〈大監獄〉の看守長

 廊下は長く続く。かつんこつんと、二つの足音が無作為に響く。

 薄暗いばかりで、特にこれといった仕掛けはないようで、二人はずんずんと進んで行く。

「...お前さ、記者...なんだよな?」

 エルリックはぼそりと、前へ行くアイラの背中に声を掛けた。

「ん?そうだよ?最初の時に言ったよね?」

「まぁ、聞いたけど。...俺は馬鹿だし、そういう本とか読んだ事ねぇから知らねぇけどよ、ごしっぷって、人が死ぬのとか、書くのか?」

「まぁ、場合によるかなぁ?でも、そんなのほんの一握りというか、私はまだかかわった事ないよ?」

 彼女は微笑むばかりだ。その下に隠された意味までは、エルリックには分からない。

 エルリックが口を開こうとするより早く、アイラが「あ!」と大きな声を上げた。

 見ると、目の前には今までよりも立派な見た目の扉があった。

 金色の装飾が施されただけの扉や、茶色や灰色一色の扉しかなかった今までの部屋だが、この扉はそれらとは一線引いたものだった。

 悪魔をモチーフとした彫刻レリーフが左右対称に施され、十字架が扉の上に飾られている。扉全体は、全て紫色に塗られていた。

「ここにいるのかな?」

「気持ち悪ぃ奴...」

 アイラとエルリックはちらりと視線を交わし、それから勢いよく扉を開いた。


「やぁ、よく来たね。待っていたよ」


 モニターで見ていた場所とは違うようだ。モニターの沢山ある薄暗かった部屋ではなく、広く光で照らされた場所だった。

 広い部屋の少し段差であげられた場所に置かれた、悪趣味としか言いようがないデザインの黒革の椅子に腰を下ろしている看守長―アドルフ・オーラントは、口元に笑みを浮かべてひらりと手を振った。

「改めて自己紹介しようか。私はアドルフ・オーラント。この〈大監獄〉の看守長だ」

 彼は天井に手をかざし、それから舞台俳優のように恭しく手を腹の辺りまで卸、それと一緒に頭も下げた。

 芝居がかった動きに苛立ったのか、エルリックは顔を顰めアイラより一歩前に出る。

「お前...、とっとと俺らをこっから出せよ!」

「全く、君は馬鹿で記憶力がないのかな?私とのゲームでの勝利。それがここから出る条件だったはずだよ」

 アドルフは軽く左右に指を振るいながら、チッチと舌を打つ。エルリックは「何も言わずにナイフを強く握った。

 彼は黒い瞳を鋭い視線を向けてくるエルリックではなく、アイラの方へ目を向けて、それから振っていた指で彼女の顔を指差した。

「君、記者だそうだね。もらった書類にそう書かれていたよ。アリステラ市屈指のゴシップ誌の。私も時々読ませてもらってる。数年前かな...、孤児院の改造人間サイボーグ計画か何かの記事は、とてもよく...面白く書かれていたと記憶している」

 アイラは顔色一つ変えず、ただアドルフの目を見ていた。


「君は、...君の方が殺人鬼より遥かに、冷酷で無慈悲だね」


 アドルフはそう言葉を吐いた。

 アイラはピクリと僅かに眉を動かして、エルリックは彼女の顔を見た。

「君達はここへ来るまでに沢山の人形の叫びを、慈悲を求める声を聞いたはずだ。...ここまで無事に来ているという事は、彼女が助言したんだろう。人形を殺すように、と。それ以外にも方法があったのかもしれないのに、残忍に慈悲もなく、彼女は助けを乞う人形を殺した」

 そこでアドルフは一息区切り、「アイラ・レイン」とアイラをフルネームで呼んだ。


「君は、何者なのかな?」


 アイラは目を閉じて、それからゆっくりと目を開けた。

「私は、アイラ・レイン。『G・アリステラ』の新米記者。まだ両手で数えられるほどしか記事は書かせてもらっていないし、取材では先輩の後ろを追う日々。その先輩から言われたの、『いついかなる時でも冷静に。物事は静かな頭でこそしっかりと捉えられる』......。私は、この言葉を守ってるだけ。ただ、それだけ」

 アイラの答えに、アドルフは目を丸くして、それから柔らかく微笑んだ。

 それはまるで、憐れむような笑顔だった。

「そうかい。答えてくれてありがとう。...じゃあ、無駄話もこのくらいにして、ゲーム内容について話そうか」


 彼がパチンと指を鳴らす。すると、突然辺りから機械音が鳴り始める。

「っな、何だ!?」

 黒紫色のカーペットが敷かれた床がモノクロのタイルへと変わっていき、機械音と共にその床の一マス分が少しずつ割れていく。

 床の下から出て来たのは、黒色の箱を乗せた台だった。

「それがゲームに必要なアイテムだ。受け取ってくれたまえ」

 アイラは少し警戒しながらも、黒い箱の蓋を開ける。

 中には、三つのアイテム入っていた。黒色の首輪が二つ、黒いサングラスが一つ。

 使い道が一切想像出来ず、アイラはアドルフの方を見る。

「まずはサングラスだよ。アイラ・レイン、かけてみてごらんよ」

 アドルフに促されるまま、彼女は眼鏡の邪魔にならないように、ゆっくりとサングラスをかけた。すると、何も置かれていなかった筈のモノクロタイルの床に、三つの白い駒が置かれているのが分かった。

「...これ、サイバーサングラスだ」

「さいばー......?」

 聞いた事がないのか、エルリックは首を傾げて、アイラのサングラスの蔓をこんこんと指先で叩いた。

「アンドロイドと同時期に売り出された、ヘッドマウントディスプレイが主流だったVR技術の最新形態だよ」


 人間の感覚神経と連結させ、三次元空間現実世界に二次元的物質を存在しているように見せる機器、あるいはそれの技術がVR技術と呼ばれている。基本的には身体が不自由な障がい者や子どものゲーム機器として、昔から存在していた。

