君にキスをして

「まずは俺からねー」

 彼は呑気な声でそう言って、ぐるぐると弾倉を回す。これでどこに弾丸が入っているのか分からなくなった。

「...これで俺も君も平等になったわけだ」

 ユティアは自身のこめかみに銃口を押し当てて、引き金を引いた。ぱすん、と乾いた音が鳴る。当たりではあるが、ユティアにとっては外れの宣告であった。

 ユティアは苦々しい笑みと共にカミラへ拳銃を渡す。カミラは改めてその重さに小さく身体を震わせた。しかし、それはおくびにも出さないで、ユティアの目を睨む。

「ね、死ぬ前に一つ聞いてもらえないかしら?」

「何かな?」

 カミラはゆっくりと拳銃を持ち上げて、こめかみに押し当てて引き金に指を掛ける。

「このアリステラに、マフィアはもう要らないと、私はそう思ってるの。それは父さんが死んでからずっと思ってたけど、キナン達に出会ってからは特に思っていたのよ」

 ぐっと指に力を入れて引き金を引くと、カチンと耳の近くで音が鳴った。カミラの意識は継続したままで、ドクドクと鳴っている鼓動は止まっていない。

 カミラは肺から息を吐き出して、ユティアに拳銃を渡す。

「自分で自分の存在を否定するんだ?」

「えぇ。だって、要らないでしょ?過去の荒れたアリステラならまだしも、戦争もなくなって豊かになった今なら、栄光に縋る私達は要らない」

「...成程。君は...、つまり」

「口に出さないだけで私達もきっと同じよ。...貴方だけじゃなくてね」

 カミラは小さく微笑む。それからキナン・フラウ・シャルティエの方へ目を向けた。

「彼らは、私達が引き起こした抗争の被害者よ。私達が争わなければ、彼らは平和な暮らしをしていた。...私の考えは、甘いかしら?」

「......そうだね。マフィアとしてはおかしいけど、普通の人間ならそれが普通だ」

 ユティアが引き金を引く。また弾丸は出る事は無かった。

 カミラはユティアから受け渡された拳銃を眺める。

「...つまり、これは当たっても外れても、お互いにって事か」

 ユティアの言葉にカミラは笑みを浮かべたまま、引き金を引いた。そしてまたユティアに拳銃を渡す。

「そうね、結論から言えば」

「じゃあ、撃つ度にこう言った方が良いのかな?...って」

 カミラは再び回って来た拳銃に触れ、四人だけで会話をした昨日の事を思い出す。



「...私は、明日レミリットを終わらせるつもり」

 カミラがそう言うと、ハカナもヴィヴィットも目を丸くしていた。セレンは特に意に介した様子はなく、パックジュースを飲んでいる。

「っど、どどどどどどどういう事ッスか!?この間の、新生レミリット・ファミリーの旗上げ放送は...?!」

「ごめん」

「...お嬢、どうして......」

「...フラウに言われて、ずっと考えてたの。私達の存在意義を。...私達は必要なのか」

 カミラはじっとハカナとヴィヴィットを見た。

 マフィアは、決して表舞台には出られない存在。いなくなったとしても、きっと世界の中では些細な事でしかないだろう。それならここで消えても変わらない。

「私はローレンス・ファミリーと共にレミリット・ファミリーも終わらせようと思う。この意味を、分かってくれるよね?」

――バルシィ・ローレンスと共に、自身も死ぬ。

 カミラの言葉はそう言っているも同然だった。

「っファミリーを背負っていく気が、あんたにはないって事ッスか...?」

「違うけど...。そう受け取られても文句は言わないわ」

 ハカナはグッと奥歯を噛み締めて、それから気分を落ち着かせるように息を吐き出した。

「...もう、これ以上誰かを傷つけたくない」

 抗争によって家族を失ったのは、何も巻き込まれた一般市民だけではない。マフィア側も家族を失っている。

 今後もしローレンスとレミリットが抗争を引き起こせば、また沢山の血が流れるだろう。カミラはそれを想像するだけで、彼女は耐えられない。

「私は父さんと違って、ボスの器じゃなかった。...私はマフィアに、向いてなかったんだ」

 カミラは小さく口元を緩めて、それから深々と頭を下げる。

「...ごめんね」

「お嬢...」

 ヴィヴィットがゆっくりとカミラへ近付く。カミラはたれるか殴られるかするだろうと、せめて彼女の手を煩わせないようにと顔を前に出す。

 その顔にヴィヴィットの手が添えられ、優しく彼女を包み込んだ。

 カミラは驚いて目を開ける。

「ファミリーは貴方がトップよ。貴方の決定が、ファミリーの決定なのだから。だからそうやって頭を下げないで」

 ヴィヴィットの和らいだ笑みに、カミラはふっと肩の力を僅かに下ろす。

「僕はどっちでもいいよ。カミラ嬢が後悔しない道がそっちなら、僕はそれに従う。行きずりの僕を拾ってくれたファミリーが消えてもさ、僕がここに居たってのは事実だからさ」

