夜空色の瞳と黒兎
「あー、...本当に大丈夫なんッスよね...?」
「さぁ?でも、信用して乗ってんのこっちだからね。やるしかないよ」
セレンはきゅっと黒いキャップを深くかぶり、肌に酷く残る火傷痕を隠すようにした。
ハカナとセレンは、アズリナ経由で渡された市営放送局の雑用スタッフの服装を着て潜入している。
「......それにしても、新人アイドルってだけで、こんなにも警備付くんスね。凄い」
「ま、あの三人はあのプロデューサーさんのお気に入りなわけだし...。当然っちゃ当然なんじゃない?ほら、ハカナ」
セレンは機材を持って、ハカナは静かに頷いて辺りを見回しながらセレンの機材運びを手伝うスタッフとして歩く。そして運び入れる目的の部屋へ二人は辿り着く。
「しっつれいしまーす」
セレンが中の人間に元気よく声を掛け、一時的にハカナへ視線が向くのを阻止する。機材の裏でハカナは後ろ手に鍵をしっかりと閉める。これで中でなにがあったとしても、外側の人間が来るまでに時間を要する事となる。そもそもここら一帯は防音完備なので、多少騒がれたとしても問題ないだろう。廊下から扉に嵌められているガラスで見られる可能性があるので、それだけが心配だ。
「あー...、えっと、何?」
「アズリナさんにここへ持ってこいって頼まれたんですー。中身は僕達もよく知らないんですけど...」
新人なので、とセレンは付け足しながら、ハカナへ指で軽く合図を送る。ハカナはそれを見て小さく頷いて、セレンがスタッフと繋いでいた話を今度は彼自身が繋ぐ。
「それにしても凄い機材ばっかッスね。俺、こういうの志望なんで、いつか先輩方みたいになりたいッス...!」
ハカナはちらりと視線を動かして、人数を確認する。五人。多いのか少ないのかは分からない。
「そうか!いやあ、やる気のある新人だなぁ...」
「その話はいい。......それは、俺達もそれに関しては聞かされていないからな。ちょっとアズリナさんに連絡しに行って来る」
音響スタッフの一人が席を立ち、出入り口の方へ向かっていく。そのすぐ手前で扉への道を塞ぐ為にセレンが立ち塞がる。彼が不審げな顔をした瞬間、セレンは顎めがけて一気に蹴り上げる。
かぐっ、と口から奇妙な音がして男の身体が後ろに吹っ飛ぶ。それを見たハカナが近くに居た男の鳩尾に鋭く拳を叩き込み、よろめいたその身体を掴んで別の人間にひょいと投げる。ソファに二つの身体が沈む。
「な、何だッ!?」
「あー...、もう騒がないでよう。僕らも穏便に話を進めたいんだよね」
セレンは動いてずれた帽子を深くかぶり直し、それから残り二人に対して口角を上げる。
「ここ、設備の良い防音施設だよね。...........この意味、二人になら分かるんじゃないかなぁ?」
くつくつと愉し気に笑い、それからまた指を軽く振るった。それを見たハカナは一瞬で間合いを詰めて、首を強く叩く。そして足を振り上げてから、腹部を蹴り飛ばした。
五人全員を沈黙させて、ハカナはふぅと息を吐き出した。セレンはパチパチと拍手を打つ。
「さっすが、ハカナー!」
「...何、その言い方。馬鹿にしてるッスか?」
「褒めてるに決まってるじゃん。やっぱ、格闘術くらい簡単にやっといた方がいいかな?僕の、
セレンはそう言いながら、機材と称して運び込んだ中から隠しておいた縄を取り出して、近場の人間から縛り上げていく。ハカナはそれを手伝って更にセレンの作業を彼が行なっていく。
「ハカナ?」
「セレンはハッキングして。俺がここはやっとくから。メドが付き次第俺に行ってくれッス。姐さんに連絡するッスから」
「あー、はいはい。りょうかーい」
セレンは間延びした声で応じ、それから機材の中から一台の小さめの携帯端末を取り出す。それのコネクトを繋ぎ合わせ、パチパチとキーボードを叩きながらシステムに入って行く。
「...そこまで難しくないね。十五分。姐さんに伝えといて。それから、ハカナ外の確認」
「分かってッスよ」
