ゲームスタート
アイラとエルリックは、牢屋の続く道の向こうにある扉へ向かった。
黒色の、のっぺりとした扉で、所々に申し訳程度に金色の装飾が施されている。
アイラが金色のドアノブに手をかけようとした時、エルリックが「そう言えば」と小さく呟いた。アイラはその声に耳を貸し、ドアノブから手を離して、彼の顔を見る。
「あぁ、そうだ。俺、ナイフねぇから。今なんかあったら殺せねぇわ。そこの所よろしく」
ふと思い出したようにエルリックはそう言った。アイラは眉を寄せた。
「えぇ?!殺人鬼なんでしょう?こう、素手で身体を撃ち抜くとか...」
「俺は超人じゃねぇんだけど...」
アイラの身振り手振りに、エルリックは呆れた目を向ける。
「ま、とりあえず、行くぞ」
エルリックは金色のドアノブに手をかけて、ぐっと扉を押す。
開けた先は白色の壁が一面に広がり、左右にしか道がなかった。
「...これ、どっちがどっち?」
「俺が知るかよ!」
「だよね」
うーんとアイラは顎に手を当てて、目を閉じて唸る。
エルリックはその姿をぼんやりと観察しながら、扉を閉める。すると、今まで扉によって死角になっていた場所に小さな赤いボタンがあるのに気付いた。
赤い文字でタッチと書かれ矢印で強調されたボタンを、エルリックは躊躇いもなく押した。
ピッ、と軽い電子音が鳴る。アイラはその音で後ろを振り返り、そこでようやくエルリックがボタンを押した事に気付いた。
「っちょっ、な、なな、何してるの?!もしかしたら罠かもしれないのに!」
「へ、いや、何か矢印あっから、押してみた」
事後報告にアイラは頭を抱える。
「それでここでゲームオーバーになったら、」
どうするんだ、というアイラの言葉をウィィィンという機械音がかき消した。
二人が目を向けた、扉の目の前の壁の上半分が縦に裂け、そこが左右へと開き始める。そこには大きなモニターがあった。
暗い画面に砂嵐が走り、やがて薄暗がりの部屋の中を映す。
『やぁ、罪深き仔羊ちゃんたち』
明るく気さくそうな声色で、薄暗い部屋の映像から声が聞こえてくる。しかし声の主は見当たらない。
いや、映像の中に居るのかもしれないが、姿が見えない。
「ここの看守長...さん?」
アイラが声を発する。すると、画面の中が一気に明るくなった。
画面の中の様子が、照らされた事によってよく見えるようになる。
画面の中にもいくつものモニターがある。その前には大きな黒革の椅子が置かれ、そこに一人の男が悠然と笑って座っていた。
胡散臭いような、貼り付けた笑いだった。顔は目鼻均整がとれていて、町中に居ればモデルや映画俳優と間違われそうである。だが、座る彼の身に着けている黒一色の服装は、少々奇抜なデザインをしており、普通の人間の感性ではなかなか着こなせない恰好であった。
彼は長い足を組み替えた。
『ご名答!いかにも、私がここ〈大監獄〉の看守長を任せられている、アドルフ・オーラントという』
この市の犯罪者の巣窟を任せられているにしては、若い男だ。三十代くらいだろうか。
アイラはその画面の向こうの彼の目を睨む。
『罪深き仔羊達も知っている通り、ここから出るのは非常に簡単!私の用意したゲームで見事私に勝てばいい。そうすれば出口までの通路の鍵を明け渡そう』
アドルフと名乗った看守長は、首のチェーンをその細い指で引っ張った。その先には古びた錆びのある鍵がくっ付けてある。
『一応、もう一度聞いておこうか。ここから抜け出す為に、ゲームに参加するかい?』
「ったり前だろうが!」
「私も。ここから出なくちゃいけないから!」
二人は声を揃えてそう言う。
画面の中のアドルフは、クスリと笑んだ。
『分かった。それでは、そこの道を抜けてここまでおいで、仔羊ちゃん達。...それが可能であるならば、ね?』
アドルフがぱちんと指を鳴らした。すると、両脇の道の壁の一方がパカリと開き、そこに黒光りするマシンガンが一列に並んでいるのが見えた。そこから断続的に弾が射出され、装填の為に時折止まる。
『私のゲームに参加するだけの、資格があるかどうか、観察させてもらうよ』
マシンガンの発出音に負けぬ声が、二人の耳を支配する。
『私にもプライドがある。今まで運一つで殺しを成功させて、大した実力もないのに殺人鬼を名乗り、あるいは犯罪を犯し...。そしてここへ来たような、そんな生半可な人間とのゲームなんて...、反吐が出る。ですので、こちらから資格ある人間を選ばせてもらうよ。銃殺、首切り、火あぶり。沢山ある処刑方法の中から選りすぐりの、私の趣味満載の仕掛けをご用意している。楽しんでくださいな』
ぷつり、とそこでモニターの画面が消えてしまった。
後に残ったのは、酷く降る雨音のように聞こえ続ける銃声と、二人だけ。
「...マジか...」
ぽつりと、エルリックは呟いた。アイラは両隣の道を見る。
弾の速度の違いなど、そもそも銃弾をニュースや新聞記事の文面以外で見るのは初めてなアイラには、さっぱり分からない。一応視線で探るが、これを止めるすべは見当たらない。
進むしか、道はないようだ。
「でも、どっちの道に...。どちらに行っても、弾に当たっちゃうし......」
うんうん、とアイラは唸る。
エルリックは両方の道を見比べる。
少しの違いではあるが、僅かに弾の速さが違う事をエルリックは気付いた。彼があらゆる修羅場を乗り越えてきたが故の、目の慣れであった。どうやら視力に関しては衰えはないようだ。
事実、彼女は気付いていない。
エルリックは考え込んでいたアイラの腕を強く引いた。
「ど、どうしたの?!」
「こっちだ。こっちの方が、弾の速さが遅いし、装填のスピードももたついてやがる」
「わ、分かるの!?」
アイラがずいっとエルリックへ顔を近付ける。
エルリックは体感した事のない距離感に、思わず身体を仰け反らす。それからコクコクと頷いた。
「まぁ、一応。銃弾は避けてきたし、立ち向かってきたからよぉ」
「よし、じゃあこっちに行こうか!」
アイラがずんずんと進もうとしている為、慌ててエルリックがその腕を引く。
「馬鹿、ド素人が進むな。俺が先に行く」
「え、で、でも、ここの仕組み解いてもらったわけだし。先に行くのは私だって」
「...お前が出来る事だけしてろ」
ぐいっと自身の背中にアイラを持って行き、エルリックが前に出る。
「それに、お前が死んでもらっても困んだよ。頭が使える奴がいないと、俺が行き詰まっちまう。それならまだ、俺が怪我を負ったとしても、使えるお前が無傷の方が
彼からの正論に、アイラは渋々頷いた。
『さぁ、ここから先はゲームエリア。楽しんでくれよ、仔羊ちゃん達』
ガサガサと雑音の混じった音に、小さな声が囁いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます