回収者

「いちご牛乳パンって、美味しいかしら。不味かったらエル、食べてもらえるかしら?」

「お前が買えってアイラに頼んだんだろうが。知るかよ。つか、あんどろいどなのに食うのかよ」

「酷いわね。あたし達は人間と同じように生活できるように作られてるの。ちゃんと胃袋みたいな機関が存在してるわよ。中に微生物を住まわせて、そこからオイルと同等のエネルギーを抽出したり、」

「何言ってんのか分かんねぇ」

「最後まで聞きなさいよ」

 アイラの背中と隣で終わらない口喧嘩をする二人の声を聞きながら、三人で先程の部屋へと向かう。

「これからどうしよう...。中央アリステラに行けばオイルや部品があるんだろうけど、ゴードンさんの本拠でもあるしなぁ...」

 うんうんと、アイラはこれからの事を悩む。

 イレブンを助けたいという気持ちもあるが、このまま行けば三人で危険な目に遭いに行くようなものでしかない。

 エルリックの殺人鬼としての腕と強さは低評価していないが、それでもアイラ自身とイレブンの足手まとい―お荷物である事は揺るぎない事実だ。

 どうするべきなのだろうか、と悶々と頭の中で考える。


「...おいアイラ、」


 ふと、エルリックがアイラへ声を掛けた。考え込んでいたアイラは反応に僅かに遅れた。

 なに、と慌てて声を出した時、エルリックが素早くアイラより前に出て、彼の目の前の地面にナイフが突き刺さった。


「...足音の一致、九十八。背丈、二・五ミリのずれ。これは距離感の差分と見てよし。...以上より、ほぼ同一人物と見なして良し」


 淡々と、声が響く。


「お前...」

 エルリックはナイフが飛んできた方に目を向ける。


 町の裏側。排気ガスのパイプが張り巡らされた壁の、パイプ同士を結合させる大きな金具に少女が足をかけていた。

 切り揃えられた灰色の髪の毛。大きな緑の瞳。彼女の手にはナイフが光っている。


「んふふ、また会ったね」

 少女は器用にパイプを掴んで降り、三人の前に着地した。

 イレブンは呆れたように肩を竦めた。

「貴方も飽きないわね」

「仕事だからね。分かるかな、捨て子アンドロイド?」

 くすくすとナイフを持っていない手で口元を隠し、彼女はそう言った。ぐっとイレブンは唇を噛んだ。

 アイラが彼女に対して口を開こうとするより早く、エルリックがアイラのあえに手を伸ばした。

「悪ぃが、お前に回収されるような代物しろもんは持ってねぇな」

 エルリックの言葉にきょとんと彼女は目を丸くして、それから歪に口元を歪ませた。

「...へぇ。じゃあ渡してくれるようにしないといけないねぇ」

 少女はナイフの柄をグッと握ると、トンッと硬い地面を蹴って一気に間合いを詰めた。

 エルリックはその切っ先を弾いて、勢いよく突いてやる。彼女は身を引いて、それを躱した。

「なかなかっ、やるじゃん!」

 ぺろり、と少女は乾く唇を舐める。今度はエルリックが少女にナイフを振るう。少女はとんとんとリズムよく躱していく。

「っは、ふふ、」

 少女の呼吸の乱れが酷くなる。


 目まぐるしく変わる攻防戦に、アイラとイレブンは邪魔にならないようにその場から離れて、物陰に隠れて様子を見守る。


「っこの!」

 エルリックは少女のナイフを持つ手を蹴った。

「っ!」

 少女の手からナイフが零れ、カランと音を立てて地に落ちた。彼女の目は落ちたナイフには向かず、空いた手が袖に触れた。

 エルリックはその動きを気に止めず、とどめを刺しに彼女の首元を狙う。


 パンッと乾いた音と共に、エルリックの肩から鮮血が出た。


「っ!!?」


 エルリックは血を流す腕を庇いながら、急いで姿勢を立て直す。地を蹴って、少女から離れた。

 彼女の手には小さな手の平サイズの拳銃が握られていた。まるで玩具おもちゃのようである。しかしそこから弾丸が放たれたのは事実である。

「ナイフだけなわけ、ないでしょ?」

 く、と彼女は口角を上げる。そして、銃口を向けた。

「いいでしょ、これ。三つまでしか弾を入れられないけど、音は小さいし反動も少ない。それにこうやって隠し持てる。...最高だよね?」

「.........っ」

「威力は...、痛みはどうかな?」

 エルリックに訊ねるように、彼女はかくんと首を傾げた。

「っは、最悪だってーの」

「んふ、答えになってないよ、お兄さん」

 エルリックは、ナイフを怪我を折っていない方に持ち替えた。彼女は銃口を頭に向けていた。

「...殺したくないから、動かないでよ」

 少女は目を細めて、引き金に指をかける。エルリックは柄を強く握った。


 その時、凄まじい轟音が鳴り響く。全員の目がそちらの方を向いた。


「悪ぃ、遅れた!」

 すたん、と少女の後ろに前にも現れた青年が鳴らした音であるようだ。平然とした様子で、少女の横へ並び立つ。その脇には、もう一人黒髪の青年が抱えられていた。

「うぅ......、着いた...?」

 その青年は項垂れていた顔を上げ、抱えている青年を見上げた。

 その顔は美青年と言って差し支えない、端正な顔立ちだった。紫色の瞳は僅かに垂れ目で、今は目尻に涙が溜まっている。抱えられているせいか服の形のせいか、白雪の肌と鎖骨の少し下辺りまでが見えていた。

 青年は彼を隣へ下した。


「っキナン!!」

 少女は拳銃を下ろして、二人の所までステップを踏んで戻った。空いている片方の手は、ヘッドフォンの上から押さえつけていた。明らかに動揺したような、酷く怯え、怒気を孕んだ目をしていた。

「わた、私!」

 キナンと呼ぶ赤目の青年を、少女はキッと睨みつけた。

 慌てたように、青年は少女へ苦笑いを浮かべる。

「ご、ごめんって...」

「...っうぅ、響く......」

 少女は振り払うようにぶんぶんと首を振るって、それから横に立っている青年に飛びつき、その胸元に顔を埋めた。

「フラウー!キナンがいじめた!」

「ま、まぁまぁ、キナンもわざとじゃないわけだし...」

 誤ったからね、と青年が小首を傾げながら窘めると、少女ははぁいと間延びした返事をした。それからまた青年の胸に顔を埋める。

「はぁー...。もう可愛い尊い。やっぱりフラウは誰よりも可愛すぎる。この世の奇跡。はー...、生きるのが楽しすぎる」

「ま、またそんな事言って...っ!」

 ぽぽぽ、と青年の顔も一気に朱に染まる。

 少女はフラウと呼んだ青年から離れて、ヘッドフォンの位置を正す。それから小さな拳銃をエルリックへ向けた。それを見て、隣に立つ赤目の青年も腰に吊っているナイフに手を伸ばした。

「よし、充電完了!ほら、さくっとアンドロイドを渡してよ!」

「フラウ、俺らの後ろに居ろ。動くなよ」

「う、うん」

 一気に分が悪くなったのを悟り、エルリックはぎりっと奥歯を噛んだ。


「...アイラ、大きな音を出す方法がないかしら」

「どうしたの?」

 イレブンの問いかけに、アイラは首を傾げる。

「彼女、大きな音に機敏に反応しているわ。もしかしたら大きな音であの女の動きを止められるかもしれない」

「ふむ、成程!」

 アイラは今の状況をぐるりと見回した。

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