またいつか、出会えたなら
アイラとエルリックは、イレブンたちの居る場所へ戻って来た。
サフィは折れた足をものともせずに必死の形相で戦っているヴァイオレットと、彼女の攻撃を受け流しながらとどめの一撃を狙っているサフィが、未だ拳を交わしている。
「あのくそ女...!」
「あの子、戦闘型アンドロイドなのに、あの人をすぐに殺せてない。やっぱり
「あぁ?なんだそれ」
「
「はーん」
エルリックは生返事を返し、ナイフをグッと握った。
「なら、こうすりゃいいな」
とんと、エルリックは地面を蹴り、ヴァイオレットとサフィの間に割って入った。二人の目が大きく見開かれる。
「お前...!」
ヴァイオレットの目がかっと見開かれる。エルリックはナイフで拳銃の先を反らし、胸の中心をナイフで穿った。
鮮血が、傷口の下から滴り落ちる。
「っぐ......、お前、......そうか、アイラ・レインが...っ」
ヴァイオレットは怒りに震える唇で、言葉を紡いだ。にやりと口角を上げる。
「お前は...、無価値な人間だ。死ね...っ!死んでしまえ!お前も、アイラ・レインも!何もかも!」
「うるせーよ」
エルリックはそう言って、ヴァイオレットの上に馬乗りになり、彼女を睨み下ろす。
「お前、俺の事は言葉より文字が信じられるって言ったな。...おい、アイラ」
エルリックはアイラの方へ向いて、アイラは小さく首を傾けた。
「俺の言葉と、俺の事を書いた紙。どっちが真実だ」
それはアイラの真実と嘘を見抜く瞳を信用した、〈大監獄〉の頃からの付き合いであるエルリックだからこその言葉だった。
アイラはその真意を汲み取って、静かに頷いた。
「私は、人の言葉を信じる。人の言葉にしか、真実はないから」
記者であるアイラだからこその言葉だった。
ヴァイオレットの瞳が、苛烈に燃えた。エルリックはにんまりと笑い、彼女の喉にナイフの切っ先を押し当てた。
「っはは、だとよ!お前は俺を言い負かせたかと思ってるかもしれねぇが、残念ながらそういう訳に行かなかったなぁ?」
エルリックはくっと口角を上げて、ナイフを振り上げた。
「ああああああああああああ!!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、お前ら全員、」
「死ねってうるせぇんだよ、くそ女」
彼の振り上げたナイフは、ヴァイオレットの白く細い首を一閃した。喋っていたせいだろうか、その喉からは勢いよく血が噴き出し、エルリックの素肌を赤く染めあげていく。
アイラは小さく呟いた。
「〈
それは消え入りそうな、小さな声で。しかし、はっきりと深みを持った声だった。
エルリックは血に汚れたナイフをヴァイオレットの服で拭い取り、それから元の位置に戻した。
その時、けたたましいサイレンの音が辺りに響き渡り始めた。
「あぁ?!んだよっ!」
「っそうか、自爆装置っ」
サフィが眉を寄せてそう言った。
あまりの急展開に、アイラとエルリックはサフィの方を見た。
「ここの事を知った人間を消す為だ。僕らごとね。でも、終わったわけじゃない」
エミィは冷静にそう言い、イレブンをアイラへ渡した。
「エミィ?」
「ルディ。これを」
エミィはイレブンの手に小さなチップを握らせた。その握った手を上から優しく包み込む。
「これ、は」
「
「っ二人は?!」
「...僕らはここでお別れだ。ここは自爆装置が作動すると出力電源も落ちる仕組みになってる。どこの窓も扉も開かなくなる。でも、僕らはハッキングが出来る」
「僕らは、お前らをここから逃がす。その為に監視室に向かう」
「嫌だ...、やだよ.....。二人共、死んじゃうじゃない」
イレブンはふるふると首を振るい、二人の腕を掴もうと手を伸ばそうとした。しかしそれより早く、二人の身体が離れる。
「...大丈夫。君は新しい
「そういうこった」
だって、でも、とイレブンの口からは小さく零れる。しかしそれ以上の言葉が上手く出てこなかった。
最近こんな事ばかりである。
「おい、さっさと行けよ。火の手は地下から上がってる。そろそろ爆発音がでかくなり始める。玄関の方へ向かうんだ。そっちが一番火の手の回りが遅くなる。僕達はそちらを開ける」
サフィはしっしっと手で追い払う。エミィは苦笑いを浮かべているが、その行動を否定する事は無かった。
「っアイラさん、エルリックさん。イレブンの事、よろしくお願いします。いい姉だけど、寂しがり屋だから」