 セレンはにっと白い歯を見せて笑う。

「...ありがとう」

「俺だって勿論、カミラの意見に反対する気はないッスよ」

 ハカナも笑ってカミラの頭の上に手を置いた。

「嫌になったから止めるって理由なら、ボコボコにしてたッスけど、カミラなりの考えで終わらせたいなら、認めるッス。でも、こっちにも条件はあるッスよ?」

 ハカナはそう言って、ヴィヴィットとセレンに目を向けた。彼女もハカナと同じ事を考えていたようで、静かに頷き返した。彼もまた、ハカナの意見に文句はないらしい。

 この場の三人全員が、腹をくくっていた。


「俺達も、一緒にッス」


 カミラは大きく目を見開いて血相を変えた。

「それは...!」

「僕達の事も考えて、カミラ嬢。僕達だけが生き残ったら、逆に問題なんだよ。ボスが死ぬなら、皆もろとも...だ」

 セレンは椅子にもたれかかるのを止め、身体を起こしてカミラに微笑みかける。

「僕達はそれを後悔する気は無い」

「カミラ一人の罪じゃないわ。皆で背負うべき罪よ?」

「一人より皆ッス」

 三人の言葉を聞いて、カミラは困ったように眉を寄せて小さく笑う。


「うん」



 カミラはゆっくりと腕を持ち上げて、こめかみに押し当てる。

「そうね。......またね、が正しいわ、きっと」

 カミラはそう言ってすぐに顔の表情を無にすると、拳銃をこめかみから目の前に向けて引き金を引いた。ユティアは目を大きくしたが、カミラがそこまでするという想定をしていなかったようで、反応が遅れてもろに心臓に弾丸を喰らう。

 シャルティエはそれに目を丸くしていた。彼女は重さの違いで、回した時の音の違いが生まれるので、それを使ってどこに弾丸が入っているのかは分かる。

 しかし、カミラにはその能力はない。まさに、運だけでやってみせたのだ。

 カミラはじっとユティアの目を見る。彼は血を噴き出している胸を触り、それから満足そうに笑って後ろに倒れ込んだ。

「最後くらい、卑怯にね」

 カミラは拳銃を床に転がして、それからゆっくりと息を吐き出して肩を落とす。それから後ろに居た三人の方へ向き直った。

「...皆、下へ降りて。セレンとヴィヴィットがイレブンにゴードンとレッドの居場所を教えるように伝えてるから。私が関われるのは、ここまで」

 カミラにそう言われ、キナンもフラウもシャルティエも黙ったまま、彼女と目を合わせていた。

「...行こう」

「カミラさん、ありがとうございました」

「また、一緒にお茶でも飲みましょうね!」

 キナンにそう言われ、フラウとシャルティエはカミラに簡単に声を掛けた。それから三人は、ユティアとディアンサの開けた屋上の扉へ入って行った。その姿が見えなくなってから、カミラはディアンサに近付いて行く。

 気絶していたディアンサはパッと目を覚ましたかと思うと、近くに転がっていた拳銃を足で引き寄せて手に取る。そしてカミラへその銃口を向けた。

「...あれを殺したのですね」

「はい。たまたま私の手の中に良い武器があったので」

 涼しい顔をしてそう言うカミラに、違和感を覚えるディアンサ。

「動かないでくださいませ!」

 ディアンサの警告を無視して、カミラは穏やかな表情のままポケットに手を突っ込んで、そこから白い錠剤を取り出した。それを口の中に含むと、ディアンサの下へ駆け出した。

 すぐに引き金を引いたディアンサであったが、そこから弾丸は発出されなかった。先程ユティアに撃ち込んだためである。驚いている間にカミラは彼女の側に寄り、驚いているその口に自らの口を付けた。

「んぐっ!?」

 お互いの舌を絡める濃厚なキスをしながら、あらかじめ少し溶かしておいた白い錠剤を二人の口の中で溶かしていく。ディアンサは必死に抵抗するが、カミラがそれを許さなかった。

 やがて、身体中が熱くなり二つの唇は離れる。

「あぐ...っ?!や、焼け、ごほっ!!あ...ががが、が、ごぶっ...ッ」

 ディアンサは口から吐血し、そのまま床に倒れてしまった。カミラもまた、同じように血を吐き出しながら、ゆっくりと前の方へ身体を倒してから横へ転がった。

 彼女の目には、吸い込まれてしまいそうな真っ暗な夜空があった。


 カミラは小さく微笑んで――、目を閉じた。

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