優しく微笑んで

「...これはまた、計算違いですなぁ。しかし、面白い事には変わりございません」

 ロアルネは余裕の笑みを持って、イレブンを見ていた。

 イレブンはいつもと違う目線の高さや、拳の速さや頭の中の整理方法の違いに戸惑いつつも、ロアルネからは視線を反らさなかった。

 ヴィヴィットはゆっくりと立ち上がり、セレンの方へ軽く背中を押した。

「セレン、隠し部屋か何かがあるかどうか、調べてちょうだい」

「分かってる!」

 セレンはすぐにコンピュータの方へ走り、ヴィヴィットはロアルネがセレンの邪魔をしないように阻止する。

 ロアルネはゆっくりと身体を動かして、それから片眼鏡モノクルを掛け直すと一気にヴィヴィットの方へ距離を詰めた。

 それをイレブンはすぐに距離を詰めて阻止し、腕を掴んでロアルネを放り投げた。彼はすぐに受け身を取って、綺麗に一回転して着地する。

「二人には手を出させないわよ、ロアルネ・フェスコ」

「アンドロイドが何を言っているんですかな。プログラミングされただけの、人工知能風情」

「確かにあたしには魂というものはないかもしれないけれど、あたしには使命がある。その為にあたしは動くだけよ」

 イレブンは軽く動く身体に驚きつつも、それを全く見せる事はなかった。

「ふむ...。感情の芽生えたアンドロイド...。見世物にして売ればそれなりの利益が出そうですな。考えておきましょう」

「あらあら、自分達が勝つ事前提なのね。目が覚めるように殴ってあげる」

 そう言うイレブンの横にヴィヴィットが立つ。

「イレブン、セレンから情報を受け取って」

 ヴィヴィットは彼女の武器である棍棒を組み立て、イレブンの前に立つ。

 イレブンはヴィヴィットに意見を言おうかと迷ったが、それよりも彼女の意見を聞き入れた方が良いと判断し、頷いた。

「......了解しました」

 イレブンはすぐにセレンの下へ行く。ロアルネはすぐにイレブンへ向かっていったが、ヴィヴィットは棍棒でそれを防いだ。

「イレブン、これを」

 セレンは身体をずらして画面をイレブンへ見せる。そこには地下への扉がロックされているという事が書かれている。

「ここの鍵は、ここに映るって事は電子ロックなんだと思う。イレブン、解除できるか?」

「...恐らく。...って、別にセレンも出来るでしょう?」

 どうして私だけ、とイレブンが口を挟もうとした時、セレンはゆっくりと黒の兎面を外した。それを床に置いて、イレブンと目を合わせた。

「僕達は行かない。イレブン、君が、他の四人を導いて。僕達はあくまでもローレンス・ファミリーをぶっ潰すのが目的で、ゴードンとかレッドとかまでは関係ないからね。...僕達が協力するのは、ここまでだ」

「何言って...」

「カミラの意思だ。昨日、そう話したんだよ。君達には伝えてなかったけどね」

 彼は軽くウインクして、それから足元にあった非常口を強く叩いて押し開けた。どうやら鍵を破壊して開けたようである。

「ここから外に出て。ハカナやカミラ嬢が外の敵は排除してる...ってまぁ、今の君には関係無いかもしれないけど。ここから出て、エルリックさんやキナンくん達と合流して案内してあげて」

「セレン...。まさかとは思うけど、貴方達...」

「ほら、話してる暇はないよ。姐さんを助けないといけないからさ、僕」

 セレンに強引に腕を引かれる。イレブンはじいっとセレンの目を見る。その目は決意に満ちた目をしていた。

 その目を、イレブンは知っている。

「ねぇ、セレン。......?」

 イレブンの問いかけにセレンはにっこりと笑う。その優しい微笑みに、イレブンは何も言い返せなかった。

「分かった」

 イレブンはすぐにしゃがんで非常口の中へ入る。使われていなかったのであろう、かなり埃っぽく汚れている。勿論、アンドロイドである彼女にとって、汚れは払えば落ちるものであるし、埃は吸い込んだところで害にはならない。

