Episode.2

倒れたアンドロイド

「はぁー!二日ぶりの外だー!」


「俺は何年ぶりだ...?......まぁ、いいか」


 人三人が並んで通れるか微妙な幅の路地を、二人の人間が歩いていた。

 一人は女性。茶髪のボブカットに銀縁の眼鏡。その奥の双眸は澄み渡った空の如く青い。首には万年筆を下げて、斜め掛けの鞄を肩にかけている。

 一人は男性。ぼさぼさの黒髪を青いリボンの付いたヘアゴムで縛り、ギラギラとした黄色の瞳は、今は疲れを見せている。腰のベルトに得物であるナイフをぶら下げていた。


 二人は北アリステラ地区にある凶悪犯ばかり集めた刑務所〈大監獄〉から脱獄した、いわゆる脱獄犯である。


「でも、良かったね。出た先に機動隊員とか警察官が待ち構えてなくて」

「本当にな」

 二人は脱獄の為に使った廊下を出た後、粗大ごみ置き場に出た。

 事務机や壊れた鉄パイプ、空になったオイル缶が転がされており、二人は四苦八苦しながらそこから出て来て今に至っている。

 脱獄というには、あまりにも不格好な脱出であった。

「...もっとテレビで見てた、スタイリッシュな脱獄だと思ってたんだけどな...」

「そんなもんだろ。んで、これからどうすんだ?」

 男性―エルリック・ハルバードは、隣に歩く女性―アイラ・レインへ訊ねた。

 抜け出す際、二人は取り決めをしていた。


『俺が抜け出す手助けをするなら、お前の事も助けてやる』


 エルリックの教育のない頭を、アイラがカバーする。アイラの目的を、エルリックが手助けする。

 それが二人の契約であった。


「ここが北アリステラの〈大監獄〉付近の場所って事しか知らないし、私の家も危ないかな...。安全な場所をここらへんで探さないと...。そこで話すよ」

「おぅ。じゃあ、ここら辺一帯を漁るか」

「...お、穏便にね?」

 アイラはエルリックにそう言って、辺りをきょろきょろと見回す。


 治安があまりよくないのか、所々に抗争の跡らしい血痕や武器の擦り傷がある。寂のあるステンレスのゴミ箱からは悪臭が漂い、ハエがたかっている。


「うん?」


 ふと、目に倒れている人が目に入った。それも大人ではなく、幼い少女だ。

「っ!」

 アイラは慌ててその少女の方へ駆けた。エルリックはアイラの突然の動きに、慌てて彼女を追う。

「おいっ」

「君、大丈夫?」

 エルリックの制止の声も聞かず、アイラは少女の肩を優しく揺すった。しかし、彼女の目は開かない。


 少女は目鼻顔立ちともに均整の取れた、とても綺麗な顔をしていた。茶色の髪の毛はサラサラとしており、肩辺りまで長さがある。まるで死んでいるような青白い肌には、所々赤黒い痣のようなものや黒く汚れた擦り傷があり、身に着けている白いワンピースもボロボロだった。

 肩には、黒色の文字があり「011」と書かれている。


「...この子」

「んだよ?物乞いか、そいつ?」

「アンドロイド...。ルビーモデルだよ、この子」


 二年ほど前から普及し始めた、ロボットや人造人間サイボーグに代わる物、それがアンドロイドである。

 政治家であり技術者でもあるゴードン・エルイートが、旧知の仲である人物の経営するロボット工場で研究を重ね、アンドロイドというものを作った。

 美しい均整の取れた身体つきと顔立ち、見た目にも統一性がある。

 現在は護衛型モデルとして、白髪に碧眼の見た目をしたエメラルドモデルが、奉仕型モデルとして、茶髪に紅色の瞳の見た目をしたルビーモデルが運用されている。まだコストの高さからか、一部の金持ちしか手に入れられない代物である。


「こんな場所に、不法投棄なんて...。ありえない」

「どういう事だよ?別に、あんどろいどって言ってもろぼっとってーのと、大して変わりないんだろ。捨ててもいいんじゃねぇの?」

「ううん。これを作るのにも大金がかかるから、壊れたものや不法投棄されたものは回収されるの。それの壊れた部分と精神回路マインド・サーキットを入れ替えて、次の人に売られる。その為、回収者っていう業者が各地で見回ってるの」

