レミリット・ファミリー

 兎面の彼に連れられて、一同は食堂へ来た。確かに彼の言っていた通り、それなりに綺麗にされていた。

「ゆっくりして頂戴ね」

 ふふっと妖艶な女性は微笑んだ。

「...ありがとう、ございます。あの、その、あたし達、勘違いしてここに来て...」

「理由は後からちゃんと聞くわ。ハカナがお茶を用意するまで待ってて」

 イレブンの口を指で塞ぎ、彼女は静かに微笑んだままだった。

「ねね、僕君達に興味持っちゃった!どうして剣で切られても平気なのさ?」

 ぴょこぴょこと兎面の彼は、キナンやフラウ、シャルティエの周りを動き回る。

「自己紹介はハカナが帰って来てからね」

 その彼を窘めるように、金髪の少女は彼へそう言った。

「ほら、座って」

 促されるまま、部屋に置かれている席へ五人は座る。そこへお茶を淹れ終えたらしい男が、コップを持って来た。それを全員の前に置いてから、彼も席に着く。

 まず少女が口を付けた。

「...飲んで大丈夫ですよ。ここにあるティーポットは一つしかないので、皆同じポットから出来てます。カップにも仕込みはないですから、毒もありません」

 少女が口に出す言葉ではないセリフに、五人は目を丸くする。

「おやおやこれは、本当に知らなかったみたいだねぇ」

 くつくつと、兎面の彼は笑う。

「それじゃ、まずは自己紹介しましょ。私はカミラ・レミリット。よろしくね?」


「れみ、りっと.........っ?」

 ぽそりと、フラウが小さく呟いた。その声にシャルティエが気付く。テーブルの下に隠れているフラウの手が小刻みに震え出したのに気づき、シャルティエは他の面子に見えないよう、静かに彼の手の上に自らの手を重ねる。

 その手に気付き、フラウは取り乱しそうになった自身の心を抑える。


「ほら、次!ハカナ!」

「はいはい...。俺はハカナ・フィラデルド。カミラの御側付きとして、彼女が小さい頃――レミリット・ファミリーが在った頃から付いているッス」

 夜空色の瞳の青年は、静かに溜息を吐きながらそう言った。すると、その隣に座っていた兎面の彼が手を挙げる。

「じゃ、次僕ね!僕は、カミラがレミリット・ファミリーを復活させる為にってメンバー集めてて、面白そうだから参加した...、いわゆる新星だね!セレン・アーディッド、よろしくぅ!」

 表情は全く分からない彼は、指をピースの形にしてから軽く首を傾けた。

「私はヴィヴィット・カルト。このカルト邸の所有者よ。よろしくね?」

 妖艶な彼女はウィンクをしてそう言った。

 五人もそれぞれ簡単な挨拶を添えて自己紹介をした。

「それで、貴方達はどうしてここに来たの?私が渡しておいたメモを見て来た、っていうのは分かったけど」

 カミラの問いに、イレブンはエルリックの方を見た。彼の唇を噛んでいる様子を見て、イレブンが口を開いた。

 アイラが何者かによってか、あるいは不運の交通事故によって意識不明の重体になっている事。アイラを含め、エルリック達の目的を話した。ゴードンとレッドが「救世主プログラム」というものを生産しているアンドロイドに存在している事や、それによって人を洗脳して操作する事も彼女は口にした。

 カミラ達四人は、少なからずそれに驚いているようで、目を丸くしたり愉快そうに口元を歪めてりと反応様々に、その話に耳を傾けている。

「...そう、なんだ。恩人さん、...そう」

 カミラは寂しそうに目を伏せて、飴色の紅茶に視線を落とす。

「...へぇ、「救世主プログラム」ね。面白い事考えるじゃん」

 セレンはくすくすと笑う。それをハカナが窘めた。

「......でも、ゴードンにレッド...。これは面白い運命の導きね。そう思わない、ねぇお嬢?」

 ヴィヴィットの問いかけに、カミラは静かに頷いた。それに今度は五人が首を捻る。

 ハカナ、ヴィヴィット、セレンの顔がカミラに向く。彼女は静かに顔を上げた。


「私達は、ローレンス・ファミリーを壊滅させたいの。彼らはゴードンの配下になっていると、セレンが情報を入れてくれた」


「...抗争を、起こした、もう一つの、マフィア」

 フラウが微かに震えた声で呟いた。ぎゅっとシャルティエがフラウの手を握る。キナンもフラウの声の震えに気付き、反対側の手を何でもないように握り締めた。

「そう。私の父や仲間を殺した、彼らを。ローレンスも確かに深い痛手を負ったけれど、レミリットは殆ど全滅。それは、ゴードンが配下に下る事を条件に、レッドの作った高性能の武器を安価で譲り渡していたから。しかも一般人に手を出して...」

