その剣は決意の為に
北アリステラ地区にあるアンドロイド工場の一室。この場所で製造されているアンドロイドの命綱でもある黒塗りの機械が置かれた部屋に、二人の少年少女がいた。
二人は顔も恰好もよく似ていた。性差による顔付きの違いと、かぶっているシルクハットに付いた飾りは違うものの、二人は似通っている。
お互いの橙色の瞳がお互いの顔を見合い、身体を抱き締め合って、くすくすと微笑み合う。それは恋人同士の甘い時間を過ごしているように思える。
実際は血縁関係のある兄妹であるのだが。
「兄様、兄様...」
兄様、と呼ぶ少女は、縋るように少年の胸に顔を埋め、すりよった。少年はそんな少女の背中を優しく叩く。
茶髪の少年―レトゥ・タランディは、双子の最愛の妹である少女―レティ・タランディと顔を見合わせる。
「夜が怖いかい、レティ?それとも暗闇が怖い?」
「ううん、兄様。私は兄様がいなくなる事が怖いですわ。それ以外の事は全く怖くないですわ」
レティはそう言う。彼はその言葉に満足そうに微笑んだ。
その時、ピピと電子音が鳴った。二人は座っているソファの下を見る。彼らの足元には、二つの無線機が無造作に転がっている。
これが鳴ったという事は、ここに侵入者がやって来たという事だ。それはつまりこの平穏の日々が崩れるという事を示している。
「あの裏切者か...」
すぐに誰なのか算段を付けたレトゥは、静かに溜息を吐く。ソファから降りてそのすぐ横に置いていた剣を手に取り、腰に拳銃を装備する。レティも兄と同じく剣と拳銃を装備する。
「レティ...、必ず守るからね」
「えぇ、兄様。私も貴方をお守りしますわ」
三人の人影は未だ使用期限の過ぎていないIDカードを用いて工場内に入った。
一人は黒髪の一部を赤く染めた青年。赤色の瞳は道の先を鋭く見据え、すらりとした背丈と身体付きは、頼りなく見えてしまうが実際は一番タフなのが彼である。
一人は黒髪の、顔立ちが良く整った美青年。やや垂れ目がちな紫の瞳は今は鋭く細めらている。鎖骨が、否下手したら胸元辺りまで見えそうなシャツを着ており、すらりとした足を強調させるようなパンツを履いていた。
一人は灰色の髪の毛の毛先を全て切り揃えた少女。紫に赤い線の入ったヘッドフォンを付けたており、緑色の瞳は大きくほんの僅かにつり上がっているように見える。
前回行ったアンドロイド制御室―レトゥとレティのいたあの場所へ足を向けた。
「行くぞ」
黒髪の一部を赤く染めた青年―キナン・トーリヤは二人へそう言った。黒髪の美青年―フラウ・シュレインとヘッドフォンをした―シャルティエ・クゴットは静かに頷く。キナンは扉に手を当てて、それからその扉を勢いよく蹴破った。
「君達...、懲りないねぇ...。今回は注意されてないから、殺すよ?」
黒塗りの機械の目の前に、剣を携えた二人が立っていた。
レトゥは剣をゆっくりと持ち上げ、目を細めてキナンやフラウ、シャルティエへ狙いを定める。
「何度来たって結果は変わらないよ。君等は地を這いつくばる運命なんだよ」
「まだ決まったわけじゃないだろ?」
キナンはにやりと笑って見せた。
ここに攻め込みアンドロイドや二人を壊すまでの策はあれど、壊すに至るまでの明確な策はない。ただ正面から真っ直ぐにぶつかるだけだ。しかし、心理戦は否応なく存在している。
レトゥは眉を寄せて、足をゆっくりと開いて態勢を整える。レティも腰の剣に手を伸ばした。
キナンが小さく手を動かした。それを合図としその瞬間、レティの目の前にシャルティエが踊り出る。
レティはシャルティエのナイフを剣の刀身で素早く弾き、シャルティエの軽い身体を勢いよく飛ばす。そしてちらりとレトゥの目を見た。レトゥは何も言わなかった。
レティはシャルティエの転がって行った方へ駆けて行った。
追いかけないキナンとフラウを見て、レトゥは不思議そうに首を傾げた。
「...いいの?シャルティエを一人にしてさ。身体の弱いシャルティエちゃんは、レティに負けて死んじゃうんじゃない?」
二人を煽るような口振りをしたが、キナンもフラウも彼女を追いかける事はしなかった。
「大丈夫。シャルは平気だよ。信じなきゃいけないんだ」
フラウは静かに息を吐き出して、ゆっくりと左腕を持ち上げた。その手にはキナンやシャルティエが扱っているナイフと同じものを握っている。
