住所の先へ
次の日。イレブンの作った朝食を摂り終えた一行は、各々の武器の手入れをした後に、全員で目的地である旧カルト邸へと向かった。
そこまでは徒歩では遠かったものの、タクシーでは全員が乗れないので、徒歩で郊外へと歩いて来た。
屋敷はとても大きかった。庭は手入れされていないものの昔の壮大さを窺わせ、煉瓦造りの建物はところどころ風化して崩れているようだったが、雨風は凌げるだろう。まだ人は住めそうであった。
「ここ、いるのかな?」
シャルティエはその建物を見上げる。
イレブンが黒塗りの門を押すと、ぎいと音を鳴らしてその門は開いた。
「中にいそうだな」
キナンは腰のナイフをグッと握る。エルリックは鋭い目つきで、窓の向こうに居るかもしれない人間を睨む。
ざくざくと草を踏む音が五つ。彼らは大きな茶色く褪せた扉の前へ立った。
「開きそう?」
「俺が開けてやるよ」
エルリックがゴキゴキと指の骨を鳴らし、ぐっと扉を押し開ける。ぎしぎしと音を立てて、ゆっくりと扉は開いて行く。
その時だった。
ざく、と草を踏む音がした。シャルティエはその音を聞き逃さず、後ろを振り向くと同時にミニガンを引き抜いた。
そしてパンッと発砲する。
「っシャル!?」
フラウが驚いた声を上げ、後ろを振り向く。他三人も遅れて振り向いた。
「ありゃりゃ、何でヘッドフォンしてる子が一番最初に気付くわけー?」
茂みから人間が出て来た。その顔には黒の兎面が付けられている。口がバツ印になっており、片方の目から涙を流しているデザインだ。身体つきから察するに恐らく男だ。身長はシャルティエよりは高いが、フラウよりは小さい。彼の腰には鎖の付いた長い剣が携えられている。
「君達、僕らの御屋敷になにか御用なんだよね?それならまずは僕を通してくれないと」
くつくつと彼は笑う。男というよりは少年に近い、声変わりしているのか不思議になる程、声はやや高めだ。
「お前...、誰だよ」
キナンが明らかに敵意を剥き出しにして、シャルティエの前に立った。
「んんー、秘密かな!そそ、秘密!ヒ・ミツだよ!」
ケラケラと愉快に笑う彼の様子に、確実にキナンの怒りは上がっていた。それを尻目に、フラウはエルリックとイレブンを指で突く。
「エルリックさん、イレブン...。先へ。ここは俺達で何とか防いでみる」
エルリックとイレブンは顔を見合わせて、それから開いた扉から中へと入って行った。
「あーあー、こりゃ姐さんに怒られるなぁ...」
彼はそうぼやきながら、腰の剣を抜いた。銀色の刃がギラリと光る。
「あっははは!」
笑い声を上げながら、兎面の人間はキナンへ切りかかって来た。キナンの前に素早くフラウが周り左腕でその攻撃を防いだ。ギィンという鈍い音と共に服が裂ける。兎面の腕が僅かに動き、彼はすぐにフラウから離れた。
「......へぇ、どういう身体の構造してるの?もしかして、人じゃない?悪魔?化け物?」
「人じゃないのは確かだな」
兎面は剣を持ち直し、それからかくんと首を傾けた。
「楽しそうだね。凄く、面白そうだ」
素早い動きで再び兎面は近付いて来る。だが、速さではキナンも負けてはいない。すぐにその速さに追いつき、フラウとシャルティエへ襲い掛かろうとしている兎面の剣をナイフで弾いた。
シャルティエはその隙にミニガンを構えて、引き金を引いた。目の部分に穴が開いているわけでもないのに、兎面は首を反らして弾丸を躱した。
「っ!?」
シャルティエは面食らうがすぐに平静を取り戻し、フラウを守るようにナイフを今度は手に持った。
「あー、もう。...セレン、何してるの?」
その時、妖艶さを窺わせる女性のゆったりとした声がその場に響いた。
「貴方、は......」
エルリックとイレブンは屋敷の中に入る。中は埃っぽく、あちこちがボロボロだ。人の足音は全く聞こえてこない。
外から発砲音が聞こえてきた。
「大丈夫かしら」
イレブンは心配そうに後ろの方を見る。が、エルリックの方は特に気にも止めず、ずかずかと中へ入って行こうとする。
「っエル、待って!」
イレブンは急いでエルリックの後を追う。その時、エルリックの背後に二階へと続く階段の上に人がいるのが見えた。彼はこちらへ拳銃を向けている。
「っエル!」
イレブンは急いで駆けて、彼の事を押し倒した。エルリックは目を丸くし、しかし外から聞こえてきている銃声とはまた違う銃声と、カンと鳴った音がエルリックの耳に入った。
「ってめ、」
エルリックはすぐに起き上がり、イレブンを自身の背中に隠して階段上の人間を睨む。
身長はフラウとほぼ同じくらいだろう。カラスの羽根のように黒い髪色に、夜空色の双眸は鋭くエルリックを睨んでいる。銃口を反らす事なく、ふんと鼻を鳴らした。
