生きる意味を模索して

 シャルティエはカミラを抱き抱えて投げ、何とかディアンサの攻撃を躱す。半ばカミラを放り投げるようなやり方ではあったが、そうでもしないと避けきれなかった。

「カミラさん!」

「大丈夫!」

「あらあら、よそ見して良いのですねぇ。良い御身分だこと」

 ふっとディアンサが笑みを見せ、蹴りかかる。シャルティエはそれをナイフをずらして靴の踵部分を引っかけて、器用に弾き返す。

「なかなか上手いのね。...面白い子」

「ッ勝手に言ってなよ」

 シャルティエは眉を寄せながら、一気に間合いを詰めてディアンサの腹部を狙う。

 他人より持久力を持ち合わせていないシャルティエが彼女に勝つには確実な一撃必殺、つまり一撃ですぐに仕留めなければいけない。

 カミラはハカナやヴィヴィットの影響が強く、護身程度の術しか身につけていないこの状況では、シャルティエの力が勝つ為の全てだ。

 無意識の内に、空いている片手で胸の中心を握り締めていた。

「シャルティエ!」

「カミラさんは下がってて!貴方がやられたら、態勢が持たない!」

 ディアンサの足を受け止めているナイフから、ギギギと悲鳴にも似た金属音が鳴る。

 シャルティエは顔を顰め、それからナイフで足蹴を弾いて、腰からミニガンを取り出すと肩に発砲した。それは彼女の頬を掠めただけで、意味をなさない。

「チッ」

「あらあら、淑女レディが舌打ちするのは感心しないですねぇ」

 ディアンサはひゅっと風を裂くような音を鳴らしながら、蹴りが放たれる。それはシャルティエの腕に当たり、ゴキリと嫌な音が身の内に響いた。

 折れた。間違いなく。

「シャルティエ!私だって...、私だって...!」

 カミラはぐっと奥歯を噛み締め、ディアンサに向かって拳を振るう。

 だが、それはあっさりと受け止められてしまう。ディアンサは小さく笑って、カミラの腹部に拳を叩き込んだ。そのままカミラは床に崩れてしまう。

「ッカミラさん!」

「けほっ、げほげほっ」

「本当にマフィアの娘ですか?弱すぎるのですが。...あぁ、舐めていらっしゃるのなら、遠慮せずとも構いません。私ども、ローレンス・ファミリー幹部を務める程度の腕前はありますゆえ」

 シャルティエは使い物になる方の手にナイフを握り締め、それからその手を持ち上げて構える。それを見てディアンサの目が微かに輝く。

「その目、ようやく命を賭ける意味を...、本気の殺し合いをしてくださるのですので。嬉しい限りです。私、人造人間サイボーグだという話を聞いてから、ずっと拳を交えてみたいと思っていました。アンドロイドに劣る弱者的存在を木っ端微塵に叩き潰す。...良いでしょう?ゾクゾクしませんか?」

「...性格は最悪ですね」

 シャルティエはぐっと手に力を入れ、足を僅かに動かす。

 その時だった。真横から何かが飛んできてディアンサに当たって二つの身体が屋上のフェンスに叩きつけられる。

「ッ...?」

「大丈夫、シャル」

 シャルティエはフラウに抱き抱えられ、キナンが二人の目の前に立つ。

「おせぇんだよ、バーカ」

 ケッとキナンは吐き捨てるように言い、近くに転がっていたカミラを回収する。

「ごめん、キナン、フラウ......」

「シャルが無事ならそれで。腕、折ってるよね。痛い、よね...」

 フラウがおたおたとしていると、団子状態になっていた二つの身体からユティアの方が起き上がる。

 ディアンサを壁としてフェンスにぶつける事で、彼女の身体の損傷と気絶を犠牲として一人だけ無傷で助かったらしい。彼はケロッとした顔で、四人を見る。そして、にこりと笑った。

