おめでとうの言葉
水鳥ざくろ
第1話おめでとうの言葉
「鈴木の奴、結婚するらしいぜ」
「えっ? マジで?」
大学時代から通っているハンバーガーショップでの昼食中、彼がそんなことを教えてくれた。僕は驚いて、手に持っていたポテトを落としそうになる。だって、付き合い出したの、つい最近って聞いていたから。
「早くない? まだ半年とか、その辺でしょ?」
「ああ、早いな。けど、なんか彼女がぐいぐい来たらしい。確か彼女、三十三歳だから、急いでたんじゃね?」
「ふうん……ま、そういうものかな。良く分から無いけど」
僕はアイスコーヒーに刺さっているストローを噛んだ。冷たくって、美味しい。会社の近くのコーヒーショップのも美味しいけど、ここのアイスコーヒーが一番好きだ。
僕はぼんやりと窓ガラス越しに外を見た。親子連れが通り過ぎる。はしゃぐ子供の手を、父親らしき人物が必死に繋いでいた。
「お前はさ、結婚しろって言われない?」
「誰に?」
「両親、とか。親戚、とか」
「言われないよ。もう諦めてるんじゃないかな?」
「諦めるって……まだ二十九歳なのに?」
「そう。まあ、僕、姉さんが結婚して子供もいるから、あんまり孫見せろとか言わないんだと思う。そっちは? 何か言われる?」
僕の問いに、彼は少し悩んだ素振りで頷いた。
「……この間、言われた。そろそろ相手居ないのかって」
「そっか」
「うん……」
沈黙。
カラン、とグラスの中の氷が鳴った。
僕は沈黙が苦にならないタイプだけど、彼は違う。視線をあちこちにさまよわせてから、やがて、ゆっくりと口を開いた。
「あのさ……紹介したいって言ったら、どうする?」
「どういうこと?」
「お前のこと、恋人だって両親に」
「ああ……」
僕たちは恋人同士だ。
それは、誰も知らない秘密。
その秘密を、彼は話そうとしている。凄い勇気だ。
僕も、自分の両親にカミングアウトしていない。だから、順番的に彼のご両親が秘密を知る最初の人物になるってわけだ。
「あ、あのさ。急にこんなこと言ってごめんな? 悩むよな、こんな……」
「いや。別に良いよ。僕も、ちゃんと話さなきゃって思ってたし」
「へっ? い、良いのか?」
「うん」
いつかは言わなければならないことだ。
それに、ご両親に紹介ってことは、それだけ彼が僕のことを思っていてくれるってこと。
素直に嬉しかった。
「じゃあ、今、電話したら?」
「えっ?」
「アポ取ったら? 僕、いつでも行けるよ」
「そ、そうか……よし! ちょっと出てくる」
「うん」
彼はスマートフォンを手に、店の外に出て行った。
僕は、またコーヒーを飲むことに集中する。
怖くないのかと聞かれたら、怖い。けど、認めてもらえなくても、僕たちの関係はおそらく変わらないだろう。変わるとしたら……彼の心が傷つくだけ、かな。もし彼が理解されなくて傷付いた時は、僕も同じように家族にカミングアウトして同じだけの傷を受けようと思う。
しばらくして、彼が戻って来た。
その表情は、明るい。
「おかえり。何だって?」
「ああ……驚かれたけど、その……おめでとう、って言われた」
「おめでとう?」
僕は驚いて彼を見た。彼は照れ臭そうに頬を掻く。
「俺、ずっと恋人が出来ない寂しい奴だって思われてたみたいで……恋人が居るなら男でも女でもどっちでも、めでたいって」
「それは……良かったね」
良かった。彼が傷付かなくて。
彼は嬉しそうに頬を緩める。
「それでさ……これから時間ある? 親父が彼氏連れてこいって。寿司取るって言って張り切っちゃってさ……」
「時間ならあるけど……お寿司なんか、何だか悪いな」
「気にすんなって! それじゃ、早く俺の家行こうぜ!」
「あ、待ってよ!」
僕は急いで残りのコーヒーを飲み干した。そして、自分の分のトレイを片付けている彼に続く。
店の外に出て、僕たちは手を繋いだ。
「……なんだか、おめでとう、ってくすぐったいね」
「そうだな! でも嬉しい!」
「次は僕の両親に紹介させてね」
「もちろん」
そう言えば、僕も生まれてから一度も恋人が居たことが無いという設定になっている。父も母も驚くだろうか。「おめでとう」と言って祝福してくれるだろうか。
僕は、少しの不安と大きな期待を胸に彼の横を歩く。
僕たちの未来が明るいものでありますように。
そう願いながら、絡めた指をぎゅっと握った。
おめでとうの言葉 水鳥ざくろ @za-c0
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