「泣かせたらゆるさねーからな」
エミィとサフィはアイラとエルリックへそう言った。
「ルディ、ほら、行って?」
「行けよ、姉さん。我が儘な姉さんが上に居るなら、大概弟も我が儘なんだよ。もうこれ以上ここで長話は出来ねぇ」
エミィとサフィは三人の横を通り過ぎ、入って来た扉の方へ足を向けて歩いて行く。
イレブンはぐっと歯を食いしばり、それからひきつったような笑顔を見せた。くるりと振り返り、二人の背中へ大声で叫んだ。
「また、ね!」
エミィは足を止め、サフィは目を大きく見開いた。
「また、また会おうね...!」
エミィとサフィはお互いに顔を見合わせて、それから監視室の方へと走って行った。
「おい、行くぞ」
「イレブン」
「うん」
エルリックを先頭にし、アイラとイレブンがその後ろを追うような形で玄関の方へと向かう。
「...酷い顔だぜ、エミィ」
「人の事言えないよ、サフィ」
サフィは人じゃねぇから、と返す。エミィはゆっくりと肩の力を抜くように深呼吸をし、監視室の扉へ手を掛ける。
「ったく、どうなってるんだよ?!何で急に爆発が起こってんだ!?」
「窓開かないねぇ。こりゃ、死ぬかな」
「そんな呑気に言ってる暇ないでしょ!どうするの?!」
その時、アンドロイド制御室から、三人の少年少女が出て来た。エミィとサフィの知っているレトゥとレティ兄妹ではない。
「おい、お前達!玄関へ向かえ!」
「え、誰?!っていうか、アンドロイドだ、エメラルドモデルと...、あれかな、イレブンが言ってたサファイアモデル!」
「イレブンを知ってるのか?」
サフィが三人へ訊ねると、三人は頷いた。
「って、二人はイレブンを知ってるの?って事はアイラさんとエルリックさんの事も?」
「いいから!玄関へ向かえ。そこは火の手がまだ来ていないっ」
サフィが声を荒げてそう言うと、三人は閉口してエミィとサフィの間を通り抜けて、玄関の方へ向かっていった。
「ありがとう!エミィくん、サフィくん!」
フラウの背におぶられたシャルティエがそう言う。エミィとサフィが声を上げるより早く、三人は曲がり角を曲がって行った。
「あいつら...」
「イレブンの知り合いだったのかもね」
二人は監視室の中に入り、工場内の制御を兼ねている機械の前へ座る。
「それにしても、姉さんは無茶苦茶言うよなぁ。魂のない僕らに、輪廻転生しろって言ってるようなもんだろ、あれ」
「そうだね。僕らの性格データはプログラムと学習プログラムの双方で構成されてるから。魂の概念はないけど...、もし宿ってたらいいよね」
魂のあるものが生まれ変わる事が出来る。
古来より言われている、迷信の一つのようなものだ。
アンドロイドには魂というものは存在していない。つまり、生まれ変わるというような事はない。
「かといって、この状況じゃ生き残れないしなぁ」
「うん、無理だね」
ここから玄関の制御をした後に、玄関まで走って抜け出すというのは可能ではない。そもそもここから出る時点では、目の前は火の海になっているだろう。
「姉さんのお願い、叶えられそうにないな」
「そうだね、許してもらえるかな」
「許すだろ。あいつ、僕らには甘いからな」
ケタケタとサフィは笑う。炎の熱が開いている扉から入ってき、サフィはその熱でかいている汗を拭う。
「なぁ、エミィ」
「うん?」
「お前がいてくれて助かったよ、ありがとな」
「......僕の方こそ、ありがとう。サフィ」
レティは、目の前で目を閉じて彼女の頬に手を添えている愛しい兄の顔を見た。
優しい笑顔で、割れ物を扱うようにそっと置かれている。彼の胸は大きな穴が開いており、黒い液体がだらだらと流れている。
レティも同じだ。たまたま意識が戻ったが、またすぐ消えるだろう。
周りが熱い。めらめらと、兄やレティと瞳の色と同じ色の炎が燃え盛っている。その熱で溶けたものが床に落ちている。
「に...、さ......ま」
彼は何も答えない。それでもよかった。聞いていてくれているだけで、それだけでよかったのだ。
レトゥと同じく、彼女も彼の頬に刻まれている黒十字をなぞる。
「私......にいさま、と、いっしょ......で、しあわせ......でした......」
工場が、大きな音を立てて天井を落とした。
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