「流石、だね。とっても楽しくなりそうで、俺ぞくぞくしてる。...その足が、君の改造部分なんだね?」

「俺の意思で改造したみたいに言うな。...これは、俺の意思じゃない」

「なら、いらないんじゃないかな?」

 ユティアがそう言うと、キナンの目の前に一気に間合いを詰めていた。姿勢は低く、今にも足の一本をもぎ取るかのように手を伸ばしてきていた。

 キナンはすぐに足を使って間合いを引き離し、それから近くに転がっていた警備員の警棒をユティアへ投げつける。彼はそれを簡単に手で受け止めた。

「...あは、普通の人間みたいな行動をするんだね。人間じゃないくせに」

 キナン、フラウ、シャルティエの顔色が変化する。


 ユティアと最初に拳に交えた時にも吐かれた言葉。

 そんな事、本人達が一番よく分かっている事なのだ。

 自分達がとっくに「人間」という括りから外れ、かといって「人造人間サイボーグ」という括りに入るほど完全な改造を施されているわけでもない。何物にも区別されない、宙に浮いたような存在。


「黙りなさい、ユティア・ロンド」

 黙りこくっている三人の誰か、ではなく、カミラが口を開いた。痛そうに腹を押さえ顔を顰めながら、ユティアを睨みつける。

「彼らは確かに学問的には人ではないかもしれない。でも、......私達に比べればずっと人間よ」

 カミラの言葉にユティアは目を丸くして、それから大声を上げて笑い始める。

「っははははは、最ッ高!カミラ・レミリット!君の言葉は最高だ!この硝煙と殺戮と血の世界で生きて来て、......俺はそんな言葉を聞きたかったのか。成程な」

 ひぃひぃと腹を押さえて涙を拭い、それから四人へ向き直る。それから拳を突き出した。

「なー、カミラ・レミリット。一騎打ちの勝負というのはどうだ?」

 唐突な申し出に、語り掛けられたカミラは勿論、キナン達も目を丸くしている。

 圧倒的な暴力。彼の実力ならば、恐らく四人を殺す事など容易いだろう。だが、今の彼の雰囲気からはそれは感じられなかった。

「何を、するつもり?」

「簡単。ローディア・ルーレットだ」

 彼はそう言うと、近くで転がっている警備員の腰から護衛用の拳銃を抜き取ると、弾を全て撃った。それから予備の弾丸を二つ詰めて、カミラへ微笑みかける。

「暗黒時代前のとある国に存在していたゲームなんだけどさ、ルールは簡単。この拳銃の弾倉を拳銃を持ってる奴が回して、自分の頭に当てて引き金を引くゲームだ。確率は三分の一。早くゲームを済ませないと、他の駒や俺の友達なんかにこの素晴らしい舞台を荒らされるかもしれないからな」

「っ、カミラさん、止めておいた方がいい!確実な勝てる方法とは言えないよ!別の、もっと安全な」

「フラウ、少し黙っていて」

 カミラはピシャリとそう言い、それから目の前のユティアをじいっと見上げる。

「........貴方は生きる意味を見失っている。硝煙と殺戮の中で、生きる意味を見出そうとしている。この世界から抜け出す為に、死に近い場所を選んでいる」

「...きっと、そうだろうな。俺の人生なんて、結局家族を焼き殺されたあの日から終わってんのさ。だから、いつかきっと見つけてくれる、って思った」

 彼は笑っている。だが、それは口元だけで目はちっとも笑っていなかった。

 カミラは眉を寄せたまま、手を差し出した。

「その勝負、受けます。マフィアのボスたるもの、どんな喧嘩も買うのが筋。買った以上は負ける事は許されない。...我が父からの教えです」

「ッカミラさ、」

「もしこれで死んだら、私はそこまででしょう。運の無い、喧嘩も買えないような臆病者は、ファミリーを作り上げたところで寝首を搔かれて死ぬだろうから」

 恐らく、ユティアはどれほどの器を持つ者なのかを試している。カミラはそう思った。そして同時に、自分と似たような存在であると、親近感に近いものを感じていた。

 カミラもまた、ファミリーの大半が死んだ時に、彼と似たような思考を持ち合わせていたから。それを引き止めてくれたのは、ハカナとヴィヴィットであったが、彼には引き止める人間でいなかったのだろう。

 カミラは一度深呼吸をして、それからユティアへ微笑みかける。

 ユティアは僅かに顔の表情を崩したが、すぐに飄々とした笑みを貼り付けた。

 二人の間だけで、目だけでやり取りが行なわれる。

「それじゃあ、始めようか。カミラ・レミリット」

「えぇ、ユティア・ロンド。私が貴方を──救済します」

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