ルビー011

 アイラは辺りをきょろきょろと見回して、入れそうな場所を探す。

「どこでもいいだろ。中に居たら殺せばいい」

「私が嫌だ」

 エルリックを窘めつつ、アイラは人がいなさそうな家を探す。エルリックは唇を尖らせたが、仕方がないといった風で、彼もまた空いていそうな家を探す。


「......あそこ、どうだ?扉、開いてる」

 エルリックは扉の開いた指を差した。

「行ってみよう」

 二人はその開いている扉の方へ向かった。


「す、すみませーん...」

 アイラは扉の前で声を掛ける。応じる声は何もなかった。目の前にある玄関には生活感の欠片はなく、どうやら誰も居ないようである。

 エルリックは、ずかずかと遠慮なしに中へ入って行く。

「誰も居ねぇぞ」

「そ、そう...あ、ありがと」

 遠慮のない行動に驚きつつも、アイラも中へ入った。


 中は埃っぽく、長く人がいなかった事を思わせる。玄関に入ってすぐの少し広めの部屋を、エルリックは眺めていた。

「よいしょ、っと」

 アイラは、その部屋の中にあったスプリングの硬いソファにアンドロイドを優しく寝かせる。

「随分誰もいねぇみたいだな。埃臭ぇ」

「みたいだね。窓を開けたりしながら部屋の様子、見てみよっか」

「おぅ」

 アイラとエルリックは、一緒に部屋の中を見て回る事にした。

 まず、アンドロイドの寝ているソファだけの小部屋の横の扉を開ける。そこにはトイレと風呂場があった。水垢が付いていたり、タイルの一部が剥がれていたりしているが、水は止まっていないようであった。

 まだまだ使えそうである。

「もしここにとどまるなら、掃除必要だね」

「そうだな」

「うん」

 そこから出て、二つの部屋の中央―玄関を入って目の前の五段程度の階段を上ると、埃まみれのフローリングタイルのダイニングルームが広がっていた。

「二人暮らし、だったのかな?」

 向かい合わせに置かれた椅子に触れ、それからキッチンの蛇口をひねる。

 最初は少し赤茶の水が出たが、二十秒ほど経つと透明な水が出るようになった。

「ガスは...」

 隣にあるコンロのスイッチを押すと、橙色の炎が出た。どうやらガスも止まっていないらしい。

「......うーん、管理がずさんだなぁ」

「ま、そのお陰で使えんだから、いいだろ」

「そうだね...」

 スイッチを切り、ダイニングルームにある扉を開ける。


 そこはベットルームのようであった。二つのベットが壁際に置かれ、扉のすぐ横の棚には赤十字の彫られた箱が置かれていた。

 布団の上には埃が積もっていたり、所々に穴が開いていたりしているが、ベットのスプリングは痛んでおらず、問題なく使えそうである。

「よし、一旦戻ろっか」

「おぅ」

 アイラとエルリックはアンドロイドを置いておいた部屋へと戻って来た。

「あ」

「ん?」

「あ」

 ソファの上で、アンドロイドはあっさりとした顔で二人を見ていた。

 紅色の瞳は正面に立った二人の顔をしげしげと眺め、危険ではないと察知したのか、気の抜けたような表情をした。


「助けてくれて、ありがとう」

 アンドロイドはきちんと二人の目を見てそう言った。


「いいよ、気にしないで。君はどこかに不調はない?痛覚とか」

 アイラの問いに、アンドロイドはペタペタと触る。

「強いて言うなら、主人マスターに殴られた箇所かしら。あの人、殴ったり蹴ったり、切りつけてきたり煙草を押し付けて来たり...。もう、お陰で肌のスキンがボロボロよ」

 彼女は呆れたように、痣の酷い腕回りや胴体辺りを何度も触っていた。

「......傷、残るんだな」

 エルリックがぽつりと感想を溢すと、それにアンドロイドが食いついた。

「当たり前でしょう?あたし達は姿かたちは人間らしく、しかし能力値はそれ以上にと作られた奉仕型アンドロイドだもの。戦闘型ならまだしも、そんなすぐに傷が治るわけないでしょ?人間じゃないんだから」