「はーん。面倒臭ぇんだな」

 エルリックは項辺りを掻いて、アイラの抱き抱えるアンドロイドを見下ろした。

 アンドロイドだとアイラが見破らなければ、人間と見間違えそうなほど、彼女は人間のようであった。

「...この子、どうしよう。このまま置いておくのも」

 気が引ける、とアイラが言おうとした時、ふるりとアンドロイドの瞼が震えた。そして、ゆっくりと瞼が持ち上がる。

 そこには紅色の鮮やかな瞳があった。

 二つの眼球が、アイラとエルリックを捉え、微かに唇を動かした。

「     」

「へ?」

 あまりにもそれは小さな声で、アイラは再度彼女へ問い直した。

 その時だった。



「......見ぃつけた」


 聞こえてきた声に反応したエルリックは、アイラと倒れたアンドロイドの前に立ち、ナイフを斜めに構えて勢いよく近付いてきたに一閃した。

 キィンと金属同士が触れ合う甲高い音が鳴った。

「ありゃりゃ...」

 弾かれた事により、とんっとその影は二人と一体から離れた。


 そこに立っていたのは、紫に赤い線の入ったヘッドフォンを付けた少女だった。綺麗に後ろ髪も前髪もぱっつんと切り揃えられた灰色の髪色で、緑色の瞳は大きくほんの僅かにつり上がっているように見える。

 その目は今は残念そうで、口元は少し笑っているように見えた。

「お兄さん、お姉さん...、邪魔だから退いてくれないかなぁ?その子、持って行かないといけないの」

「........おい、アイラ」

「や、だ...、その、人、は......回収者......な、の...」

 エルリックの言葉に答えたのは、倒れていた筈のアンドロイドだった。彼女は紅い瞳を少女へ向けていた。

「バイトの身だよー。私、仕事しないと父さんや皆に迷惑をかけちゃうし...」

 少女はヘラヘラと笑いながら地面を蹴り、エルリックの目と鼻の先まで距離を詰める。一瞬エルリックは目を丸くしたが、すぐにナイフの切っ先を反らした。

「...邪魔なんだってば」

「うるせ。今、こいつは俺らのもんだ。お前に回収されるような物はねぇよ」

「うーん、常識ないのかな?それらを持つには市へ申請書を出さないといけないんだよ?それがなく持っているのは、違反行為だ。廃棄アンドロイドは回収者が回収して、工場へ受け渡すのが当たり前なんだよ?分かるかな?」

 彼女はエルリックから反らさず、アンドロイドを見ていた。


「っ、おいシャル」


 鋭い声と共に、彼女の横に青年が立っていた。ぶわりと、風が吹く。

 アイラとエルリックは目を丸くする。声が聞こえる前まで、そこには誰も居なかったのに。

 まるで、急にその場に現れたようであった。

「...仲間か」

 その動揺が悟られないよう、エルリックは足の位置を少し変え、二人を観察する。

 青年はアイラと同じくらいの年のように見える。少女よりは少し年上か。黒髪の一部を赤色に染め、アンドロイドよりは薄めの赤色の瞳は、やや吊り目だった。腰にはナイフを吊っており、それは少女の手の中にあるものと同じように見えた。

 二対一になるか、とエルリックは覚悟を決める。しかし、状況は予想に反した。


「キナン...、貴方、フラウを置いてきたの!?」


 シャルと呼ばれた少女は、青年の赤目をキッと睨んだ。青年は背後の道へ振り向き、さっと顔を青ざめさせた。

「やべ...っ」

「何してるの?かっこよくて、可愛くて、色っぽくて、女にも男にもモテるフラウを!君、置いてきたの?!」

「っなんて事だっ!戻るぞ、シャル!」

「当たり前だよ!」

 二人はぽかんとした様子の二人と一体を置いて、後ろの道へ駆けて行ってしまった。

「な、なんだ、あいつら...」

 拍子抜けしたエルリックは、あんぐり開けた口でそう言った。

「と、とにかくこの子連れて行こう。どこかで一休みできそうな場所を探そう」

「おぅ、分かった」

 アイラがアンドロイドを背負い、エルリックがナイフで周囲を警戒しながら、先へと進んで行く。

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