手を離したくない
若い女と少女が暗い廊下を走っていた。
女は茶髪のボブカットに銀縁眼鏡、その奥の双眸は青い。少女は肩までの茶髪に紅の瞳をしていた。
「...イレブン」
若い女―アイラ・レインは、不安そうな声色で少女の見た目をしたアンドロイド―イレブンへ声を掛けた。
彼女は特に気にした様子もなく、静かにアイラの方を見上げた。
「大丈夫よ。あたしは、必ず生きるから」
イレブンはにやりと笑って、目の前の扉を勢いよく開けた。
そこにはにんまりと妖艶に微笑む女と、その横に立つ二人の男がいた。
女は微笑んだまま、長い黒髪の所々を紫に染めた髪の毛を搔き上げた。濃い紫色の瞳は鋭い。布の面積が少ない黒革で作られた服で全身を包んでいる。豊満な胸を窮屈そうに服に収め、腰はくびれており、尻は美しい曲線を描いていた。
女性ならば憧れる程の、美しいプロポーションである。
白髪に緑色の瞳をした男と黒髪に青色の瞳をした男は、無表情で女の横に立っており、ボロボロの白い服に身を包んでいる。顔は良く整っており、それはモデルのような顔立ちだった。
イレブンの瞳が鋭く細められた。
「また来たのね、クズ。学習能力が欠如しているのかしら?あたしに暴言を吐いたように?」
女―ヴァイオレット・ローは、イレブンを冷ややかに見下ろした。しかしイレブンは前のように取り乱す事なく、ただ彼女を見つめていた。
その変化にヴァイオレットは眉を寄せた。
「何、その目?あたしはお前の
「あたしは貴方のアンドロイドじゃない」
きっぱりと、イレブンはそう言った。ヴァイオレットから目を反らす事なく、凛とした声で。
「あたしの
イレブンの言葉にヴァイオレットは目を丸くして、それからケタケタと愉快そうに笑った。
「お前は本当にゴミね。使えないどうしようもない、不良品。所詮お前はあたしから逃げられないのよ」
「逃げる気なんてないわ」
イレブンはふんと鼻を鳴らして、アイラの前に一歩進み出る。
「貴方を踏み越えて、行く」
イレブンの答えに、ヴァイオレットは更に笑い始め、そして瞬時に真顔になった。
「ならやってみなさいよ、ゴミ」
勢いよくヴァイオレットの腕が空を切る。それを合図に脇にいた男の見た目をしたアンドロイドが動く。
イレブンは目を細めた。白髪に緑の瞳のアンドロイド―護衛型アンドロイドエメラルドモデル。彼を押さえるのは恐らく、比較的容易だとイレブンは踏んでいる。語彙型は人間もアンドロイドも傷つける事は出来ない。あくまでも拘束のみだ。
しかし厄介なのは、黒髪に青い瞳のアンドロイド―戦闘型アンドロイドサファイアモデルである。彼らは人を殺す事に躊躇いがない。
が、やらなければならない。
アイラを守るという事を、エルリックと約束したのだから。
「アイラ!」
「何?!」
「あたし一人じゃ何も出来ない。アイラ、協力して欲しいの」
「...私に出来る事なら何でもするよ、イレブン」
アイラはにこりと笑う。その手にはここへ来る前にキナンから渡されていた拳銃が握られている。
「エミィとサフィ二人を止めるのは、無理だわ。どちらか片方ずつじゃないと厳しい。先にサフィの動きを止める。アイラはあたしがサフィを止めるまで、エミィの気を引いておいてくれない?」
「分かった!」
アイラはそう言って、エミィとイレブンが呼ぶ白髪のアンドロイドの方へ足を向けた。彼もアイラに狙いを定めたようで、アイラが足を向けた方向に同じように足を向けた。
それを確認したイレブンは目の前に迫っていた、彼女がサフィと呼ぶ黒髪のアンドロイドへ微笑んだ。
「助けるよ。あたしが貴方達のお姉ちゃんだもん」
イレブンはその言葉と同時に、痛覚機能をオフにした。
アイラはエミィへ銃口を向ける。そして引き金を引いた。それは彼の頬に掠り、白肌に黒い体液を滲ませた。
痛んだのか顔が顰められたが、すぐに無表情に戻る。恐らくイレブンと同じように痛覚機能をオフにする事が出来るのだろう。