「...いくら弱っているとはいえ、レミリット・ファミリーをそんな少人数で倒せると思われてるなんて、心外ッスねぇ」
彼の声は落ち着いている。
「れみりっと...?ンだよ、それ...。よく分かんねぇけど、お前らがアイラを殺そうとしたのか...っ?」
エルリックは首を捻りながら、ナイフを構えて男を睨む。イレブンはエルリックの背中の合間から彼の顔を見た。
その顔には、どこか見覚えがあった。
「.........クラウン・ド・ティアラで出会った、カジノ、の人?」
髪の感じはやや違う気がするが、夜空色の瞳や口調には聞き覚えがあった。その言葉を聞いて、男は訝し気にエルリックの後ろのイレブンへようやく視線を移した。しばらく顔を見てから、ハッとしたような顔になった。
「あー...、あれだ!カジノで会った女の子っ!シューティングやってた男のコ見てた子ッスね」
「あ?イレブン、知り合いか?」
エルリックはイレブンの方を向く。知り合い程度に当たるかどうかも分からないが、一応顔は知っている。イレブンは曖昧に頷いておいた。
イレブンはエルリックの前に立った。
「...貴方が、アイラを、殺そうとしたの?」
「アイラ?誰ッスか?」
男は普通に首を捻り、知らないと口にした。エルリックには白々しいように見えてしょうがないが、イレブンは彼が嘘を吐いているように思えなかった。
恐らく本当に知らない。
その時、後ろの扉が開いた。
そこには先程見た黒兎の面の男と、妖艶な雰囲気を纏う女性が立っていた。そしてその後ろから三人がついてきた。
「お前ら...!」
「フラウくんの知り合いなんだって、このお姉さん」
シャルティエがそう言って、茶髪の女性を指差した。
彼女はぴったりとした黒いライダースーツのようなものに身を包み、その美しいプロポーションを見せつけ、細い腰に赤い布を巻いている。その腰には黒兎の面の彼と似た剣が二本、交差して差してあった。
「ハカナ、この子よ。私に勝った男の子っていうのは」
彼女はそう言って、後ろに居たフラウの肩をとんと叩いた。
「姐さんに勝った...、へぇ、案外普通の人ッスね」
ハカナ、と呼ばれた男は、拳銃を元の場所へ戻して、階段の手すりを使って滑り降りた。
「どうやら、俺らの勘違いみたいッスね、セレン」
「もー。僕はハカナみたいに気配が薄くないんだから、大変だったんだよ...。足音立てないようにするの」
兎面の彼はムッとしたような声を出し、ハカナは苦笑いをして彼を宥める。
そこへ、
「ハカナ、ヴィヴィット、セレン。侵入者の話はどうなったの?」
一人の少女が現れた。
金髪の毛先を桃色に染めており、緑の瞳は冷静に階下の様子を眺めている。可愛らしいワンピースを着ており、清楚な少女の印象を受ける。
彼女の登場に気付いたハカナは、彼女へ声を掛ける。
「カミラ、アイラって人と会ったッスか?」
「アイラ...?いつの話?」
ハカナの問いに、カミラと呼ばれた少女は階段を降りてくる。
「カジノ、ッスね。多分、俺の予想が当たってなければ」
「アイラ...、アイラ...........。...茶髪の女の人?」
少女の問いにイレブンが頷いた。
「うん、会ってる。迷子になってたの助けてもらって、その人に困ったら助けになるように住所書いた紙を渡したの」
その言葉にエルリックとイレブンはハッとした顔になり、イレブンはポケットから焦げたメモを彼女へ見せた。
「うん!これ」
「なーんだ。カミラ嬢の蒔いた種かぁ」
兎面は呆れたように腕を頭の後ろで組み、溜息交じりにそう言った。
「...何で、その人じゃなくて貴方達が持ってるの?」
少女の問いにエルリックとイレブンは言葉を詰まらせた。
てっきりアイラを貶めた犯人の痕跡かと思ったというのに、全て振出しに戻ってしまったように感じる。
その空気を感じ取ったのか、妖艶な女性は二人の肩を叩いた。
「ま、立ち話もなんだし、少しお茶でも飲みながら話しましょう。...どうやら簡単なお話じゃないみたいだしね?」
彼女はウインクしてそう言い、「セレンは連れて来て、ハカナはお茶とお嬢を」と簡単に指示を出してから、すたすたと歩いて行った。ハカナは静かに頷いて少女の手を引いて妖艶な彼女の後ろを追う。
兎面の彼は肩を竦めた。
「ついて来て。皆が行った先に食堂があるんだ。そこは僕ら集まりで使ってるから、ここよりは綺麗だよ」
すたすたと歩く兎面の後ろを、五人はついて行った。
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