ハカナはスタッフの拘束作業をすべて終え、それからポケットから黒い四角の通信機を取り出してから、それにイヤフォンをぷすっと差す。そして簡単に操作をして別場所で待機しているヴィヴィットの方へ連絡を繋ぐ。
「姐さん。こちら、ハカナッス」
『連絡するって事は、首尾は上々ね。どこまで進んでる?』
「セレンの説明だと十五分程度だそうッス。ここの制圧はひとまず完了。後は怪しまれないように振る舞うだけッス。んで、そっちはどうッスか?」
『今は使われていない倉庫で待機中。エルリックくんがちょっと作業服が動きにくいって文句を言ってるだけで、そこまで作戦に支障を来す事は起こっていないわ』
『文句じゃねーよッ!』
ヴィヴィットの声を掻き消す程、エルリックの声がハカナのイヤフォンに飛び込んできた。びりっと耳元が震え、思わずハカナは耳からイヤフォンを遠ざけた。すぐにヴィヴィットがそれを窘めるように言っている。
「と、とにかく、完全にシステムを掌握し次第また連絡するッス」
『了解。期待してるわ』
通信を切り終え、ハカナは扉近くに向かって歩き、怪しくない程度に外を確認する。特に騒ぎが起こっている事はなく、平凡そのものといった感じだ。
ハカナは機材の中に隠し入れていた携帯ラジオを取り出し、それの周波数を合わしていく。
キナン、フラウ、シャルティエの三人のアイドルデビューを発表するラジオは、特別番組として元々アリステラ市内のグルメを紹介する番組の一時間が充てられている。番組の中盤までにセレンがこのシステムを掌握しきれなければ、この計画そのものが破綻する。
時報が鳴り、可愛らしいポップ音が流れる。
『はい、今日も始まりました。アリステラ市営放送局とレックス・プロダクションのコラボレーション企画、アイドル0200。司会は私、ルーディシア・加賀峰がお送りいたします』
美しく腹の底に沈むような声の持ち主が、静かに番組の開始を告げる。
『今日は特別版、一年後にデビューする新人アイドル三人組のメンバーの皆さんに来ていただいています。それでは、簡単に自己紹介をお願いしますね』
『えと...、お、俺から。キナンです。えと、よろしく...?』
『初めまして、フラウといいます。よろしくお願いします』
『はーい、紅一点、シャルティエです!よろしくねー』
三者三様の挨拶が終わり、ルーディシアが話題転換としてどうしてアイドルになろうかと思ったのについてを訊ねる。
『えーと、オーディションがこの間ありまして。その時にプロデューサーさん?に私の声、褒めてもらって。そこからとんとん拍子に話が進んで行った感じですね』
シャルティエが丁寧に答える。オーディションにはフラウとシャルティエしか出ていなかったので、主にシャルティエがルーディシアからの質問に答え、フラウがそれに簡単に補足をしていくような形で話は進んで行く。
「ハカナ。出来た。姐さんに連絡」
「了解」
ラジオから通信機へと繋ぐのを切り替えて、ヴィヴィットの方へ変える。
「姐さん、大丈夫ッスか?」
『ええ、問題ないわ。そっちは準備出来たって事でいいのかしら?』
「あぁ、セレンがやってくれましたッス。完全掌握?か」
「多分。あとは
セレンは忙しなく手元を動かしながら、ハカナにそう言う。ハカナは適当に話を短くしてヴィヴィットに伝えた。
『成程ね。分かったわ。ある程度作戦時間に変更はあれど、問題なさそうね。
「はは...........、善処するッスよ」
ヴィヴィットの難題を軽く苦笑いを浮かべながら応じ、通信を切る。
「...セレン」
「分かってるよ。しばらく黙っててくれると嬉しいな。僕、そこまで頭の回転が速い方じゃないんだよね」
セレンはカチカチとひたすらに指を動かしキーボードを叩く。ハカナはその後ろ姿を見てから、再びガラスの向こうの廊下を観察する。
ゴードンへ、レッドへ、ローレンス・ファミリーへ。
高らかな宣戦布告の時は、徐々に近づきつつあった。
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