 イレブンの身体が全て中に入ったところで、セレンはすぐに戸を閉めた。イレブンは一人険しい顔つきをしてから、ひたすらに暗い通路を這って行った。


 セレンは肩の力を抜くように息を吐き出し、それから髪の毛を掻き乱した。

「イレブンってばぁ...賢いんだから」

 セレンはすぐに立ちあがると、一気に駆け出してロアルネとヴィヴィットの間に割って入る。

「おやおや、一人逃がしただけでよろしいのですかね?」

「うるっさいなぁ、爺さん。僕らは、あんたを殺すよ」

 セレンはそう言って腰のポーチから、一つの手榴弾を取り出して見せた。見せかけではなく、本物であるとロアルネはすぐに気付いた。素早くヴィヴィットとセレンから離れて顔を顰める。

「...どういうつもりですかな?」

「さぁ、どういうつもりでしょうね。でも、私達だってちゃんと理解しているつもりなのよ?自分達の実力という物をね」

 ヴィヴィットはウインクして、まだ線を抜いていない手榴弾をセレンから受け取った。


 ローレンス・ファミリーとレミリット・ファミリーは戦い、そしてお互いが相討ちの様な形で抗争は終了した。しかし、被害は明らかにレミリット・ファミリーの方が多かったのだ。

 レミリット・ファミリーではボスも幹部も全て死に、残ったのは数人だけ。一方のローレンス・ファミリーは、ボスも幹部そのものも三人とも生き残っている。この戦いが始まった時点で、そもそも勝ち目というものは極めて薄かったのだ。

 だが、彼らが声を掛けてくれなければ、戦いを挑む事すらなかった。それにはとても感謝している。


「...だからこそ、私達は――確実に一人一人を仕留めるわよ」

「その為の手榴弾、というわけですか。しかし、良いのですかな?君達がここで死んで、あの甘ったれたレミリットは、立ち直れなくなるのではないのですかね?」

 ロアルネの意見は最もである。しかし、ヴィヴィットもセレンも、その言葉には小さな微笑みを浮かべるだけだった。

「ロアルネさん、実はこの手榴弾はさ、姐さんがつくった逸品ものでね、大体この部屋を吹き飛ばすくらいの威力を持ってるんだよね」

 セレンは小さく笑いながら、ロアルネへそう言う。更に、彼は出入り口である唯一の扉を指差した。

「そんで、そこの扉はロック済みだし、外に出ても防火シャッターを下ろしたから爆発から逃げるのは不可能だよ?」

「そ、そんな事をすればお前達は勿論、他の奴らも巻き込むが──、もう心中するという事か?」

「いいえ、心中なんてしないわ?仮にこの部屋から燃え移っても大丈夫だからそうする。それだけの話よ」

 ヴィヴィットの目は本気であった。

 ロアルネは踵を返して、すぐに扉を蹴破った。木製の扉はすぐに吹き飛び、壁に叩きつけられる。

 セレンの言っていた通り、防火シャッターは通路を塞ぐように閉じている。

 この廊下には窓がない。ゴードンが、マスコミなどによる情報漏洩を気にした結果、この廊下には窓そのものを付けないという事になっていたからだ。

 若きロアルネ青年ならば、何とか扉を開けられたかもしれないが、今の老いた身体では不可能だ。足を痛めるだけで終わりとなる。

 足掻いたところで、彼らの言う通り逃げ道など存在していなかった。

「ッ」

 ロアルネはすぐにヴィヴィットとセレンの元へ駆け出した。彼女の持つ手榴弾を、彼女らを殺して回収すれば、あとはシステムをいじって防火シャッターを開けてしまえばいいだけなのだ。

「........うふふ、残念」

 ヴィヴィットは優しい慈悲の笑みを浮かべながら、手榴弾のピンを歯で噛んで抜き取った。ピッと小さな音が鳴ったかと思うと、微かに手榴弾が振動をし始める。

 セレンもヴィヴィットにならって、それよりも威力が小さい物として渡されていた小型手榴弾を手に持ち、同じような動作で開ける。

「や、ッやめ、やめろッ!!」

 ロアルネの言葉に二人は特に耳も貸さず、お互いに見合っていた。

「えと、じゃあまた機会があれば?って感じでいいのかな?」

「ええ、いいわよ」

 二人はポンと手榴弾を上に投げる。


 それらは綺麗な放物線を描いて飛び上がり──、床に落ちた瞬間にカッと閃光と爆音を放った。

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