侵入せよ
かつん、こつん、と靴の音が三人分、暗い通路の中に響いていた。
明かりとなっているのは、アイラの手にある懐中電灯だけだ。
「薄暗いわね。...それに、案外匂いはないのね」
「この上のパイプがオイルが入ってるからね。このパイプに傷が付いたら匂うだろうね...」
アイラは懐中電灯を上へ向ける。
そこには天井にボルトで取り付けられたパイプが、まるで血管のように繋がっている。
職員はこの通路を使って、パイプからの漏れがないか点検を行なうのだろう。
「さっさと行こうぜ。やらなきゃならねぇ事があるんだからよ」
エルリックは興味がないようで、懐中電灯に照らされていない道をさっさと進もうとする。
「待ちなさいよ」
それを止めたのはイレブンだった。
「何が起こるか分からないのよ。慎重に進んで行くべきだわ。そうやって先ばっかり急いでると、ロクな事ないに決まってる」
「早く行った方が、あいつらの為にもいいだろ。それに早く済ませねぇと
彼なりにいろいろ考えての行動らしい。イレブンも警察の一言には黙るしかなかった。
しかし、瞳はキッと睨みつけている。
「...あまりにも酷くならない限りは、来ないんじゃないかな?」
ぼそり、とアイラが頭の中で考えていた事を口にした。エルリックとイレブンの顔がアイラの方へ向く。
「ゴードンの方も、レッドの方も、ここに人が入られるのは困るはず。知らない人間にべたべた触られるのが嫌だから、彼らの雇った人間を護衛人として置いているんだろうし。だから工場が崩れたら来ると思うけど、そうじゃなかったら来ないと思う」
冷静な彼女の分析に、エルリックは不服そうに眉を寄せた。イレブンはどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「とにかく、慎重に行こう。少なくとも、ここの護衛人に出会うまでは、ね?」
二人に言い聞かせるように言い、エルリックとイレブンは素直に頷いた。
三人は靴音を響かせながら、どんどん進んで行く。
しばらく進んで行くと、上への階段と扉を見つけた。階段は手すりも段の部分も赤く錆びており、手入れされていない事を窺わせる。
「杜撰ねぇ」
イレブンは呆れたようにそう言った。
「行こうぜ。鍵は内側からなら開けられるだろ」
「うん」
三人で上るのには流石に怖い、というイレブンの意見でまず最初にアイラが上る事になった。彼女が鍵を開けてから、次にエルリック、イレブンと続く。
「わぁ...っ、凄......」
そこは、静かな空間だった。そして綺麗に整頓され、沢山の大きな試験管と機械が置かれていた。
液体で満たされた試験管の中には、性別も年齢も様々な人間が管に繋がれて浮かんでいた。皆、性別も年齢も違うというのに、髪の毛の色は同じで、肌の色は生気がない。全体的に成人男性の姿が多いが、少年少女や女性の姿もちらほらとある。老人の姿の物はない。
「...これが、アンドロイド」
全て、エメラルドモデルのアンドロイド達である。命を吹き込まれる前の、ただそこにあるだけの存在でしかない。
「......あたしも、こうして生まれたのよね...」
イレブンが感慨深げに言い、そっと自身の左肩を撫でた。そこには彼女の番号が刻まれている。
「とにかく行くぞ。そのごえいにんってやつはどこにいるんだ?」
「そこまではキナンくん達も分かってなかったみたいだね。アルバイト初日と、失敗したときの二回しか会った事ないって」
「...はぁ、とりあえず見つからないのはいい事じゃないの?面倒事はない方がいいわ。そうでしょ、アイラ」
「うん、イレブンはよく分かってるね」
アイラはにこりと笑ってイレブンの頭を撫でた。彼女はびくりと身体を震わせてから、素早くアイラから距離を取った。アイラはその行動に苦笑いを浮かべるしかなかった。
イレブンは緩みそうになる頬を必死に両の手で押さえる。アイラはそれが撫でられた事が嫌だというサインなのか、と一人ショックを受けてしまう。
「どこが怪しいかな...。ひとまずここの部屋からは出よう。なんだか見られてるみたいで落ち着かないや」
アイラの提案に二人は頷く。
エルリックもイレブンも、見られているという感覚は同じだった。
確かに両の目は閉じているし、そもそも身体を動かした事すらない――いわば人間でいう胎児の状態であるにも関わらず、人間に似た彼らが多数いるという事が、視線にも似た妙な感覚を生み出しているのだろう。
「行こう」
三人は試験管の間にある道を足早に進んで行く。扉まではすぐに辿り着き、アイラがゆっくりと音を立てないように、そして監視カメラがないかどうかも確認する。
「...っあるなぁ...」
監視カメラはすぐに見つかった。黒いカメラのレンズが左右に等間隔を置いて首を振っている。
「壊すか?」
エルリックはナイフを取り出してそう言う。それを窘めるのはイレブンだ。
「馬鹿。壊した、っていうのが向こうに伝わるでしょ。...どうするアイラ?待つ?」
「......エルリック、タイミング計れる?前、銃の弾を避けた時みたいに。それが出来るなら、向こうの部屋まで進もう」
アイラが小さく指を差したのは、ロッカールームという札が欠けられた部屋だ。左右の部屋を見回しても、一番近い場所はあそこだけだろう。
エルリックはじっとカメラの動きを観察し、アイラの方をちらりと見た。
「行ける」
「お願い、私とイレブンをあそこまで導いて」
アイラの青い瞳が、真っ直ぐエルリックを見た。
ぞくり、と背筋が震える。この感覚を、エルリックはよく知っていた。
あの人を殺した時の、あの感覚。それに酷く、似ていた。
口角をクッと上げ、エルリックはアイラの頭を乱雑に撫でた。
「行くぞ」
確信めいたエルリックの言葉に、アイラはパっと表情を輝かせた。
「うん!」
イレブンは二人の顔を見比べて、静かに頭を抱えた。それは二人には分からなかった。
エルリックはタイミングを見計って、ぱっと踊り出る。少しタイミングをずらして、アイラとイレブンに合図を出した。二人も素早くエルリックの後ろに付く。
何とか、カメラには映らなかった。
「あのカメラの下、行くぞ。あそこには映らないよな」
「うん、あそこは死角だね」
アイラの言葉を信じて、そのままカメラの下部分に身を置く。そこは人一人しかいる事の出来ないスペースしかない。
エルリックはそこで一呼吸おいて、それからロッカールームの部屋の扉を開け、素早く締める。
次にアイラが進む。エルリックのようには上手く進めないが、ゆっくりと手順を踏んで、ルームの場所へ入った。
イレブンは小柄な身体を上手く利用し、ゆっくりではあるもののロッカールームに逃げ込んだ。
「ひとまず、誰も居ないね...」
アイラはふぅと息を吐き出し、ずるずるとその場にへたり込む。
「ここで少し待つか」
「そうね、それが懸命だわ」
イレブンはポケットから小さな黒い箱を取り出した。対角に当たる部分を押し込み、数度扉をノックするように叩く。すると、ピコンと電子音が鳴り、ザザザと砂嵐のような音が混じった。
ここへ来る前にフラウから渡されていた、オリエットがロボットの欠片の寄せ集めで作った通信機である。
しかし、その音が鳴るだけで、何も起こらなかった。
「...まだ、って事かしら...」
イレブンはそれをポケットにしまい込み、少しだけ扉を開ける。
「あたしがカメラの動きを見てるわ、ゆっくりしてて」
「ありがと」
アイラは少し微笑んで、自身の指先を見た。
「三人は、大丈夫かな...」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます