胸を穿つはたった一つの思い

 ナイフと剣が何度も触れ合い、お互いの刃を突き返す。

 シャルティエは体勢を整え、グッと胸の中央辺りを押さえた。弱い身体には限界が近いようで息は上がり始めているが、まだ身体は動かせる程度である。

「...もう無理?」

 シャルティエの様子に、レティは口角を上げて剣を振り上げる。シャルティエは何度か深く呼吸をして、それからレティに負けぬほど口角を吊り上げた。

「無理なわけないじゃん」

 強がりだと、自分でも自覚している。しかし、ここで倒れてしまっては、フラウの期待に応えられない。

 優しく、拳銃の上をなぞる。

 まだ時ではない。

「よそ見しないで」

 レティの冷ややかな声に、シャルティエはハッとして、思い切り身体を下へ落とした。頭上を剣が通り過ぎたかと思ったが、すぐにシャルティエの頭の上に叩き落としてこようとする。

 彼女は小さく目を細めて、素早く後ろに下がった。

「っはは...、随分焦ってるみたいだね...。お兄様が、気になるの?」

 煽るようなその口振りに、静かな橙色の瞳に炎が灯る。

「ふざけた事を...!」

 レティは剣を先程よりも早く振るう。最初は躱していたシャルティエだったが、だんだんと身体を動かすのがきつくなってき、ナイフで弾き返し始める。

「裏切者!死んで!死んでよ!」

 レティは声を荒げる。それは自身の身体全体を使って、シャルティエの心を震わせる。

 だがそれだけだ。

 シャルティエの動きは止められないし、レティの憎しみも収まらない。

 何故なら、それはもう既に過去の出来事でしかないのだから。戦いの始まった時点でもう、手遅れなのだ。

「私は、死なないよ。死ねない、キナンの為にもフラウの為にも。君達の為にも!」

 その言葉を聞いた瞬間、剣を振り上げていたレティの動きが止まった。まるで時が止まったかのように、ぴたりと静止している。

 シャルティエは何もしていない。魔女ではないし、他国にいるという能力者でもない。石を投げれば当たるような一般人の一人でしかない。

 ならば何故。彼女は固まっているのだ。

「............しゃる、てぃえ.........」

「へ?」

 レティの橙色の目が、驚愕の色をしていた。まるで、何故ここに居るのかといった顔だった。

「何で、...私......、剣......?黒い、液体......?シャルティエ達は、私達の事を知らせてくれる為に.........」

「っ!君、記憶...!」

 彼女は自身の身体を何度も見ている。

 そこでシャルティエは、イレブンの言っていたバックデータという言葉を思い出していた。

 レトゥは人工知能に性格データを移したと言っていた。そこにはつまり、バックデータというものが存在し、ヴァイオレットはそれを書き換えたのではないのだろうか。

 そして今。何らかの衝撃によりバックデータが蘇ったのだろうか。

「どう、なってるの...?兄様、兄様は...?」

 レティは何度も首を右往左往する。そのおどおどとした様子は、幼い頃に見かけていたレティと重なって見えた。

「レティ...君...」

「......あぁ、そっか......」

 彼女は何度か手を握り締めて、それから静かに頷いた。そして己の首に手を添えた。あまりにも流れるような所作に、シャルティエは目を丸くする。

「君、なにしてっ」

「私を、殺して。シャルティ、エ」

 レティの白い首に、ぐっと彼女の指が食い込んでいっている。しかし機械部分までは砕けないようで、異様にへこみがおかしい箇所がある。

「私が、人間であれるように......、兄様もお願い」

 つうっと、レティの黒十字の描かれた頬に涙が伝った。だが、彼女は笑ったままだ。

「レティ......、君は」


 シャルティエが口を開くより早く、レティの首からゆるりと手が離れた。彼女の肩は何度も上下に動き、額に汗をかいている。

「何、で、私が死のうとしてるの...?私は...、何で首を......」

 どうやら先程の記憶はないらしい。シャルティエは眉を寄せて、静かにナイフを持ち上げた。

「お前は、レティじゃない...」

「何を言ってるの?私はレティでしょ、目までおかしくなったのかしら?」

 彼女は不敵に笑う。シャルティエは顔を顰めて、レティの懐へ入りこんだ。先程まで首を絞めていた余韻か、レティの動きは僅かに遅い。

 シャルティエはレティの脇腹にナイフの先を突き立てた。

 が、それは機械の身体には突き刺さらなかった。

 レティはその間にシャルティエの身体を持ち上げて、ブンと放り投げた。元々身体の細いシャルティエはあっさりと投げ飛ばされてしまう。


 すぐに起き上がろうとしたが、その瞬間嫌な音が耳元で鳴った。


 どくり、と。心臓が嫌な音を鳴らした。呼吸がどんどん荒くなり、息が苦しくなり始める。ぐっと胸元を押さえ気を楽にしようとするが、一度始まってしまったものは急に止める事は出来ない。

 発作が起こってしまっている。

 シャルティエの身体の様子に、レティは不思議そうに首を傾げたがすぐににこりと微笑んだ。

「...苦しいんですか?」

「っは......はぁ、別に......っ」

 何とか身体を起こし、ナイフを持ち上げた。レティは微笑んだまま、剣をシャルティエの首を薙ぐように持ち替えている。そしてゆっくりとシャルティエへ近付いて行った。

 シャルティエは震える指で、ナイフをレティへ投げつけた。それはレティの剣によって払われて、かつんと床に音を立てて落ちた。仮にシャルティエが這って行ったとしても、それを奪い取る事は出来ないだろう。そんな動きをした時点で殺されてしまう。

 身体を正常に戻す為の薬を飲んでいる時間もない。加えて、薬を飲んだとしても特効性はない。


 シャルティエはミニガンを腰から抜き取り、レティの頬や身体に数発撃ちこんでいく。服が破れて黒い体液が噴くが、彼女はケロッとした様子である。

「そんな武器で倒れると思ってるの?」

 レティはふわっと微笑んで、シャルティエの首へ剣の刃を添えた。

「言い残す言葉は?」

「私のセリフ。......言い残す言葉はない?レティ?」

 息を整えミニガンを向けたまま、シャルティエは静かな声色でそう言った。レティ眉間に皺を寄せ、そのままシャルティエの首に刃を滑らせる。


 その手前、皮一枚が切られたのと同時にシャルティエはレティの胸の中心を穿った。

 凄まじい発砲音が轟き、レティの身体もシャルティエの身体も飛ぶ。

「あぐ......っ」

 シャルティエは床で強く背中を撃つ。大きな発砲音でシャルティエの耳がびりびりと震える。レティは自身の熱い胸元を触る。そこからは夥しい黒い体液が噴いている。

 そこは丁度、彼女のコアがある部分であった。

「な、......どうして...、穴が、あく、はずが.........」


「鋼鉄の弾丸。フラウが、用意したんだ」

 びりびりと衝撃で震える両腕など気にもせずに、シャルティエはほくそ笑んでいた。

 レティはごぽりと口から黒い液体を床へ落とし、その場に膝をついて倒れた。

「.........ふぅ、でも......歩けないな...」

 熱はなく、ただ息をするのが苦しい。自分の身体だというのに、上手く自分の身体を操作する事が出来ない。

 シャルティエは完全に沈黙し、その場に倒れ込んで動かないレティを確認して、ミニガンの銃口を床へと下ろした。

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