「...私は、行かなきゃいけないんだ!エルの元に!」
更に二回、アイラはエミィへ発砲した。しかし今度は手の平で受け止められてしまう。痛みがない分、そういった非常識な行動を取ってしまうのだろう。
アイラは残りの弾丸の数を頭の中で数えながら、じりじりと詰まって行く距離を早歩きで後ろに下がりながら離していく。
その間にイレブンはサフィの腕を掴もうと、間合いをどんどんと詰めていく。その動きをおかしいとサフィは認識したのか、イレブンがある程度間合いを詰めると素早く離す。イレブンの足ではその速さには追い付けない。
基礎能力が違うのだ。これを埋める事は、自らを作り直すしかない。
イレブンはぎりっと歯噛みする。どうすればいい。どうしたらいい。どうしたら、彼らを救えるのだろうか。
「救いたい、助けたい...」
半分壊れた己の力を振り絞り、
「これで、...どうよ!」
イレブンは一気に間合いを詰め寄り、サフィが離れようとする手前に、腕をぐっと掴んだ。
それと同時に一瞬だけ強い電流をサフィに流し込む。痛覚機能をオフにするより早かった故に、サフィの動きが停止してしまう。
それを見て、イレブンはアイラの方へ顔を向けた。
「アイラ!こっちに!」
イレブンの声に小さく頷いて、アイラは拳銃で足元や腕辺りを撃ちながら、イレブンの方へ走って行く。
「アイラ!」
「イレブン!」
イレブンの身体の下を滑るように行き、スピードを殺せなかったエミィはイレブン
とサフィにぶつかる。それに乗じてイレブンはエミィの腕を掴む。
「あたしは好きだから。エミィもサフィも、傷つけられない。ゴミでもクズでも、あたしを認めてくれた貴方達だから!」
しかし、拘束力が弱かったのか、エミィとサフィを掴んでいた手が離れてしまう。サフィはすぐにイレブンの腕を掴み、腹を思い切り殴った。
イレブンの口から空気の洩れる音が零れた。
「っイレブン!」
アイラが叫ぶ。
イレブンは消えそうになった意識を繋ぎ止め、顔を顰めながらもエミィとサフィの腕に縋るように掴んだ。
「...エミィとサフィが壊されたなら、何度だって起こして見せる!あたしは二人のお姉ちゃんだもん!」
イレブンがびりっと体内の機能を動かす為に用いられる電気を放電する。それをエミィとサフィへ流し出す。断続的だったそれは、徐々に連続的になっていく。
この刺激で二人のバックデータを起こそうと、イレブンは目論んだのだ。
「う、ぐぐ......」
その間にも、エミィとサフィは弱弱しいながらもイレブンの身体を殴っている。思わずアイラは手助けしようと手を伸ばした。
「っ触んないでアイラ!普通の人間は感電死よ!!」
アイラの伸ばそうとしていた手を制し、イレブンは更に強く二人の腕を掴んだ。肌のスキンは電気の熱によって焼け、下の機械部分まで見え始める。今にも意識は飛んで行ってしまいそうだ。
もし痛覚機能をオフにするという事が出来なければ、すぐにイレブンは意識を飛ばしているだろう。
それでもこの手を離す気にはなれなかった。
「起こして見せる...っ!それがあたしの使命だ!」
「無駄よ!上書きした時点でもう、クズの言ってるエミィだとかサフィもないって言ってるでしょ?!」
ヴァイオレットは高笑いをして、ばっと手を下ろした。
「殺せ、お前ら」
「......っお願い...目を覚まして......」
びりびりと鼓膜を電気の音が震わせる。
とうとうイレブンの意識が途切れかけてき始めた。イレブンの意識は嫌だと言っているが、身体がもちそうにない。
ふわりと身体の浮く感覚に、イレブンはギュッと目を閉じた。ぐ、っと今度は逆にイレブンの腕が強く掴まれた。
もう無理、なのだろうか。
「......エミィ...、サフィ.........」
イレブンの意識はかくんと落ちた。
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