
投擲されたそれは二人の間に突き刺さった。エルリックはニヤリと笑う。
「はははっ、超面白ぇな!」
「あ、遊んでる暇ないんッスよ!」
エルリックは遠慮なくハカナにも斬りかかる。ギチギチと刃物同士の擦れあう金属音が鳴る。
「お前――、あいつらの中でも強いんだろ?」
「......どうですかねッス!」
ハカナはそれを見ながらエルリックの瞳を見る。
その目は、子どものようにキラキラしていた。この殺し合いを楽しんでいる、目。
それを見てハカナの中で何かが弾けた感覚がした。
バルシィがその二人に向かって拳を振るった。エルリックはすぐに反応して躱したものの、ハカナはその感覚の衝撃に気を取られてしまっており、メリケンサックを思い切り左肩に受けて転がる。
エルリックはグッと眉を寄せて、バルシィに掴みかかった。
「っは......」
ハカナは震える。
自分は今まで、戦いというものを楽しんでいたのだろうか。ただ、任務の為にとやっているだけだった。カミラを、セレンを、ヴィヴィットを守る為に拳を振るっていた。
楽しいという感情が分からない。自分の命が関わっているのに、何が楽しいのか。死ぬかもしれない。死にたくない。
だが、今日でこの命は終わる。
ならば、少しでもこの戦いを楽しいとでも思ってみるか。
ハカナは顔を上げる。
バルシィとエルリックはお互いに殺し合っている。その二人の口元はニヤリと不敵に笑っている。
「......笑えるか......?」
ゆっくりと身体を起こし、近くに転がっていた剣を手に取る。汚れている刃には、歪な顔をしたハカナ自身が映っている。その顔は、笑っているようには思えなかった。
狂っているのは――彼らか、自分か。
「......笑う、笑う...か」
ハカナはしっかりと柄を握り、それから一気に二人の下へと距離を詰めた。
「ッふは、良い目だ、若造!」
「へぇ、いいじゃねぇか」
ハカナは無我夢中で振るう。当たっても当たらなくてもいい。とにかく振るう。無心に、ただ無心に。
エルリックは切っ先の動きを見て本能的に躱していく。バルシィは今までの考えられたハカナの動きとの違いに面食らいつつも、するすると躱した。そしてハカナに向かって拳を振るった。
ハカナは目を鋭くして、剣を持っている方の手でそれを防いだ。
剣はメリケンサックによってやや方向を反らされてしまったものの、しっかりとバルシィの二の腕までを真っ直ぐに貫く。だが、ハカナの拳はメリケンサックで粉々に砕かれてしまう。
彼はそれを特に意に介さず、すぐにエルリックに向かって回し蹴りをする。拳ばかりが強いと思っていただけに、エルリックはすぐに躱す事が出来ずに転ばされてしまう。ハカナは倒れた身体を持ち上げると、そのまま玄関口の扉の方へエルリックを投げ飛ばす。
「ッてめ」
何を、とエルリックが口を開こうとした時、部屋の中から爆発音と地響きが鳴り響いてきた。中ではイレブンとセレン、ヴィヴィットが交戦している筈である。
「お願いッス、行ってください!」
「お前、」
エルリックが再び立ち上がって二人の所へ行こうとしたのを見て、ハカナはすぐに「来るなッ!」と一喝した。その血相の変わった彼の様子に、エルリックは目を見開く。
「あんたは、誰にその目を向けるんスか!?ッぐ」
ハカナはバルシィの拳を蹴りで跳ね飛ばす。
「俺達の敵を、家族を殺した復讐相手をッ!あんたに独り占めされたくないんスよ!!」
びり、と鼓膜を震わせる声で、エルリックを威嚇する。
エルリックはハカナの鬼気迫る顔を見て、チッと舌打ちをした。本当はそれを無視してナイフで斬りかかろうとしていたが、それをグッと堪え、後ろの扉を開いた。
「......ッてめ、後で覚えとけよ!」
敵意剥きだしの科白に、ハカナは嬉し気に小さく笑った。
「随分余裕だな」
バルシィから上から押さえつけられる。ハカナはすぐに地面に手をついて、下から上へ蹴り上げる。ちょうどそれは腹部に当たり、短い距離での勢いづいた蹴りは、流石のバルシィでも思わずよろめいてしまうものだった。
ハカナは前転と側転を使って距離を離し、それから近くに転がっていた剣を拾い上げて構える。バルシィもまた、死体から剣を抜き取って軽く払いをしてから切っ先をハカナへ向ける。
「へぇ、あんたも使えるんスね」
「武器となりそうなものは一通り扱える。ボスと言われている身、これくらい当然だろう」
ハカナはゆっくりと目の高さまで剣を上げる。足を開いて、構えを取る。
「......ふふ、西海の島国の剣術――ハルバ剣術だったか。どこで知った?」
「父からだ」
ハカナは奥歯を噛み締めてぐっと踏ん張り、それからその力を一気に開放する。その力を使って距離をすぐに詰める。バルシィはハカナの腹部に剣先を突き刺すように真っ直ぐ突いた。
ハカナは避けずにそのまま突っ走る。
そして、二つの剣は交錯する。
「あぐッ」
ハカナの口からは呻き声が零れ、地面に赤い血液が滴った。
「......ぐ、」
バルシィも口から嗚咽を漏らす。ハカナの持っていた剣が右胸を貫いていた。それは背中の方にまで貫通しており、致命傷に他ならなかった。
「......老いには、勝てない、か」
「死んでくれ、バルシィ・ローレンス」
ハカナは剣をくるりと手元で回しながら、一気に引き抜く。それと同時にハカナの腹に刺さっていた剣先も抜け落ちる。
「がふっ」
バルシィの口から血液が噴く。肺の一つを使い物でなくしたので、放っておいても死ぬだろう。だが、まだ倒れる事は出来ない。
脇腹を押さえながら剣を持ち替え、斜めに斬り上げる。肺をやられた彼は既に動きは鈍く、あっさりと斬る事が出来た。
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