生きる意味、新たな道
ごうごうと音を立てて、炎は天高く空に向かって燃えている。
「...もう少し遅かったら、燃え死んでたな」
キナンは窓の外から見える光景を見ながら、小さく呟いた。
工場から逃げ出した六人は、近くの廃アパートへ駆け込み、そのアパートの一室を陣取った。
ほどなくして、消防車と警察車両がやって来て、工場の消火活動を行なっている。先程よりも炎の勢いは収まっており、まだまだ時間はかかりそうだがとりあえずは他の住宅地に広がる事はないだろう。
キナンとフラウは薄汚れた窓から、工場の方へ目を配り、シャルティエは壁にもたれかかって目を閉じて休息を取っている。エルリックは埃の積もっていた毛布を払い、上半身を覆っている。
アイラは膝を抱えているイレブンの肩を優しく撫でていた。
「...イレブン」
アイラはイレブンへ優しく声を掛ける。それだけしか出来なかった。
最愛の人と別れる辛さを、アイラは知っている。しかし、それに対する思いは人によって違う事もまた、アイラはよく知っていた。
「ねぇ、アイラ」
「ん?」
イレブンの顔が上がる。その瞳は落ち込んでなどいなかった。決意に満ちた瞳をしている。
その目はエミィの渡したチップを見ている。
「あたしは、二人の意思を引き継ぐ。ここで、こうやって俯いてるの、二人は望んでないと思う」
イレブンはチップをアイラへ手渡した。
「え」
「あたしの頭の後ろ、差し込んでもらっていい?」
「差し込み口あるの?!」
衝撃の事実にアイラは目を白黒させる。が、イレブンからチップを受け取ってしまった以上はやらねばならない。
イレブンが髪の毛を掻き上げて首元を露わにし、アイラはその首の後ろに隠されていた小さな差込口に触れる。
そうっと触れたせいだろうか、イレブンはくすぐったそうに身をよじった。
「あ、アイラ...」
「ご、ごめんイレブン」
アイラはすぐにそこを開けて、中にチップを差し込んだ。少し彼女は呻いたが、すぐに背筋がピンと伸びる。
「.........中央アリステラね。...これ、ルーレットの音がするわ。恐らくカジノ...ね」
「アリステラにカジノはないよ」
アイラはイレブンの言葉を否定する。
そもそもこのアリステラ市のあるエヴァンテ公国には、カジノのような賭博場は作ってはいけない法令が存在している。許されているのは、国営の物だけで、それは首都であるヴァレントにしか存在していない。
アリステラにはないのだ。
「...あー、もしかして、あれじゃない、キナン」
フラウが思い当たる節があるように声を出した。キナンも静かに頷く。
「結構俺達のお客さんに居るんだ。カジノでお金をすったって言う人。違法カジノだから、文句を言いにも行けないって」
どうやら真面目に働いている人間ばかりが、エレーノ劇場に足を運んでいるわけではないらしい。
「えーと、どこだっけ。名前...」
「俺、覚えない」
「クラウン・ド・ティアラ。カジノなのに長い名前だったから覚えてる」
シャルティエが口を開けて答えた。瞳は閉じたままだが、息は大分落ち着いている。発作は収まっているらしい。
「王冠の名前、だね。中央アリステラにそんな場所が」
「普通の人は知らないよ。結構やばいみたいだし」
やばい、というフラウの言葉に、アイラは首を捻る。
「麻薬とか、そういう話だろ」
エルリックの言葉に躊躇いがちにフラウは頷いた。確かにそういう所なら、受け渡しにも便利だろう。
中央アリステラは治安は比較的に良い方だが、数年前にはフラウの家族が巻き込まれたような、二大勢力のマフィアが争っていたような時期もある。彼らはその後取り押さえられたり、相討ちになったという話が飛び交っているが、詳しい話はアイラもよく知らない。
まだ生き残りの残党がいてもおかしくないだろう。
「そうね、そこに次は行きましょう。そうすれば、レッドに会えるかもしれない」
レッドという言葉にキナンもフラウも、シャルティエも顔を上げた。
その目は、ギラギラとしたものを持っている。
イレブンの首からチップを抜き取り、それをイレブンの手に握らせる。
「アイラ、行きましょう。あたしが支えるわ。勿論、エルもね」
イレブンが布団にくるまっているエルリックの方へ目を向ける。エルリックはブスっとした顔のまま、
「まずは服買ってくれ」
そう言った。
「俺らもついて行くよ」
「だな」
「そうだね」
キナンとフラウとシャルティエも口々にそう言い、その視線をアイラの方へ向ける。
アイラは静かに頷き返した。
「行こう、皆で」
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