緊張した顔をしているフラウを見て、キナンはぽんとフラウの頭を叩いた。フラウはレトゥから顔を反らして彼の方を見上げた。
「あくまでも護身用だ。俺が守ってやる。安心しとけ」
「分かってる」
キナンはフラウを庇うような体勢を取り、それを見てレトゥは口角を上げる。
「...やってあげる。負ける気はないよ」
「俺らのセリフだ、それ...!」
レトゥの初動のない動きに、キナンはナイフを斜に構えて、それを受け止めた。
シャルティエは転がった身体をすぐに起こし、風のような速さで突っ込んできたレティを躱す。
「っ...危なっ......」
シャルティエはずれたヘッドフォンの位置を正し、ナイフを構え直す。
「兄様に手を掛けようとする者は許さない。私達の時間は、奪わせない」
「そりゃ私もそうだよ。キナンやフラウとの時間は失いたくない。...ま、二人が生きてくれるなら、死んでもいいとは思うけどね」
レティはシャルティエの喉に狙いを付けていた。彼女はそれでもにこにこと笑っている。
「意味の無い死より、意味ある死を。二人の為なら喜んでこの身体を使うさ」
「なら、私と兄様の為に死んでいただけませんか?」
レティはひゅうっと空気を裂いて、シャルティエの喉めがけて力強く振るう。
シャルティエの笑顔は崩れない。はっきりと口を開いた。
「私は、君等の為には、死ねないね」
シャルティエはすっと身体を下に落とし、頭上をレティの剣が通過する。シャルティエはナイフをレティの手に向けて滑らせる。
レティの手の甲から黒い液体が噴く。やはり人の形ではもうなくなっているらしい。
「ねぇ、レティ!人じゃなくなった気分はどう?!」
シャルティエは煽るようにレティへ声を掛けた。
「っ兄様と同じになれて!嬉しいですわ!」
「......私なら、舌噛んで死んでるね!」
二つの金属が激しく打ち鳴った。
「っ君達は馬鹿なのかな?俺は言ったよね?ここへ次来たら容赦なく殺す、って」
レトゥは剣と身体をぐるぐると使って、キナンはそれを足の速さを駆使しながら上手く躱していく。
「馬鹿かもな」
キナンは弾いて崩れたレトゥの僅かな隙に、ナイフを思い切り突く。しかしレトゥそのナイフの刀身を剣先で押さえる。
ぎちぎちと金属が擦れあう。
「でもな、やらなきゃいけない事があるんだ。その為に、今お前に負けてるわけには...、いかない!」
「っ裏切者!」
レトゥは声を荒げて、キナンのナイフを弾いた。キナンは間合いを開け、体勢を立て直す。フラウに傷は一つもついていない。それをキナンは小さく確認した。
「...何で、何で裏切者のお前達がのうのうと生きてて、...そんなに決意の籠った眼をしてるんだよ...。どうしてお前達が光の当たる場所に居て、俺達が暗がりの中にいなくちゃいけないんだ?...お前達が悪なんだ!悪だ!そうなんだ!ならなんで...、俺達はここにいなくちゃいけないんだ...?」
レトゥは頭を押さえて、静かにそう言う。それは彼の心の闇が吐露しているようだった。
「ごめん」
それに答えたのは、フラウだった。
「あそこに居た皆に、裏切者って言われてもしょうがないって思ってる。俺達は死にたくなくて勝手に逃げ出した訳だから。......それをレッドを殺す事で、許されるんじゃないかって、君達に出会うまでは思っていた。今まではそれに縋るしか生きる道がなかったんだ。責められてもおかしくないよ」
フラウはグッと拳を握り、俯いていた顔を上げた。
「でも!皆の無念を世間に知らせる事なくこのまま死ぬのは、俺には出来ない。君達の事を周りの人間に知ってもらいたいんだ!」
「......フラウ」
「っとってつけたような事を...」
フラウの紫の瞳は真剣そのものであった。
レトゥは小さく舌を打った。
「もう遅いんだよ。謝ったって、死んだ彼らの命は戻らないし、俺やレティの身体はこのままだ。...何をどう言って理由を付けたって、もう遅いんだよ!」
レトゥは一気にキナンの前へ現れる。一瞬面食いながらも、キナンはそれを受け止めた。
決意の宿る赤い瞳と、怒りに燃える橙色の瞳が、交錯し合う。
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