裏切り者達
ひゅうひゅうと古びたアパートの屋上に風が吹いている。
目的地である少し離れた工場の屋上に誰も居ない事を、キナンはオリエットから借りた双眼鏡で見ていた。
「もー、早く覚悟決めてよフラウ」
「二人共簡単に言うけどねぇ!怖いんだよ?!」
「いいからさっさとワイヤー伸ばせよ」
涙目で抗議するフラウの事など素知らぬ振りで、キナンもシャルティエもフラウに早くやれと急かす。
「早くしないと、困るのは私達じゃなくてアイラさん達なんだよ、フラウー?」
「っう」
頭ごなしに何か言っても駄目だという事に気付いたシャルティエは、精神攻撃へと言葉を変更した。人の良いフラウには、その言葉は効果覿面であるらしい。
先程よりも明らかに動揺が見られる。
「フラウ、腹くくれ」
「っうううう、わ、分かったよ!行けば、行けばいいんだろ?!」
もうやけくそになったようで、フラウは声を荒げてキナンの横に並び立った。そして、左腕を工場の手すりへ向ける。
しっかりと狙いを定めて、フラウは短く息を吐き出すと同時に左手の付け根をグッと押し込んだ。すると、ぽんっという音と共に手の甲から細長い銀のワイヤーが発出された。
それは見事に手すりに引っかかり、かちりとはまった。フラウが何度か強く引っ張って動かない事を確認し、唾を飲んだ。
「流石、フラウ!」
「シャル、先行くか?」
「いいよ、どうぞお先に。向こうで待ってる間に襲われたら、困るのは私だからさ」
キナンはこくりと頷いて、フラウの身体を抱いた。フラウは小さく身震いしつつも、勢いを付けて工場の方へと飛び出した。
「ひっ」
「声出すな、舌噛む」
大声を上げそうになるフラウに、余裕気な調子でキナンはそう言った。
びゅうびゅうと耳や身体を風が撫でる。屋上の床の淵にキナンは捕まると、そのまま腕の筋肉だけでするすると上って行った。
そして、涙目のフラウをそのままシャルティエのいるアパートの方へ飛ばされていった。
「よっ、と」
シャルティエの方も難なく工場の上へ辿り着き、フラウ一人がぜぇぜぇと息を荒くしていた。
「よし、次は排気口に潜入だ。んで、監視室に忍び込んで、職員を倒す。ここまでの流れで質問は?」
「私はないよ、フラウは?」
「......少しは俺を労って欲しい」
「うん、それは家に帰ってからね」
「質問は無し、だな」
キナンは屋上にあった排気口の金網を蹴り飛ばし、中の様子を見る。
細身の人一人が這いずって通れば通れなくもない大きさの穴だ。中に回る小型プロペラは見当たらない。
人間が通って点検するときに負担がないように、あらかじめ取り外してあるのかもしれない。
「俺から行く。シャル、フラウの後ろ頼む」
「えいさっさ」
「え、俺が後ろの方が」
「いいから!ほらっ」
疑念に思っているフラウの背中をシャルティエが押し、キナン、フラウ、シャルティエの順で排気口の中に入って行った。
薄暗い中を進んで行く。懐中電灯を手で持って移動は出来ないので、口にくわえて慎重に前へと進んで行っていた。
ロボットの回路を見る時に使う小さな懐中電灯を借りて来ておいてよかった、とキナンは一人心の中でそう思った。
静かに進む事数分。目的である監視室の排気口へ辿り着いた。
キナンは後ろ二人に「静止」の合図を出し、監視室の様子を金網の合間から覗き見る。
中には、二人の男しかいないようだ。
当然だろう。就業時間はとっくに過ぎ、そろそろ日付が変わろうとしている頃合いなのだ。普段から問題の起こる事のない場所であるならば、このような怠慢ともいえる業務形態は想定内であった。
「しょうがないか」
キナンは口の中でそう呟き、金網をガンと蹴り落す。派手な音に驚いている間にキナンは下へ降りた。
職員の一人が電話機へ手を伸ばす。フラウと共に降りて来たシャルティエが、すぐに勘付き、発砲した。
「ぐぁっ!?」
手を撃ち抜いた男へ、フラウは腕を掴んで背負い投げる。バンッと勢いよく打ち付けられ、男はあっという間に気を失ってしまう。
もう一人の男は、キナンがナイフで思い切り頭を殴りつけて、気絶させる。
僅か数分での鎮圧である。
「フラウ、シャル」
「こっちは任せて。キナンはハッキングを」
シャルティエはピンと持ってきておいた縄を、キナンの方へ見せた。相変わらずな彼女の態度にキナンは苦笑し、先程まで男の座っていた椅子に腰を落とし、牡丹の配置を確認していく。
「まずは、これだな」
カメラを一通り目で見る。まだ、どこにもアイラ達は映っていない。隠れているのだろう。それだけを確認して、監視カメラの電源を落とす。
