束の間の休息

「ここが私達の所だって、どうしたらいいかな」

 部屋から出る途中、アイラは思いついたようにそう言った。

 ここには押し入ったも同然なので、そもそも鍵なんてものはない。アイラ達が勝手に入って来たのと同じように、誰かがここへ入ってくる可能性もある。

「あ?簡単だろ」

 エルリックはそう言って、扉のドアノブ辺りにナイフで何度も傷を付けた。まるで襲撃に遭ったような印象を受ける。

「これならサイコパス以外は近寄らねぇよ」

「貴方、こういう世界での生活、手慣れてるのね」

 イレブンは感心するような声で、静かにそう言った。

「さて、行きましょっか。私の服と、オイル。忘れないでよね」

「まずは、オイルかなぁ。でも、こんな街中でアンドロイド用のオイル売ってるのかなぁ...」

 アイラは考えながら、イレブンをおぶる。

 オイルが抜けている分、イレブンの身体は幾分か軽い。女性でも背負える事が出来る。

「別にオイルが先じゃなくてもいいわ。服、これじゃなければいいし」

 イレブンはボロボロの白いワンピースの裾を握る。

「うーん、どんなのがいいかなぁ」

 アイラはのんびりと歩きながら、思案する。

「何でもいいわよ。アイラのセンスに任せるわ」

「ん、んんー。こ、困ったなぁ」

 アイラは眉を寄せながら、苦笑いを口元に浮かべる。

「何でもいいだろ」

「男には服装の良さが分からないのね」

 エルリックはイレブンをぎっと睨む。イレブンは紅い舌を出して、エルリックの方を見た。再び火花が散りそうな二人の様子に、慌ててアイラは二人を制する。

「も、もう!二人共、仲良くね?!」

 アイラは頬を膨らませて、二人に抗議した。エルリックとイレブンは少しお互いの顔を見合わせた後に、ふいと視線を反らした。


 三人は商店街の方へ出て来た。店先には元気の良い掛け声の売り子のロボットが、自分の店の商品を買ってもらおうと声を張り上げていた。様々な果実や野菜、別の場所では肉類が売られていたりしている。

 ロボットはその数をアンドロイドによって減らされているものの、街の場所によってはロボットの活躍が根強い場所もある。

 ここも、そうなのであろう。

「うーん、人造人間サイボーグ用の部品売り場、ってここにはあるかなぁ...」

 アイラは看板の掛けられている建物の上の方を見ながら、ロボットのイラストの描かれているような看板を眺める。だが、そのような看板は見当たらない。

「ううーむ。なかなか見当たらないわね」

「だな」

「...あの、すみません」

 アイラは通りすがりの男性に訊ねた。幸いにも、彼は足を止めてくれた。

「私達、ここに来たばかりで。アンドロイドのオイルを売っているようなお店、ないですか?」

「...あぁー、昔ならアーダース工房があったんだが。奥さんがいなくなってからは、今はどこかに移転したか死んだかしたんじゃないか。彼の話は聞かないな」

「そ、そうですか。他には?」

「他...。腕のいい技師は全員中央アリステラに移りましたからね。ここのロボットや人造人間サイボーグ達も、中央アリステラや西アリステラに行くのが普通だからな。...ここはまだまだ機械化の足が進んでないからな。早く便利になってほしいものだよ」

 彼はそう言って苦笑する。アイラは彼へ礼を言い、すたすたと街を歩いて行く。

「ど、どうしたらいいかな。中央アリステラなんて、モノレールに乗らないと行けないし」

「いいわよ。先に服、買いましょ。それから後の事を考えればいいわ」

 イレブンは自分事であるにもかかわらず、特に気にした様子もなくアイラへそう言った。


 彼女の言う通り、今すべき事はそれしかないので、イレブンが着る事が出来そうな服を売っているような店を探す。

 ほどなくして、若い女子の洋服を飾った店を見つけた。銀色のボディに黒い髪の毛をカツラのように付けている背の高いロボットが、腰に赤いエプロンを巻いて売り子として働いていた。

