断頭の刑
「いてて...」
アイラは床に打ち付けた顔面に触れながら、そして聴覚を刺激しているそれを見るべく顔を上げた。
目の前に座り込んでいるエルリックも見ている。
その部屋は、先程までいた牢屋の部屋と同じくらいの広さの部屋だった。そして、部屋には五つの木造の断頭台が均一な距離感で並べられていた。そこに、黒い人形が頭を通されている。
そして、人形である筈なのに、彼らは呻き声を上げていた。
助けて、助けてと。怖い、怖いと。死にたくない、生きたいと。
その声は五つの人形全てから聞こえ、合唱のようになっていた。人形だというのに、まるで、人間だった。
「んだよこれ...、気持ち悪ぃ」
「...これ、ロボットの寄せ集めだ...。アメジストとトパーズの合成だ...。なら黒いのはどうして...?」
「何、何だ、そのあめじすと?とかとぱーずってぇのは」
「...エルが外に居た時、ロボットとか
アイラの問いにエルリックは首を捻る。
「いや...。俺の住んでた場所じゃあ聞いた事ないな。結構外れにあった町だしよ」
「そ、か...。ロボットっていうのは、今運用されているアンドロイドの旧型タイプだよ。二種類あるんだ、アメジスト型とトパーズ型。銀色のボディをしてる。
そこでアイラは言葉を止め、呻き続ける黒い人形達に目を落とす。
それからぐるりと部屋を見回し、次の場所へ行く為の扉とその近くに文字の書かれた紙が貼られてある事に気付いた。
アイラとエルリックはそこへ近付く。
【ここは死を拒む者達の部屋】
【哀れな女を殺した犯人はこの中にいる。しかし、無能な警察は見抜けず犯人と思しき人間全てを捕らえ、拷問にかけた】
【が、誰も口を割らない。そこで頭の良い天才は考えた】
【全員を殺すべし、と】
【お前に彼らを救えるか】
ひとしきりその文章を読み、アイラは呻く人形達の方を向いた。
「おい、何て書いてあったんだ?」
「嘘吐きを見つけるゲームって書いてあった。とにかく、ここに書いてある事じゃあ誰が犯人かなんて分からないから、ちょっと観察してもいいかな?」
エルリックに先程の文面の大まかな内容を伝え、そう提案した。エルリックはこくりと頷く。
アイラは近くにある黒い人形を確認する。エルリックは気持ち悪そうにそれを見て、アイラはしげしげと観察する。
「ん?」
そこで彼女は黒い人形と断頭台が乗せられている灰色の台に、僅かに色合いが違う事に気が付いた。
アイラはその場所をごしごしと指先で擦ってみると、ぺろりと何かが剥げた。アイラはそれを思い切り引っ張ると、びりびりと音を鳴らして下に隠されていた文字が見える。
【僕はしていない。隣の女がしたんだ】
「......ふぅん」
アイラは小さく呟いて、その人形の隣の人形の下の台も同じような手早さで捲る。
【私はしていないよ。ちょっと道具を取りに来ただけよ】
「おい、何書いてんだ今度はよ」
「この人達の言い分だね。この中から正しい言葉を見つけなくちゃいけない」
真剣みを帯びた青の瞳でじいっと観察しているアイラを見て、エルリックはそれ以上は深く何も言わなかった。
意見したところで文字の読めないエルリックには何も出来ない。隣で彼女に呼んでもらわないと、それは記号でしかないのだから。
アイラは流れ作業のように台の下の文字を読んでいく。
最初の人形の反対側の人形の台には、【死体、ナイフでずたずただった】と。
その人形の前に置かれている人形の台には、【私は知らないわ。確かに現場近くにはいたけれど寝ていたもの】と。
【私はしていないよ。ちょっと道具を取りに来ただけよ】と言っていた人形の前の人形の台には、【引きずられていたらしい。俺には彼女を引きずれないさ】と。
後の三つの台は、他の人形に罪を着せるような内容ではなかった。
アイラは少し考えて、それから鞄からメモ帳を取り出して、首に下げていた万年筆でそこに考えを記していく。
「分かりそうか?」
「んー。多分ね」
アイラは少し笑ってそれから五つの黒い人形をじいっと見つめる。
「警察は、無能だった......か」
少し表情に戸惑いを見せたものの、アイラは黒い人形の前に立ちエルリックに手を出した。
「あん?なんだよ」
「ナイフ、貸してくれる?ここに断頭台の紐を切るものがないから」
「...分かったのか?」
エルリックの問いかけに、アイラは静かに頷いた。
「はん、それなら俺が切ってやるよ。紐くらい、動く人間を切るよりずっと簡単な事さ。で、どいつだ?」
エルリックは挑戦的な笑みを黒い人形へ向ける。
アイラはすっすっとナイフという文面が貼られていた黒い人形と、引きずられると言った文面の貼られていた黒い人形を指差した。
「二人?」
「うん、二人。この二人だけ、具体的すぎる。警察は無能なんでしょう?ここまで容疑者に教えるかも謎だし、この二人だけ何て言うのも、おかしいかなって...」
「...自信、あんのか?」
「私、嘘と本当を見抜く自信はあるよ」
アイラの声には淀みがなかった。真っ直ぐで、透明で、小さくさざ波立つ海のようだった。
「俺はお前を信じるぞ」
エルリックはそう言って、手に握るナイフを更に強く握り、まずは手近にいるナイフと言っていた黒い人形の紐にナイフを近付ける。
「ああああああああああああ!!!!!嫌だ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ」
エルリックはにやりと笑う。
脳裏にちかちかと浮かび上がるのは、血飛沫、赤、赤い雪。
耳の奥で聞こえるのは、悲痛な叫び、悲鳴、助けを乞う声。
躊躇いもなく、ナイフで紐を一刀両断した。すとんと鋭く大きな刃は支えを失って落ち、悲鳴を上げていた黒い人形の首を落とした。ころころと首は転がって、台の下に落ちた。
「.........ふは、あぁ、久し振りに聞くが、ロボットだろうがなんだろうが、いい気分になるな」
くつくつと喉の奥で噛み殺すような笑い声を上げ、そしてエルリックははたと思い出し、背後にいるアイラの方を向いた。
「悪い。お前にゃあ少し刺激が強すぎたか?」
「うん?全然、大丈夫」
あまりにもケロッとした反応に、逆にエルリックの方が顔を顰めてしまう。
「じゃあ、そっち」
アイラは次の引きずった事を書いていた黒い人形を指差した。エルリックは「おぅ」と言って、ナイフで紐を切り落とす。
断末魔が辺りに響き渡った。
アイラはカチリと聞こえた鍵の開くような音に、扉の方へ向かう。ドアノブが回り、少し向こうの部屋の床が見える。
「開いてるよ、エル」
「そうか......」
エルリックはナイフを元の位置に戻し、アイラの背中につく。
アイラはグッとドアノブに力を込め、回して開けた。
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