 ふん、と彼女は鼻を鳴らしてそう言った。

 彼女の雰囲気や語気に圧倒されながら、アイラは彼女と視線を合わせる。

「......え、えっと。名前は......?」

「ないわ。ずっとゴミとかクズとか呼ばれてたから...。はぁ、本っ当に金ばっかり持ってるだけなんだもの」

「え、君...」

 アンドロイドの言葉に対して反応したアイラに、エルリックは不思議そうに首を傾げた。

 嫌な人間に対して文句を言うなど、別に気に止める程珍しい事でもないだろう。

「どうしたんだよ」

「...アンドロイドは、主人マスター登録された人間へ危害及び暴言を吐く事は禁止されてる。奉仕型アンドロイドなんだから、特に厳しく縛られてるはずなのに...、この子は平然と...」

「半分壊れてるの、あたし」

 アンドロイドはあっけらかんとした様子で、二人へきっぱりとそう言った。

「いっつもいっつも飽きずにあたしを殴ってるから、壊れちゃったの、精神回路マインド・サーキットが。それで今までの鬱憤がスラスラ言えるようになって、実際言ってやったら、捨てられたのよ」

 アンドロイドはそう言って肩を竦める動作をした。

 恐らく、それからろくにエネルギー源であるオイルを摂取できずに、歩き続け回収者に追われ続け、この状況下に至っているのだろう。

「んで、あの、回収者ってなんだ?」

「あたしを追ってる奴等よ。あたしを工場へ連れて行こうとしているの。ちょっと馬鹿だけど、厄介な相手よ」

 確かに、とアイラとエルリックは思った。

 敵を前にして「仲間を置いてきた」という理由で退いたのだ。普通ならば、ありえない。しかし、少女の耳の良さは常人以上のものであり、青年の足は神風のごとく速かった。

「ただもんじゃねぇって事か」

「だね。...えっと、君はこれからどうしたい?」

 アイラはアンドロイドへ優しく訊ねた。彼女はぱちぱちと瞬きをして、それから顔を俯かせた。

「......分からないわ」

「はぁ?」

「私はあの地獄に居たくなかった。回収されて、今のこの自我を奪われたくなかった。...逃げる事は考えてたけど、したい事なんて考えた事ないから、分からない」

 今までどことなく強気に見えていた彼女が、急にしおらしく見えた。グッと彼女は白いワンピースの裾を握る。

 アイラは少し目を閉じて、それからアンドロイドの手の上に自らの手を重ねた。


「......イレブンちゃんって、どうかな?」


「........へ?」

「名前、ないんでしょう?肩に『011』って書いてあるから、イレブン。ちょっと簡単すぎる...、かな?」

 アイラは苦笑いに近い笑みを浮かべて、アンドロイドの顔を覗き込んだ。彼女の曇り一つない真っ直ぐな青い瞳が、紅の瞳に映る。

「...安直ね」

「うぐっ」

 ストレートな彼女の言葉に、アイラは思わず呻いてしまった。

「っお前、そういう言い方は」

「でも、イレブンでいいわ。どうせあたしには名前がなかったんだもの。...ねぇ、二人にお願いがあるのだけれど、いいかしら?」

「ん、何?」

「あたし、貴方達と一緒に居ていいかしら?」

「あ?」

 イレブンの発言に、アイラはパッと目を輝かせて、エルリックは眉を寄せてその言葉を聞いていた。

「貴方達と一緒なら、あたしの目的を見つけられそうな気がするの。お願い」

 イレブンの言葉にアイラは「勿論」と言って親指を突き立てた。アイラの決定に文句は言わないようで、エルリックも眉を寄せてはいるが、異を唱えなかった。

「じゃあ、よろしくお願いしますね。......えっと」

 イレブンはそこで言い淀む。その困ったような顔に、アイラはハッとする。

「...あ。そっか!私はアイラ・レイン。アイラって呼んで!」

「えぇ、よろしくアイラ」

「エルリック・ハルバード、だ」

「...えぇ、よろしく、エル」

 唐突な「エル」呼びに、エルリックは目を丸くした。

「おま、なんで、エルって...」

「アイラがそう呼んでいたから。あたしもそう呼んでいいわよね?」

 どこか小馬鹿にするように、イレブンはエルリックへ訊ねた。エルリックは何も言わずに、ただただ顔を顰めた。

 そこでエルリックはハタと思い出したように、「なぁ」とアイラへ声を掛けた。

「...あぁ、そうだ。ここならいいんじゃねぇか。誰も来ないだろ」

「あ、うん、そうだね。イレブンにも私達の目的を話さないといけないし」

 アイラはこくりと頷いて、エルリックとイレブン二人の目を見た。


「私はゴシップ記者。追いかけていた標的ターゲットは「アンドロイド計画」を推し進めている政治家、ゴードン・エルイート。彼は...、この市の市長になろうとしていて...、この国全体を手中に収めようとしている」

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