「こんにちは」

「ハイ、コンニチハ」

 イレブンの流暢で聞き取りやすい人の声とは違い、機械音の混じったカタコトな喋り方をしている。顔の表情も、物語に出てくるような騎士の仮面の見た目をしている。

「で、でけ...」

 エルリックの身長よりも高いそのロボットを、彼は物珍しそうに見る。

「あの、この子に似合う服を探しているの。安物で何かいいのはありますか?」

 アイラはロボットへそう訊ねた。それはこくりと頷いて、店の奥の方へとのしのし歩いて行った。

 少しすると、店の主人らしい恰幅の良い女性が出て来た。どうやら、先程のロボットが呼んできてくれたようだ。

「あの子から聞いたよ。女の子の服だね。こっちへおいで」

 店の主人に案内されるがまま、アイラとイレブンは中へ入る。抵抗を感じながら、少し遅れてから中に入った。


「わぁ、可愛いですね!」

 店の中はふんわりとした服装を主に取り扱っているようだった。黒・白を基調としたものが殆どで、シャツの襟やスカートにはレースやフリルがふんだんにあしらわれ、礼服を思わせるような品物が多い。露出度は低く、子どもらしさを残しながらも、どこか不思議な魅力を発している物ばかりだ。

「お嬢ちゃんはどれがいいかな?」

「...アイラ、金額はどのくらい持ってるの?」

「え、...そんなに多くないよ。ご飯を買おうと思ったら、一万ファルツくらいに絞ってくれると...」

 アイラは苦笑いをしながら、イレブンへそう言う。イレブンは「分かった」と言うと店の主人へその旨を伝えた。

 彼女はそれを了承してくれたようで、何着か服を出してきた。しかし、イレブンにはどの服が可愛いものなのだとか綺麗であるだとか、さっぱり分からない。

 こういったものを選んだ経験がない上に、そういったデータをもらっていない。本来ならば、主人マスターに学習させてもらうものだったのだろう。イレブンは数着の服を眺めて、うーんと唸る。

「...イレブンは肌が白いからねぇ、何が似合うかな」

 ひょこっと、アイラが横から口を挟んできた。

「...選んでくれるの?」

「うん?センスに任せるって言ってくれたのは、イレブンでしょ?」

 冗談半分で言ったイレブンの言葉を、アイラはきちんと心に留めていた。

 イレブンは大きく目を見開いて、それから小さく「ありがと」と口を動かした。アイラにはその声は聞こえてはいなかった。


 彼女はお金とセンスに相談しながら、数十分かけて服を選んだ。

 赤く細いリボンが胸の中心に結われた、ふんわりとした半袖の白いシャツに、青紺色のふわっとしたスカートを選んだ。靴はリボンと同色で統一感を出した。

 イレブンは、お金持ちのお嬢様のような清廉さのある少女になった。


「......かわいい」

「本当?ありがとう!」

「オキャクサマ、ニアッテマス」

「うん、元がいいとどんな服を着ても似合うねぇ」

「ふわぁ...」

 イレブンの変身ぶりに、着替えを手伝った全員が大絶賛であった。

 アイラは店の奥へ行って服の金を払いに行き、イレブンは欠伸をしているエルリックの横へ並び立った。

「...ねぇ、エル」

「...んぁ、なんだよ」

「アイラ、って誰に対しても優しすぎるような気がするわ。...いつか、それが原因で死にそう」

 唐突なとんでもない発言に、エルリックは眠気を覚ましてイレブンをぎっと睨み下ろした。

「何が言いてぇ?」

 地を這うような低い声に、イレブンは特に怖気づいた様子もなくエルリックの方を見上げた。

「アンドロイドのオイルを手に入れたらあたしも努力するから、貴方も守れるように頑張りなさいよ」

「あぁ?」

 イレブンの言っている意味の真意が分からず、エルリックは首を傾げる。

 そこへアイラが戻って来た。

「ごめんね、待たせちゃったね」

「いいわよ。お金、ありがとう」

「......ロボットのお店、聞いてみたんだけど、やっぱり男の人と同じだったよ。アーダース工房の話と、中央アリステラの話」

 少し残念そうにアイラは肩を竦めた。イレブンはふるふると首を振るう。

「いいわ。ある程度になっちゃうけど、食用油でもオイルの代わりにはなるから」

 イレブンは気にした様子はなく、アイラはそっか、と呟いた。

「...じゃあ、飯買って帰るか?」

 エルリックの言葉に、アイラはこくりと頷き店の方へと振り返った。

「ありがとうございました!」

「いつでもおいで!」

「マタノゴライテンヲ、オマチシテオリマス」

 帰って来たのは、温かな女主人の声と形式ばったロボットの声だった。


 三人は店を後にして、その店の近くにあった赤マフラーと青マフラーを巻いたロボット二人組のパン屋へ入った。

 そこで三人は思い思いの惣菜パンを買って、アイラの鞄に入れて帰路へ着く事となった。

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