 カミラの声は厳かで、溢れ出る感情を抑え込もうとしているようだった。

「私としては、市長の座をゴードンによって奪われ、身に覚えのない借金に苦労して父親が自殺してるから、その恩を返す為にもカミラ達と手を組んでるわけよ」

 ヴィヴィットは不敵な笑みを浮かべて、エルリック達へ目配せした。

「.........ね、単刀直入に。私達と手を組んでくれない?」

 カミラはエルリックの目を見据えてそう言った。

「私達には、目的は違えど目標は一緒。なら手を組んで戦力を増した方がいい。そう思わない?」

 エルリックが何も答えない中、カミラはその黄色い瞳を僅かに揺らす。


 アイラの居ない今、彼らには目指すべき目的はない。

 エルリックはアイラを守るという契約の為に。

 イレブンはエミィとサフィを殺す原因を作った、ゴードンとレッドに一矢報いたい。

 キナン達は孤児院で殺されたシスターや子ども達、家族の為に。

 そんな五人を言葉と器量でまとめていたのが、アイラだったのだ。


「っ、俺は、俺は貴方達と協力できない...っ」

 沈黙の中、声を上げたのはフラウだった。

「フラウっ」

「カミラさんのお父さんが殺されたのは、仲間が殺されたのは...っ、辛いって分かるけど...。でも、っ俺だって、家族を失ったんだ!君達の抗争のせいでッ!」

 それは悲痛な叫び声だった。

 どれだけ願ったろうか。家族で囲む温かな食事を。両親の笑い声を、妹のはにかむ顔を。

 キナンとシャルティエと居れば、その痛みに目を背ける事が出来た。家族を壊した本当の当事者を倒すべく、その為にアイラをそそのかしてまで、ここにやって来たのだ。だが、やはり当事者を目の前にして感情を抑え込めるほど、フラウはまだ大人ではない。

「...........ッ、ごめんっ」

 フラウは一息にそれだけを言い、顔を下に向かせた。

 大人っぽくない。駄目だ、情けない。そんな思いがぐるぐると胸の中に巣食い始める。

「フラウ..........」


「...ごめんなさい。私達のせいで被害者が出ている事はよく知ってる」


 カミラはゆっくりと口を開いた。フラウはその言葉にぎりっと歯噛みする。

 謝って家族が帰ってくるわけではない。

「でも、私達は貴方の力が必要なの。...少しだけの間でいい。その後で、私を殺していいから」

 その発言に全員がカミラへ顔を向けた。カミラの瞳は揺るぎない。

「ッカミラ、勝手な発言は許さねッスよ!?」

「被害者が痛みを感じるなら、私は死ぬべきだわ。...私が愛したファミリーは悪を倒すだけのもの。光は警察が、闇はマフィアが。そうやって闇に蔓延る悪を倒す父さんが好きだった。光で生きる人を苦しめるマフィアなんて、必要ない」

「あはは!そういうところが好きなんだよねー、僕」

 こんな状況下で、セレンはケラケラと笑う。ハカナは小さく頭を抱え、ヴィヴィットはただ笑みを絶やさぬままだった。

 カミラはフラウから視線を離さない。


「お願い。力を貸して」


 ぐっ、とフラウは喉を詰まらせる。小刻みに震える手を、キナンとシャルティエが優しく握る。

「大丈夫。本気で嫌になったら、お前の分まで俺がやってやるから」

「私達が、支えるよ。家族だもん」

 ぶっきらぼうにキナンは言い、笑顔でシャルティエは言った。

 フラウは静かに息を吐き出して、それからゆっくりと首肯して席に腰を下ろした。

「それじゃ、作戦会議ね。どうやって、ゴードンとレッドの二人を落とすか!」

 ノリノリな様子で、彼女は高らかに宣言した。

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