 だが、前から頭に付ける事による首への負担や、身動きのしにくさなどが不満意見として昔からあった。それへの対処として、このサイバーサングラスが開発された。


「それには、何が映っているかな?」

 アドルフにそう言われ、アイラはモノクロタイルの上を見る。そこには、黒い人形が三体、アドルフの手前に立っていた。

 今までとは違い、だらりと頭は下げられて、手には鋭く光る剣が握られている。

「何が見えてんだよ?」

 どうやらエルリックには見えていないらしい。二次元の存在であるようだ。

「...こいつらと、戦えって事?」

「あぁ。でも、君の頭脳と、エルリック・ハルバードの殺人鬼としての能力が協力し合わないと意味がない。そこで、その首輪だ」

 アドルフは箱の中の首輪を指差す。

「それはサイバーサングラスとの連結が出来る。これからのゲームに必要だから、付けてくれるかい?」

 明らかに怪しさしかない首輪に触れる。付けるのを躊躇っているアイラを見て、エルリックはもう一つの首輪をさっさと取って、かちりと首に付けた。

 あまりにも躊躇いのない行動に、アイラは目を丸くした。

「ちょっ、エル」

「うるせぇな。こういう事しねぇと出れねぇんだろ。ならやるしかないだろうが」

 彼の言葉にアイラは大きく目を見開き、それから少し躊躇いつつも首輪を付けた。


「それじゃあ、ルールを説明しよう。このモノクロタイルは縦五、横五の二十五マスで構成されている。アイラ・レインのサイバーサングラスに映る三つの黒人形が私の駒。アイラ・レインの駒が、エルリック・ハルバード...君だ」

「あぁ?数はそっちの方が上じゃねぇか。周り囲まれりゃあ、姿が見えねぇ俺じゃあリンチだろうが」

「まったく、説明は最後まで聞くべきだよ」

 アドルフは呆れたように片手で目を覆い隠し、大げさに溜息を吐いた。

「続けるよ? このゲームでは彼の言う通り、自分の駒が消える事が敗北条件だ。つまり、どちらかの駒が一つでも残っていればいい。...まぁ、君達で言うと、エルリック・ハルバードが残ればいいわけだ」

「うん、それで?ようは、チェスみたいなものなんでしょ?駒の進め方はどうすればいいの?」

「アイラ・レイン。サイバーサングラスの蔓を指で突いてごらんよ」

 言われるがまま、アイラはサングラスを突く。すると、目の前に広がっているタイルと同じマス目が目の前に現れた。半透明で、黒い人形が立っている箇所が赤く塗りつぶされている。

「それで位置を指定してくれ、そこのタイルが光って...、そこに進むといい。あぁ、ちなみにそこ以外にエルリック・ハルバードが進んだら、君は死ぬ事になるから注意してくれたまえよ」

「......くそ」

 アドルフはにいっと口角を上げて、エルリックはチッと舌を打った。

「エルリック・ハルバードは、上下左右斜めを含んで二マスまでは進める。私の駒は左右の駒が前と横に一マス、真ん中の駒がエルリック・ハルバードと同様のマスの数だけ進める。このゲームでは、お互いに駒を殺し合うゲームだ。しかし、私は三つ持って、君達は一つ。そこで、エルリック・ハルバードには攻撃を二発受けても平気なように、特殊なフィルターをかけるようにセットしている」

 エルリックは眉を寄せて、自身の首に付けた首輪に視線を落とす。アイラが付けたのと大差ないデザインであるが。

「そして、最後に。お互い、一回だけターンを何もせずに過ごす事が出来る。一回以上使おうとすれば、首輪が締め上げるから留意しておくように」

 アドルフはにこやかに微笑んで、それからようやく椅子から立ち上がる。


「さぁ!生と死を賭けた、狂ったゲームを楽しもうじゃないか!!」


 声高らかに、アドルフは笑う。

「......あんな野郎が〈大監獄〉の看守長とか、よもすえってやつか?」

「世も末、知ってるんだ...」

「お前、馬鹿にしてんだろ」

 エルリックはじとりとアイラを睨む。アイラは苦笑いを浮かべながらも、頭の中ではどうすればエルリックがけがを負わずに勝てるのか、懸命に算段していた。

 攻撃を受けても跳ね返せるようなバリアが付いているとしても、アイラは彼には怪我を押してほしくはない。

 深刻そうな顔をし始めたアイラに、エルリックはぎっと睨む。しかしアイラは気付かない。


「おい、アイラ」


 エルリックの声に、ようやくアイラはサイバーサングラスに映る二十五マスのタイルの向こうに居る、不機嫌そうな顔をした彼を見た。

「道具みてぇに扱われるのは癪だが、生き残る為だとして不満は飲んでやるよ。その代わり、絶対に俺を殺すなよ?怪我とかはわりとすぐ治っから気にすんな。お前はあいつのこまとかいうの、ぶっ殺す事だけ考えとけ」

 その言葉にアイラは目を大きく見開く。エルリックは言葉を続けた。


「その代わり、勝てなかったら...化けて憑りついて殺す」


 その言葉に大きく見開いていた目をぱちぱちと瞬いて、それからくすくすと笑った。張りつめていた緊張感や不安感が、どうしてかふわりと和らいだ。

 アイラはサングラスをかけ直し、一度深呼吸をしてから、アドルフの目を睨みつける。

 それからこう言った。



「エルが死ぬときは私も死ぬから、憑りついて殺せないよ?」


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