火あぶりの刑

 断頭台のあった部屋の扉の先は、木の十字架が置かれた部屋だった。

 その十字架には、先程と同じく黒い人形が縛り付けられていた。今度は呻く事なく、静かにそこにあった。

「あ?今度は何をすればいいんだよ」

「火あぶり、って言ってたって事は、これに火を点けたらいいのかな?」

 アイラはくるりと部屋を見回す。部屋の隅の方に細長い棚があるのを見つけた。

「中に何か入ってないかな...?」

 アイラはごそごそと棚の引き出しの中を探る。

 中には数本のマッチの入ったマッチ箱が一つと、太い木の棒が一本。

「お、火ぃ点けられるじゃねぇか」

「駄目だよ。こんなに太かったら、火が点いたとしても上手く燃えてくれない。もう少し小さくしないといけないけど...。ナイフでどうにか出来そう?」

 エルリックはアイラの手にある木に触れ、それから静かに首を振った。

「無理だ。こっちの刃が欠ける」

「だよね...」

 こんこんと、アイラはその木を叩いた。

 それから見落としがないか、もう一度引き出しの中を確認する。しかし埃ばかりが見つかるだけで、この木の棒が切れそうなものはなかった。


「私の鞄の中身...」

 アイラは鞄の中身を探る。中に入っているのはメモ帳と護身用のスタンガン、ハンカチと財布。鋭利な物といって唯一挙げられるのは首に下げた万年筆くらいだが、そんな事をしてしまったらペン先は折れてしまう。

 大切な代物をこんな使い方はしたくない。

「...ねぇ、エルはそのナイフだけ?」

 隣のエルリックに声を掛ける。

「おう。これだけだ。これ以外のもんは全部置いてきちまったからな」

 彼は少し寂しそうな瞳をして、はっきりとそう言った。

 アイラはぐるりとまた見回す。

 この場所には十字架、それに縛り付けられた黒い人形、マッチと木の棒が入れられていた棚のみ。他に使えそうな物はない。

「うーん...」

 詰まってしまった、と言う他なかった。


 うんうんと唸り、先程通って来た扉がふとアイラの目の端に映る。

「......前に、戻れるかな...?」

「前の部屋にか?何の為に?」

「あの断頭台、首を切った後の物なら、使えるかなぁって」

「あぁ...、確かにそれなら切れそうだな、その棒きれ」

 エルリックは納得したように頷く。そしてずかずかと来た道に戻り、ドアノブに手をかける。扉は開いた。

「行ける」

「よし!」


 アイラとエルリックは先程の断頭台の部屋へ戻った。

 アイラは一番近くにあった首のない人形を断頭台から下ろし、代わりに木の棒を設置する。鋭い刃を上へと持ち上げ、包丁で食材を切り分けるようにすとんと切り落としていく。

 特に躊躇いのない行動に、エルリックはゆっくりと口を開いた。

「......お前、それ気持ち悪いとか、思わねぇの」

「へ?気持ち悪い?」

「それ、人形...、言えば俺らが殺した奴の首が乗ってたんだぜ?ちょっと気持ち悪くね?」

「うぅん?別に」

 アイラはある程度切り分け、今度は細切れになるようにみじん切りにしている。

 彼女はその手の動きを止める事無く、その断頭台をじいっと眺める。


「これはもう役目を終えた。それだけでしょ?」


 あっさりとした対応で、彼女はそれ以上何も言わずに作業に没頭していく。

「そう、か......」

 エルリックはザクザクと切り分けていく彼女の手を見ながら、奇妙な風景をその目に焼き付けるように見ていた。


「これくらいでいいかな?」


 最初に比べると細かくなった、木の棒から木のブロック数十個になったものを手に取り、しげしげとアイラは眺める。

「いいんじゃね?」

 木がどのような形状であれば燃えやすいか、などは知らないエルリックは、適当に相槌を打った。

「よし、戻ろっか」

 アイラはエルリックにそう言って、十字架のある部屋へと戻った。


 早速切り分けた木材を十字架の下に重なるように並べて、マッチ棒を取り出した。それから自身のポーチからハンカチを取り出した。お気に入りでも何でもないのでそれを丸めて、火種の一つにした。

 マッチを擦ろうとして、その手を止めてエルリックを見た。

「......ね、一応聞くんだけど...。マッチ使える?」

「はぁ?......さぁ、使った事ねぇけど。いっつもコンロに火点けてたからよぉ」

「うん、そっか...。上手く使えるかな...。小学校の理科の授業以来だなあ」

 アイラは少し不安げに顔を曇らせつつも、マッチ棒をシュッと擦った。

 ぽっと、その先にオレンジ色の炎が点き、アイラはハンカチに炎を移した。そこから木のブロックへ燃え広がり、少しして十字架に燃え移った。


「あ、あああ...」


 二人の声ではない、掠れた震え声が聞こえてきた。

「私は、......違う、チガウ...。あぁああぁ、熱い、熱いよ......、苦しい、苦しいよぉ......ああああああ...」

 呻く声が、黒い人形のない口から洩れる。壊れたように、ぶるぶると身体を震わせていた。


 カチリ、と扉の開く音が聞こえてきた。


「開いたみたいだね、次が看守長の部屋だ」

「あ、ああ。そうだな...」

 こくりとエルリックは頷いた。

 アイラはドアノブをくるりと回す。そこから先は次に入るべき扉が見えない程、長く薄暗い廊下が続いていた。

 アイラはその廊下へ一歩踏み出していく。エルリックは未だ悲鳴を上げ続けている人形の方へ視線を向けていた。

「...エル?」

 数歩先に進んでいたアイラは振り返って、動かないエルリックへ声を掛けた。

「...いや、行く」

 エルリックはふいと処刑場から顔を背け、アイラの側につかつかと早足で近寄る。

 二人は足並みをそろえて、長い廊下を歩いて行った。

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