次に、アンドロイド制御室と書かれている箇所のロックを解除する。ここからアンドロイドの制御を切り、ここで製造されている全てのアンドロイドのコアでもある集積回路集合体を消す。
コアは
これが上手い具合にされれば、ここの工場のエメラルドモデルは全てコアを作り変え入れ替えなければいけない。
他のアンドロイド工場がどういった形態で動いているのかは知らないが、ここではすべてが均一に働くように全てをパソコンで制御しているのだ。肉体の成長もコアの育成も、クリック一つで出来てしまう。
「...素晴らしい技術でもあり、弱点だよな」
キナンは全ての部屋のロックを解除しておき、後ろを振り返る。
縛り終えたらしい二人は、気絶している職員の顔に落書きをしていた。フラウは芸術性が高い落書きを、シャルティエはなかなか独特なセンスの物を描いていた。
緊張感がなさすぎる。キナンも人の事を言えたような態度を取っていないが。
「おい、行くぞ」
「んー、分かった」
シャルティエは満足げに鼻を鳴らし、ペンを男の胸ポケットに押し込んでいた。フラウもシャルティエと同じようにして、ペンを直した。
「次は?」
「アンドロイド制御室。俺達はここでアンドロイドを壊す。ある程度、だけどな」
「コアだけでしょ?とにかく進もう。向こうで戦ってるかもしれないし。その制御室ってとこでボタンを押せば、コアを破壊できるの?」
「正しく言えば、元々育てられていただけのコアの消去だな」
キナンはグッと背筋を伸ばし、扉の方へ足を向ける。
アンドロイド制御室は、監視室からほど遠くない場所に位置している。同じ職員で見回れるように、近場に作っているのかもしれない。
三人で辺りを警戒しつつ、アンドロイド制御室の扉を開ける。
「......っひくっ」
その時、幼い少女の鳴き声が聞こえて来た。三人は顔を見合わせる。
電気の点いていない薄暗い部屋で、声の主の姿を確認する事は出来ない。
「ゆ、幽霊...っ!?」
小さな涙声のような声で、キナンの腕にしがみついてフラウは小刻みに震える。
「幽霊なんて、居るわけないだろ」
キナンは複雑そうな顔をして、フラウへそう言った。
三人はゆっくりと泣き声のする方へ歩いて行く。
「ひくっ、うぅぅ」
そこには同じ年頃と見える、少女が蹲っていた。
リボンやフリルがふんだんにあしらわれた衣装を身にまとっていた。とても動きにくそうである。頭の上には白い兎の耳を模したものが付いた小さなシルクハットを付けており、美しい薄茶髪色の髪の毛は、座っているからなのか床に付くほど長かった。
「...迷子?この場所で?」
シャルティエは眉を寄せて呟いた。
「き、君...っ」
フラウが少女へ声を掛けた。キナンとシャルティエは目を丸くして、ばっとフラウの方へ顔を向けた。
少女はその声に泣く声を止め、しゃくり上げる動作に変わった。
「......幽霊じゃない、感じか」
「キナンも幽霊だと思ってたの...」
「君、大丈夫?!」
フラウは幽霊じゃないと分かって、すぐに少女の肩を叩いた。彼女はびくりと肩を震わせて、しゃくり上げる動作も止まった。
「どうしてここに居るの?誰かに連れてこられたとか、それとも君もアルバイト」
「裏切者」
フラウの言葉を遮るように、少女がそう呟いた。三人の身体の動きが止まる。
少女は両手で覆い隠していた顔を上げ、フラウ達の方を見る。
涙で潤んでいる橙色の瞳に、白い肌の右頬には黒い十字架が刻まれている。
その顔を三人は知っていた。
「死んで」
少女がスカートの下に隠していた拳銃の銃口をフラウの頭に向け、躊躇いもなく引き金を引いた。
「フラウっ!」
シャルティエが、フラウを突き飛ばした。
乾いた発砲音と、シャルティエの腹部から鮮血が噴いた。
突き飛ばされて尻餅をついたフラウは見ている事しか出来ず、キナンはその場から一歩も動けなかった。
「......どうして」
少女も僅かに目を丸くして、銃口をそのまま向けていた。
シャルティエはその場に蹲り、痛みと熱さを感じる傷口をグッと押さえる。汗が止まらない。
「......銃を構える音、聞こえたから...」
息を整えながら、シャルティエは彼女へ小さく微笑んで答えた。
「......フラウを殺せば、私達がガタガタになると...、踏んだね...、レティ」
名を呼ばれ、少女は目を大きく見開く。
それとほぼ同時に、電気がパッと点く。一瞬視界が奪われ、しかしすぐにそれを取り戻す。
部屋の中には黒色の機器が部屋の奥の方に並べられており、その手前には一人の少年が立っていた。
「......久し振りだね、皆」
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