命を奪う、ということ
「...まさか、あんたが来るとはッス......」
ハカナは苦々しい顔をして、すぐに拳を構える。エルリックは変わらぬ涼しい顔のまま、バルシィ・ローレンスを見る。だが、彼が見ているのは、エルリックだった。
「お前が........、〈切裂魔〉か」
「だったら、何だよ」
エルリックは意味深に言葉を吐くバルシィに辟易した様子で、ナイフをゆっくりと持ち上げた。ポタリ、と先から赤い雫が地面へ零れ落ちる。
「お前達が俺を止められると思っているのか。弱小レミリット・ファミリーの右腕の男と指名手配後僅か数ヶ月で捕まって〈大監獄〉に収監された男」
彼はくつくつと押し殺したような笑みを零し、それからしっしと手で二人を払う。
「さっさと帰れ。お前達など殺す価値もない人間だ」
「おいおい、これを見て言ってんのかよ」
エルリックは周りの惨劇を見せびらかすように、両手を大きく広げて見せた。
周りにはハカナの拳とエルリックの凶刃によって、気絶あるいは死んだ人間が転がっている。
バルシィはそれを見ても特に顔色を変える事は無かった。
「こいつらにお前達が止められるとは、最初から計算していない。幹部以外の奴等は単なる数合わせだ」
バルシィはそう言うと、メリケンサックを嵌めた手を振るい、エルリックにその拳の先を向けた。
「まずはお前からだ、〈
分かりやすく殺意の込められた挑発に、エルリックはにたりと口角を上げて笑う。
「おいおい...、舐められたもんだなぁ」
エルリックもぐい、と顎を伝っていた汗の雫を拭い、ナイフの切っ先をバルシィの拳に向ける。
その時、二人の間にハカナが割って入った。
「あ?どういうつもりだ、小僧」
「ハカナ、てめぇ」
「考えてくださいッス、エルリックさん。貴方の時間や体力を使うのは、こんな雑魚相手じゃないッスよ!」
ハカナの言葉にエルリックもバルシィも目を大きく見開いた。
「ほう...、お前程度の人間が俺に勝てると?お前はそう思っているという事か?」
バルシィの身体から徐々に殺気が放たれ始める。常人であれば、それを向けられた時点で失神してしまうだろう。だが、ハカナは少し唾を飲み干しただけで、拳をぐっと握り締めた。
その時だった。エルリックはくつくつと押し殺したような笑い声を溢し始め、それからケタケタと大声で笑い始めた。
「...へぇ。......俺も随分――舐められたもんだな」
そう言ったエルリックは、血濡れたナイフの切っ先をハカナへ向けた。
ハカナはぎょっと目を丸くして、口元に薄笑いを貼り付けてエルリックと目を合わせる。
「今は仲間割れしてる場合じゃねッスよ!」
「俺はお前らを仲間と思った事なんてねぇよ。協力相手だ、とは思ってっけど。それだけだ。その気になりゃあ、お前らを殺してもいい」
黄色い瞳はギラギラと水を得た魚のように煌めき、くつくつと笑い声を溢す口は歪に歪んでいた。
「......あんた」
「いいか?俺はなぁ、自分の好きなようにやるんだよ。お前が勝つ負けるとか勝手に想像してんじゃねぇ」
エルリックは苛立っていた。
バルシィにガキ扱いを受け、加えてハカナからは「戦力外通告」に近い宣言をされたのだ。ハカナが「雑魚」だとバルシィの事を表したにも関わらず、そんな「雑魚」相手に手間取るから早く逃げろ、など。
そう言われれば、いくらあのエルリックでも殺人鬼としてのプライドというものが多少なりともあるので、舐められてイライラするのだ。
普通の人間なら、一歩引いて状況を省みるだろう。しかし、エルリックにはそれだけの能力がない。
子どもっぽい理由でしかないが、「イライラするから」という事すらも、彼にとっては重大な殺しを正当化する為の理由なのだ。
「ッ頼むッス!」
「ったくよぉ、お前そんなに言うなら──、お前が俺をどうにかして見せろよ」
エルリックは笑みもナイフを背けぬまま、ハカナを挑発するように切っ先を上下させて見せた。
ハカナは目を丸くする。まさかここまで息を合わせる事が不可能だとは想定していなかった。
しかもこの状況下、言えばエルリックに喧嘩を売られている事になる。これを断るという事は、それだけの器でしかない事の証明にも繋がってしまう。
ハカナはバルシィを見る。
まるで全てが計算の内だと言わんばかりの、そんな余裕ぶった笑みだった。
「ッくそ........!」
ハカナは悪態つくように舌打ちをかますと、とんとんと地面を軽く蹴って、エルリックともバルシィとも距離を離す。
「聞いてくれないなら、全員を倒すしかなさそッスね........」
「ふん、最初からそうすれば分かりやすかったんだ。無駄によく分からん寸劇はもういいのか?」
「全員ぶっ殺せばいいんだろ。簡単だな」
バルシィもハカナもエルリックも。全員の目が鋭く相手を見つめ、その視線だけで殺そうとしている。
誰も何も動こうとはしない。頭の先から足の先まで。夜風だけが、三人の髪の毛をさらっていく。
その時、風が吹いて力を失くした死体の手がゆっくりと地面に落ちて乾いた音を鳴らした。
その音と同時に、三人は輪の中心へ向かって一気に駆け出す。そして三つの拳が同時に重なり合い、空気と共に相手の骨を粉砕しようとする。
その時に生じた、肌を震わすほどの凄まじい衝撃により、ほぼ同じタイミングで、三人の身体は弾けるように後退し、再び距離が離れた。
これは、僅か数秒で起こった出来事である。
「っははは!どうやらこれで片方はやる気になったようだな!さぁもっともっと、欲望を見せてみろ」
バルシィはこれから起こるであろう狂乱に対して、期待を込めた目で二人を見て舌舐めずりをする。
「ッ...カミラ、俺は、あんたの計画を狂わせたりなんかしないッスから!!」
ハカナは自身を支える中枢でもあるレミリット・ファミリーとカミラを思い浮かべ、拳を思い切り握った。
「ッ殺してやるよ!」
エルリックはこれからの殺戮劇に心を震わせながら、ナイフの柄をしっかりと握り締める。
三つ巴の戦いが今、始まった。
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