黒の双子

 少年は少女と似通った服装をしていた。

 白い猫の耳を模したものが付いたシルクハットに、短く跳ねた薄茶の髪の毛。少女のものは可愛らしいものだが、青年の身に付けているものは紳士的な印象を与える。少女とは反対側の頬に黒色の十字架が描かれていた。

「......レトゥ!」

 彼の事も、三人は知っている。

「シャル、シャルっ!」

 フラウは顔色を変えて、シャルティエの肩を揺する。彼女は荒く息を吐き出しながら、血の滲む患部をグッと押さえている。

「...変わったね、皆変わった」

 彼は薄く笑い、一歩キナン達の方へ近付いてきた。

「キナンは丸くなったね。あの時はあんなに人を殴ってたのに。そう、まるで...すべてが敵みたいにさ。フラウは変わらないかなぁ。誰に対しても...、残酷なまでに優しい。シャルティエなんて一番変わったよ。ほぼベットにいたのに、もう普通に歩けるんだね」

 くすくすと少年は笑う。

「...お前ら、本当に、レトゥでレティなのか...」

 キナンは震える声でそう訊ねた。彼は橙色の目を細めて、にっこりと笑った。

「そうだよ。レトゥ・タランディ。あの十五人の中に居た、正真正銘本物の。何?やっぱり、?」

 刺々しい言い方で、少年―レトゥ・タランディはキナンへそう言った。キナンは唇を噛み、静かに首を振るう。

「そんな事、思った事ない。俺達は、お前ら全員を助けたかったんだ!」

「言い訳なんて、いくらでも出来る。そんな言葉、俺は必要ない。レティ」

「私も、必要ないですわ、兄様」

 愛らしい小鳥のように可愛らしい声で、少女―レティ・タランディはレトゥに同調した。

「お前...何でここに...。姿だって...、あの時の」

「そうだよね、混乱してるだろうね。だって公にしている情報では、ここには護衛人は一人、だ。それに俺達は死んで蘇ったゾンビでもない。でも、残念だったね。この勝負は君達の負けだ」

 その言葉に全員の目が見開く。レトゥは勝ち誇ったような、嘲笑うかのような視線を三人に向ける。

「まず一つ目。俺達は、その護衛人に雇われた、護衛人の護衛人みたいなもんだよ。そして二つ目。俺達は君等みたいな中途半端な人造人間サイボーグじゃない。完全な人造人間サイボーグだ。格が違うんだよ」

「完全な...って。君達、脳まで...っ」

 フラウは言葉を失った。


 あの場所から抜け出す直前。シャルティエが盗み聞いていた内容にあった、脳チップの話は実際に行なわれていたらしい。

 レトゥは微笑んだままだ。

「そ、精神回路マインド・サーキットに全ての記憶や感覚をデータ化したものを送って、完全な朽ちない肉体を手に入れたんだ。そりゃあ、君達みたいに身体の成長はしないけど。でも、ずっと一緒にレティと居られる。それだけで、充分だ」

 レトゥは愛おしいものを見るように、レティを見る。レティもその視線に答えるように静かに頷いた。

「そんなの...、人じゃないよ...」

「何言ってるの?お前らが裏切って逃げ出したから、この実験が行なわれて、高い適応性があったらしい俺達以外は死んだんだ」

 震え声で呟いたフラウを睨みつけるように見下ろし、レトゥは吐き捨てるようにそう言った。そして、腰に下げていたホルスターから黒光りする拳銃を抜き取り、キナンの頭に狙いを定めた。

「っ止めて...っ!キナンに、フラウに!手を出さないでっ!」

 シャルティエは叫ぶようにそう言い、キッとレトゥを睨む。

 レトゥは口の中で舌を打ち、引き金を引いた。その弾は肩に当たり、シャルティエは口の中で小さく呻いた。フラウが慌ててシャルティエを庇うように、彼女の身体を抱いた。

 血に濡れる事など、フラウは気に止めない。早く、早く止まれと心の中で祈るばかりだ。

「...はぁ、.....本当なら、死んだ皆の為にもお前達は全員殺してやりたいんだけど。ヴァイオレットさんは殺しは駄目、ってさ。だから、こういうのはどうかな?」

 レトゥはにんまりと微笑んで、拳銃の銃口をキナンとフラウへ向けた。

「君達のどっちかが、シャルティエの代わりに撃たれなよ」

「「「っ!?」」」

 キナン、フラウ、シャルティエが息を呑んだ。

 急いでシャルティエが口を開こうとしたが、声が出なかった。思っているよりも体力を既に消耗しているらしい。

 足手まといには、なりたくないというのに。

 その様子に気付いたらしいレトゥは、ニヤニヤと笑いかけた。

「...ふぅん。身体は変わらないのかな?強くなったわけじゃないの?成程ね」

 レトゥはシャルティエを嘲笑うかのように口元を歪め、レティに目配せをする。レティは静かに頷いて、フラウの元へ向かった。

 レティはフラウの腕の中に居るシャルティエを奪い取る。慌ててフラウがシャルティエを取り戻そうと手を伸ばしたが、レティは銃口を向けてキナンの横へ立つように促す。

 フラウは唇を噛んで、ゆっくりとキナンの横に立った。

「ここでは殺すなって、言われてる。でも、君達は痛い目見ないとまた来るでしょ?だから、痛い目見てもらおうと思ってね?」

 親切でしょう、とレトゥは小首を傾げたまま笑顔を崩さない。

「...し、しないって言ったら...」


「シャルティエは殺す」


 レティがぐっと銃口をシャルティエのこめかみに当てていた。彼女はその腕から逃げようと抵抗しているが、その力は小さく逃げ出せない。口の中で悪態をつくしか、今のシャルティエには出来なかった。

「......何を、すればいいんだよ」

 キナンは、ギロリとレトゥを睨みつける。

「そうだな...、じゃあじゃんけんで負けた方。負けた方を俺が撃つ」

 ゲームというにはあまりにも簡単で、しかし難しいものでもあった。

 二人共、お互いを傷つけたくなく、相手を傷つけるくらいならば自分を傷つけるくらい事を躊躇わない人間だ。

 自分がどうすればいいのか。

 二人の頭はぐるぐると動き始める。


「...っね、ねぇ、キナン......」

 黙りこくっていた二人の空間の中で、フラウはゆっくりと唇を動かした。キナンはフラウの方を見た。

 彼は、困ったように眉を八の字にして、苦笑いを浮かべていた。

「俺......、チョキ出すから......、キナン......グーだしてくれる?」

 ぴーす、とフラウは今にも泣いてしまいそうな顔をして、しかし歯を見せて顔の近くにピースサインをした手を寄せた。

「っンな事させられるかよ!」

 キナンは声を荒げた。

 当然だろう。それは友人でありかけがえのない存在であるフラウを、キナンが間接的に殺すのと変わらない。

「......お前だって、本当は分かるだろ。.........俺は、お前を傷つけられない」

「........あはは、優しいなぁ...、キナンは」

 フラウは口元を隠して、困ったように微笑んだ。その顔でさえも、彼は美しかった。

「........じゃあ、二人で受ける?あいこでさ」

「それも、いいかもな」

 肯定とも否定とも取れないような言葉で、キナンは返した。

「お話は終わった?」

 すっかり待つ事に飽きているレトゥは、静かに息を吐き出しながら訊ねた。

「...チョキな」

 キナンは小さくフラウに耳打ちする。彼は素直に頷いた。


 キナンはぐるぐると考える。

 フラウは素直で、優しい。恐らくキナンを信じてチョキのままで出してくるだろう。ならば、キナンはパーを出す覚悟を決めた。

 フラウは傷つけさせない。


「じゃんけん、ぽん」


 キナンの手は、パー。チョキに負ける手。


 フラウの手は、グー。パーに負ける手。


「......っは?」

 あまりの衝撃に、キナンは言葉にもならない声が口から零れた。

「ふふ...」

 フラウは変わらぬ困り眉で、小さく歯を見せて笑っていた。

「......優しいね、キナン」

「っフラウ!」

 お互いがお互いを守るべく裏切り相手の手を予測し――、フラウがその読み合いに勝った。

「あは、決まったみたいだね?」

 レトゥは銃口をフラウの方へと向けた。

「っ待て!」

 キナンがフラウを突き飛ばすべく身体を動かすよりも早く、レトゥの銃口から銃弾が飛び出した。


 フラウの左腕を、弾丸は貫いた。

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